水瓶水鏡不思議寄席

九北マキリ

四郎のこと


 ぱらぱらと指が飛ぶ。


 草間くさま亀内きないが刀を振りあげた。

「ま、まて! 待ってくれ!」

 血の吹き出す、指のない手をその面前に掲げ、四郎は命乞いした。


 亀内は刀を大上段にかまえたまま、にべもなく告げる。

「貴殿から仕掛けておいてなにをいまさら」

「そ、それはそうだが……し、しかし!」

「覚悟!」


 四郎の頭めがけ、亀内は得物を打ちおろした。




「わたしの言った通りでございましょう」


 水瓶を抱え、悄然と立ち尽くす四郎の背後から、童子の声がする。

 あわてて右手を目の前に差し出した。


 指はまだそこにある。


 その手で四郎は頭をなでた。

 ざらざらした月代さかやきの手触りさえ、なんだか懐かしい。


「どういうことだ、これは……」


 童子はけらけらと声を上げて笑い、四郎に近づいた。

「その水瓶に映るのは、不思議な事柄、あなたのまだ知らぬ風景」

 言うと、大人の手でひと抱えもあるその水瓶の、ふちいっぱいに注がれた水を、ばしゃばしゃかき回す。 


 たったいま見た光景の不可解な点に気づき、四郎は思わずつぶやいた。

「草間亀内など知らん。……知らぬ、のに……」


 ――なぜ、やつの名を知っているのか


「十六文いただきます」童子は手を差し出した。

 ふところの巾着から浪銭なみせんを四枚取り出し、四郎はその手に載せる。

「……いつ、これはいつ起こるのだ?」

 たまらず尋ねると、童子はわずかに首を傾げ、かぶりを振った。

「さあ……いにしえの紫式部さまも、かつてそのようにお尋ねになったそうですよ。もしその先を知りたいのなら、ほら」


 童子の指差す先に、眼前のものよりさらに大きな水瓶があった。


 せまい小屋の中は薄暗く、あちこちに置かれた水瓶を覗き込む見物人で混み合っている。その人いきれで、小屋の空気はかなり不快に感じられた。


 童子は声を低め、五十文、先払いです、と四郎に告げた。

「なんだ、また金をとるのか。しかも先払いとは」


 先に十六文、今度は五十文とはいい商売だ。それだけあれば――

 だが、先ほどのあまりに不思議な体験は、四郎に抑えがたい興味を抱かせていた。


「どうされますか」

「むろん、見る」


 なけなしの金をはたき、急いで目当ての水瓶に向かった。

 途中、男が水瓶を覗いたまま横に動き、いきなり四郎の進路を塞ぐ。

 あわてて身をかわしたものの間に合わず、相手の刀に鞘当ててしまった。

 

「無礼者、わしを草間亀内と知ってのことか!」

 男は即座に叫び、長刀を鞘走った。


 ――なんという無駄遣いをしたのか!


 後悔のあまり四郎の頭はくらくらした。

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