第3話

 これもまたどんな原理なのだろう、廊下から一枚の白い紙が飛んでくると、マリーさんの額にガムテープのように綺麗に張り付いた。

 嫌な予感を覚え、僕が美術室のドアに目を向けてみると、和装姿の眼鏡少年がドヤ顔で立っていた。

「神童先輩……」

 この少年の名を神童片桐といった。

「やあ坂口くんに大魔神君、君たちはこんな弱い悪霊すら倒せないのかね?」

「先輩、弱い悪霊って日本語的におかしいですよ」


 神童先輩は僕のツッコミを無視し、野崎先生に向けて笑顔を浮かべた。

「野崎先生ご安心を。この僕が悪霊を退治致しましょう」

「先輩も相変わらずコスプレなんですよね……生徒会の一員だっていう自覚有るんですか」

 悲しかな、この人も生徒会の一員なのである。


「君もまだまだだね、これは僕の正装だよ」

 いけしゃあしゃあとどっかの魔女っ子と同じ台詞を吐く陰陽師少年。

「相変わらず先輩は時代遅れな格好をなさっておいでですのね」

「時代遅れなどでは無い。これは平安の世から続く陰陽師の正装だ!」

 ……いや十分時代遅れですから。千年ぐらい普通に時代遅れですから。

 と、そのとき僕は焦げ臭い匂いを感じた。


「あーやっぱり」

 マリーさんの額につく護符が燃えていた。

「な、何!?僕の術が効かないのか!?」

 神童先輩は慌てふためいているけれど、僕の知る限りこの人の術とやらが成功した例は無い。

 よって、僕はちっとも驚かなかった。


「すみませんね、マリーさん。うちの生徒会が迷惑をかけて」

 一様謝ってみるものの、多分効果は無いだろう。マリーさんは全力でこちらを睨んでいた。

「ケタケタケタ!」

 マリーさんは『ケタ』しか言えない。

 が、もはや言葉が不要なほどマリーさんの言葉には怒りが込められていた。

 結果、再び生徒の作品が宙を舞った。先程の三倍の規模で。

「こしゃくな真似でしてよ」

「く……手強い奴め」

 数秒を待たずに美術室はプチ戦争状態へとなった。

 ちなみに2対1なのに、状況はマリーさんが優勢である。


 さて、僕はというと、プチ戦争に巻き込まれる趣味は無いので、黙って机の下に隠れていた。

 ここは視界の隅で野崎先生が口をパクパクしているのを除けば、なかなか安全かつ快適な所であった。

「相変わらずこの二人は迷惑ですね」

 この二人とは言うまでもなく大魔神と神童先輩のことだ。

 彼らはGに対抗できる謎の不可思議能力を持ってはいるのだが、この二人にはGに関わると『必ず事態を悪化させる』という厄介な特典がついている。

 なのに、どういう訳かあの二人はGへの介入をやめない。誠に困ったものである。



 生徒の作品は僅か8分で半数にまで減ってしまった。

「この分じゃ全部なくなりそうですね」

 僕の悲観的観測に野崎先生が悲鳴を上げた。


「坂口そこをなんとか」

「できません、残念ながら」

 そう僕には何もできない。しいてできる事といえば、野崎先生を慰めることぐらい。

 と、プチ戦争が突如停止し、破壊音が途絶えた。


「やっとか」

 僕は机の下から這い出した。3人の視線は案の定、廊下に向いている。

 そこに一人の女子生徒が立っていた。どっかのコスプレ好きとは違い、きちんと制服を着ている。

 すさまじい迫力だった。女子生徒の顔がゆるふわの童顔で、その手になぜかフライパンを握っていてもその迫力が損なわれることは無かった。

「鈴木さん遅かったですね」

「Gがあちこちにでるから、こっちは大変なんだよ」

 だから騒ぎを起こさないでくれないか、鈴木さんのほんわかボイスはドライアイスと同じ冷たさを放っていた。相当不機嫌らしい。


「全く、響はいつもいいとこ取りをするわね、あと少しだったのに」

「陽子はとりあえず黙っていてくれないか?」

 大魔神は鈴木さんの迫力に沈黙した。

「神童先輩も陽子もちゃんと制服を着て。コスプレは生徒会の恥だよ」

「コー」

「コスプレだよ」

 神童先輩も鈴木さんの迫力に沈黙した。


「マリーさん」

 天井からぶら下がっている西洋人はケタケタ笑いを止めていた。

「あなたもこれ以上騒ぎを起こさないで。あるいは、さっさと成仏してください」

 マリーさんは鈴木さんの冷凍ボイスに、ピクリと例の笑顔を引きつらせると即座に天井へと姿を消した。

 残ったのは生徒会メンバーと様々な残骸。(あ、あと野崎先生もか)


「あのね」

 鈴木さんは大魔神と神童先輩を見る。

「いつも言ってるでしょ? 君たちが関わるとろくな事にならないんだ。できる限りGに関わらないでくれ」

「……あと少しあれば除霊できましてよ」

「ほう、美術室を破壊して?」

 大魔神は何も言わずそっぽをむいた。

 気まずい沈黙が起きる。


 と、その時何かが僕の袖を引っ張った。

「Gだ」

 石崎先生が僕の背後の壁を指差す。そこにはお馴染みの二本の白い手。

 おしろさんだ。おしろさんはうちの教室に出ることが多いが、この人は他の場所にも出てくることがある。

「おしろさん、どうしたんですか」

 くねくね。おしろさんは何かを伝えたいらしい。だが鈴木さんの構えるフライパンが怖いらしく、若干おどおどしていた。

「鈴木さん、おしろさんが怖がっているからフライパンおろして」

「坂口はいつからGと会話できるようになったんだい?」

「見りゃ分かりますよ。おしろさんガチビビリしてますから」

 鈴木さんはフライパンをおろした。

 おしろさんはそれで安心したらしい。手をくねくね、そして僕の袖を引き、廊下を指差す。


「さっぱりわかりませんでしてよ」

 大魔神の感想は正しい。

「おしろさんもっとわかりやすくしてくれるかい?」

 僕の言葉におしろさんは手のくねくねを止め、裾を引っ張っては廊下を指差すという単純行動に切り替えた。

「あっちに何か有るのかい?」

 鈴木さんが尋ねるとおしろさんは激しく手を上下に動かした。ビンゴらしい。

 おしろさんの手は壁が水の中であるかのように移動した。ついてこいという事らしい。 

 僕等生徒4人(うちコスプレ者2名)は顔を見合わせ、そのまま美術室を後にした。

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