第2話
美術室に出るGをマリーさんと言う。
彼女は金髪碧眼の美少女と言っても差し支えのない、人形のようなGである。――ただ勿論、彼女はGというだけあって多大な欠陥を抱えている。
このマリーさん、どういう訳か上半身しか存在しないので、常に天井から生えているのである。
それに加え、マリーさんは何が楽しいのか常にニタニタと笑っている。そう、例えるのならアリスに出てくるチェシャ猫みたいに。
いかに金髪碧眼の美少女でも、チェシャ猫笑いの上半身オンリーの天井ぶら下がりは、正直ゴメン被る。
マリーさんは美術室の中央にいつものようにぶら下がっていた。何が楽しいのか、相変わらずニヤニヤとしたまま、美術室の外を眺めている姿はシュールすぎて何とも言えない。
「ほら坂口何とかしてくれよ」
「いや無理ですから」
引きづられるように美術室に来たものの、僕にできることはない。
マリーさんはおしろさんよりもたちの悪い幽霊だった。ケタケタという耳に障る笑い声に加え、何よりポルターガイストを引き起こす事で生徒や教師に実害を与える事もしばしばあるくらいだ。
と、こちらに気が付いたのかマリーさんがこちらを向いた。
彼女は相変わらずのニヤニヤ笑いのまま、黙って右手を美術室の窓に面する水場を指さした。
水場には授業に使ったらしいはけが乾かされるために置かれていて――それが突如浮いた。言わずもがな、マリーさんのポルターガイストである。
「……」
しばし、僕らの間で沈黙が生じた。
確かにはけは物理の法則を無視して浮いている。だが、これをどう対処しろというのか。
はけはマリーさんの玩ばれるようにして、まるでメリーゴーランドか何かのようにくるくると空中を飛び回り――そしてそのまま目にも止まらぬ速さで僕らのほうへ飛んで来た。
幸いにも、はけは見事に野崎先生の顔に直撃した。
「な、何をするんだ!」
野崎先生はマリーさんに文句をいうものの、マリーさんは相変わらずニタニタしたままで――それどころか、今度は教卓の裏にあったらしいプリントの山が飛んできた。
もちろんこれも野崎先生に直撃し、白い紙がバサッと何かの芸術作品のように広がり落ちる。
「マリーさん」
僕が声をかけると、マリーさんは首だけ綺麗にこちらに向けてくれた。……体がどうなっているのか、とかは突っ込まないほうがいいのだろう、多分。
「あんまりうるさくすると、また鈴木さんにボコされますよ。ていうかこの時点でも見つかれば即フライパンアタックですよ」
マリーさんのニタニタ笑いがピクッと引きつった。
驚くなかれ、この学校のGは皆が皆鈴木さんが怖いのである。
かれこれGが突如学校に出現し始めて早一月、鈴木さんが自前のフライパンで物理的な制裁を重ねた結果、今やGの中で鈴木さんの名前を恐れないものはいない。
僕はマリーさんに生まれた格好のスキにつけこむべく、穏やかに交渉を試みる。
「確かに野崎先生がドMキャラでイジりたくなるのはわかります。ですが学校業務中はやめてあげてください」
「……おい、坂口、俺はドMじゃないぞ」
「野崎先生は黙っててください。それではマリーさん、今鈴木さん呼んできますから、ちゃんと反省していてくださいね」
マリーさんは笑ったままではあったものの、頷いてくれた。
よし。多分これで一見落着……
「響を呼ぶ必要は有りませんでしてよ」
突然やけに時代がかった声がした。
顔を向けると美術室の前の廊下に全身真っ黒の魔女コスプレをした少女が立っていた。
「大魔神さん……」
「晶、大魔神ではなくて陽子と呼んでいただけますか?」
少女の名を大魔神陽子という。
ついでに響というのは鈴木さんの下の名前だ。
よくまぁ毎度(そう、毎度なのである)魔女コスプレで飽きないものだ。
「大魔神さん、一応生徒会の一員なのにコスプレで堂々構内歩き回って大丈夫なんですか?」
「お黙り。これは私の正装なのでしてよ!」
「いや、学生の正装は制服ですから」
大魔神はこう見えて生徒会の一員である。ついでにいうと鈴木さんは現生徒会長なのである。それからこの僕も一様生徒会の一員だったりする。
「私は今日この西洋かぶれを成敗しにきましてよ」
大魔神は僕のツッコミを無視して、勝手に話し始めた。
ちなみにマリーは金髪に青い瞳に白い肌と、どう見ても西洋かぶれではなく西洋人だ。
「と、いうわけでくらいなさいでいたしましてよ。おーっほほほほほ!」
一体どんな原理なのか。大魔神の高笑いをBGMに、大魔神の手から眩しい紫色の光線が放たれた。
数秒の後、その光線はマリーさんの顔面へとぶちかまされ、車のエンストに近い音をたてると燃え尽きた。
「ざまぁみるのでございますわ。いつまでも未練たらたら、この世に留まって成仏しないからこうなりましてよ」
そして、おーっほっほほという高笑い。が、日本語がいろいろ可笑しいからか、哀れさがぬぐえない。
一方、魔女っ娘に謎の光線を放たれたマリーさんは……負けていなかった。
「ケタケタケタケタ……」
当社比二倍くらいの気味の悪い笑い方でマリーさんは笑う。
目が何処かいっているような気がするのは僕だけだろうか。
マリーさんの笑い声に合わせるように次から次へと、はけやらキャンバスやらが大魔神めがけ雨あられと飛んでいく。
「し、しぶといですのね」
「しぶといんじゃなくて大魔神さんの攻撃が効いていないだけでしょ!」
マリーさんは怒ったらしい。(そりゃ怒るだろう)
よってマリーさんのポルターガイストは、先程の数倍激しかった。
幸いにも僕と野崎先生はマリーさんのターゲット外だった。しかし僕等には、はけが飛び交っている戦場に出て行き、両者をいさめる勇気は無い。
結果、僕等は大魔神対マリーさんの戦いを観戦せざるをえなくなった。
両者の戦いは互角だった。
美術室は正しく阿鼻叫喚といった具合だった。最初ははけとキャンバスが飛び交う程度だったが、大魔神がはけをその謎の光線で破壊したため、開始5分後には宙を舞うのは生徒の作品に変わっていた。
生徒達が情熱を込めて作ってきた作品が次から次へと壊れていく。
……これは二人共フライパントルネードアタック決定だな。
そう僕が確信をした時。
「立ち去れ邪悪な悪霊共よ! オンオリキリバザラダンカン!」
今度は少年の声がした。
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