Gバスター 鈴木さん

石崎

第1話

 春うらら。暖かい光が教室を照らしていた。


 食後の昼休みとなれば、当然まぶたは重くなる。現に前の席の女子生徒、鈴木さんは気持ち良さそうに寝入っている。

 和やかな春の日に鈴木さんはよく映える。彼女の寝顔は塀で寝ている猫そのものだ。


 まさしく平和だ。


 僕、こと坂口晶は本日の昼食であるお茶漬けを流し込むと立ち上がった。

 せっかくの時間だ、図書室で時間をすごそう。うん、やはり平和な日常にはそれがピッタリだ。


 廊下は教室に劣らない人口密度だった。当然騒がしい。

 この人ごみをどう抜けようか思案していると話しかけられた。


「あの2年B組の方ですか?」

「はぁ」


 女子生徒だった。小柄なところを見るに高1か。

 女子生徒は相当切羽つまっているらしい。

 鬼気迫る様子は彼女の可愛らしさを見事に打ち消し、正直怖かった。


「鈴木先輩はいらっしゃいますか?」

「あーと」

「Gです。Gが出ました!」

「……」


 半分絶叫している声に、僕は引き気味の声で分かりました、と敬語で応答するほかなかった。先輩の威厳もGの前では形無しである。


 当初の予定を変更し教室へ戻ると、例の鈴木さんはまだ幸せそうに寝ていた。

「鈴木さん、Gが出たって」

 軽くつついてみるが効果はない。鈴木さんは並大抵な事では起きないのである。

 仕方がないので僕は鞄からクッキーの袋を取り出すと、鈴木さんの頭上で左右にふった。


 きっかり1秒後、僕の手からクッキーが消えた。


「坂口、何だい?」

 鈴木さんはどんな早業かクッキーを口に加えていた。

 口に加えつつ、それでもしっかり人語を操るのは一種の才能だと思う。


「G。Gが出たんだって」

「……それだけで僕を起こしたのかい?」

「仕方ないよ、鈴木さんしかGの相手できないから」

 僕は入り口に立っている女子生徒を指差した。

 鈴木さんはため息をついた。そして机の中から黒光りするフライパンを出す。それでGを叩き潰すつもりなのだろう。

 昼寝を中断された鈴木さんは当然不機嫌で、僕は暗いオーラをまとわせる彼女を黙って見送った。





 この学校はGがとにかく多い。そしてここの生徒はほぼ全員、Gが苦手であった。

 鈴木さんはこの生徒達の例外で、唯一のGを確実に倒せる(?)生徒だった。そのため全学年の生徒からほぼ毎時間呼び出されている。


「みんな慣れればいいのにね」

 そうすれば鈴木さんもゆっくり昼寝が出きるだろう。

 だけどそれは無い。僕だってGは苦手だった。

 いきなり暗がりから飛び出され、悲鳴をあげることだって少なくない。正直な所、Gを見るのもご遠慮したいぐらいだ。


「おーい、鈴木はいるか!?」

 鈴木さんが 出て行って3分ぐらいたっていた。      

 見てみると、廊下で教師が青い顔を覗かせていた。


「野崎先生じゃないですか、鈴木さんは今いませんよ」

 野崎先生は美術の教師。野崎先生のいる美術室にはGがよく出るのである。


「おっ、坂口じゃないか!坂口でも良い、今すぐ来てくれ。GがGがー」

「あのお言葉はありがたいですけれども、僕Gはダメでして」

「でも坂口、鈴木の知り合いだろ!?」

 ……知り合いだからといって僕と鈴木さんを一緒にしないで欲しい。


「先生、先生の言っていることは例えるなら、大工の友人のエンジニアに家を建てるよう要請するようなものです。三匹の子豚の長男に負けず劣らずな、粗末な家が出来上がる未来が目に浮かびませんか?」

「つべこべ言わないで何とかしてくれよ」

「無理です」


 僕はきっぱり言いきったのだが、野崎先生には無意味だった。必死にあーだこうだと僕の説得にとりかかってきた。

 野崎先生もいい年をした大人なのだから、Gの一つや二つなんとか片付けてくれたらいいのに、この人はいつも鈴木さんのところに来る。


 と、わめいていた野崎先生の顔がさらに青くなった。

「どうしましたか」

「Gだ」

 やたら震える野崎先生の声に、僕は振り返った。


 壁から女の白い手が二本、まさしくニョキッといった様子で生えていた。


「Gだぁぁぁぁぁぁ」

「いや二回も同じ事を言う必要性は有りませんから」


 我が校にはどういう訳か多数のGが生息している。

 ただし、Gというのはあの黒光りする気色悪い生き物ではない。

 なぜか分からないが、この学校には多種多様な幽霊さんたちが住み着いちゃっているのである。

 すなわち、我が校のGとは日本全土を震撼させるあのG様ではなく、ghost のG様なのである。


「おしろさん、なんでまた急に出てくるんですか?」

 この白い手はうちの組、2年B組に大変よく出没する幽霊でおしろさん、という。

 ただいるだけという極めて無害な類の幽霊である。


 おしろさんは手をくにくにと奇妙に動かした。

 おしろさんには口が無い。多分何かを伝えたいのだろうけど、残念ながら僕には理解できなかった。

「どうしたんですか? あんまり派手に出てくると鈴木さんにぶっ叩かれますよ」

 おしろさんは『鈴木』というワードに一瞬ビクッとしたが、すぐに立ち直ると僕の鞄を指差し手をくねくねさせた。


「あー……なるほど」

「なっ、坂口、お前Gと会話出きるのか!?」

 僕は面倒なので野崎先生をシカトして自分の鞄からクッキー(鈴木さんを起こす用)を出した。

 おしろさんはクッキーを見ると(と言っても目無いけど)手を盛大にくねらせた。ビンゴらしい。

 僕はおしろさんにクッキーを投げた。

 おしろさんが受けとるとほぼ同時に、彼女の姿はクッキーごと消えた。流石はGである。


「坂口」

「野崎先生?」

「お前さっき無理とか言ってたくせに、さりげにGを撃退してるじゃないか!」

 ……クッキーをあげる行為を撃退というのだろうか?


「頼むから何とかしてくれ、気味が悪いったらありゃしないんだ」

「いや、だからですね」

 僕はなんとか言い逃れようと思ったが、野崎先生の目力にそれが無理な事を悟った。

 これは行かないと面倒な事になりそうだ。

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