第2話 下僕ちゃんの悩み

 数日前まで教室で一人机に突っ伏して惰眠を貪っていたあの日々が恋しい。

 俺、二日流は一端の凡人である。

 それこそ特別親しい友達と書いてフレンドと呼べる存在なんていなかったし気づいた時には教室の中で大体のグループができあがっていて一人おいてけぼりを食らった悲しい境遇にあった。

 だがしかし!そんな非リア充な俺も楽しみの一つくらいある。

 何かと言うとそれは購買の一日十個限定のカツサンド。

 これがなけなしの俺の日常を繋いでいた。

 時には誰よりも早く教室から出て購買へ行きおばちゃんと世間話を駆使して親密度を徐々に上げカツサンド入手に努力したあの日々――うん、俺頑張ったよ昼飯の為に。

「……なのに何故俺は」

「ふんふふーん」

 上機嫌な下僕ちゃんに引っ張られて連行されているんだ。

 下僕ちゃん――神楽宮蘭華は今にでもスキップをしそうな勢いで鼻歌交じりに俺を引き摺っていた。それはもう公開処刑もいいところだ。

 周囲から白い目で見られるわ後ろ指差されるわで最悪だ。

 特に女子に笑い者にされたのが気に食わない。それもこれも全部この引き摺り系女子が原因だ。

「おい」

 前を歩く神楽宮に声をかける。

 でも俺の声が届いていないのか神楽宮は先へ先へと進む。

「聞こえてますかー?聞こえてますよね?」

 それでも彼女は引き摺るとにかく俺という人間を大衆の面前から引き摺り続け――

 頭の中がお花畑状態の無反応な神楽宮が気に食わなかった俺は頭にきて神楽宮の頭に手刀をお見舞いしてやった。


 結果。

「いったいわねぇえええーーッ!!」

 廊下全体に神楽宮蘭華の声が木霊した。

 お見事。と言ってやりたくなる程の大声にやった俺自身もびっくり半分、してやったっていうのがまぁ本音なのだけど。

 神楽宮はというとかなり痛かったのかその場にしゃがみ込んで頭を抑えていた。

「あーっと大丈夫か」

 なんとなく謝らないといけない雰囲気を感じて言葉を発する。

 次の瞬間にはギンッとこちらを振り向き恨めしそうに睨み付ける金髪ツインテールがいた。

「二日流……言いたいことがあるなら今言いなさい」

「え、言っちゃってもいい系なのコレ」

「早く答えなさい?」

 笑顔なのに目が笑っていませんことよ神楽宮さん。

 半ば彼女に脅される形で俺が絞り出した返事はというと――

「なんか腹が立ったからやった後悔なんてこれっぽっちもしてない」

 キリッとキメ顔で断言した俺に結果返ってきたのは。

「げぶッッ!?」

「こんのっ馬鹿ーーッ!!!!」

 神楽宮蘭華の華麗な右ストレートでした。




◇◇◇




 結局あの後神楽宮に屋上まで案内され場所を移動した俺は神楽宮の渾身の、いいや改心の一撃を食らい頬を摩っていた。

 だって痛かったんだもの仕方ないじゃないか。

 答えろと言われたから素直に答えたというのに暴挙に訴えてくるとはなんと恐ろしい女。

「……暴力女め」

「黙りなさいっ!貴方にそんなこと言われる筋合いはないわこの軽薄男!!」

「拳で戦う前にまず言葉で勝負しろよ」

「なんですって?!」

「ちょっま、待て!」

 ああっまた殴られる怖い!

 咄嗟に身を守る体制に入り次に来るであろう痛みに目を閉じる俺に神楽宮ははぁ、とため息を吐く。

 そっと目を開くと腕を組んでじっと俺を見つめる神楽宮の姿があった。

「……あ?」

イマイチ状況が理解できないまま彼女は言った。

「コホン。聞きなさい私はこんなことがしたいんじゃないの……その、貴方に、二日流貴方にどうしても聞いてもらいたいお願いがあるの」

 神楽宮の金色の髪が風で揺れる。

 その一瞬、世界が止まった気がした。

 彼女は俺だけを見ていた俺だけをその瞳に映していた。

「私と……っその、友達に、なってくれないかしら……?」

 先程とは打って変わって真剣な表情に黙るしかなかった。

 何故彼女が俺にそんなことを頼み込んだのか分からなかった。

 俺が神楽宮を一方的に知っていたなら納得はいく、でも彼女直々に二日流を指名するのは何処か腑に落ちない。それこそ明確な理由がなければ説明がつかない。

 それ程に俺と彼女の接点はなかった。

「駄目……?」

 神楽宮は出会った時のインパクト塊な姿はなりを潜め健気なか弱い一人の少女がそこにいた。

 元々目元は気の強そうなつり目だが今は長い金髪はしなやかで目を惹く上、頬を染めた姿なんて可愛いの一言に尽きる容姿をしているのだ。

「うぐっ」

 それを今真正面から受け止めている俺はどう答えていいか迷っていた。

 第一に二日流はリアルの女の子にそんな風にお願い事をされた試しがない。精々あっても雑用を押し付けられるくらいなものでこんなラブコメ臭漂う雰囲気に犯されたことがない、よって。

 これなんてギャルゲーだよ畜生ッ!?

 案の定パニックに陥っていた。

 恋愛なんて無経験の純情少年がそれっぽい甘い空気に抵抗があるわけもなく少年が少女にした返事はというと。

「こここ、こちらこそどうぞよろしくお願いします」

 まるで初心なお子様だ。

 情けなさすぎて泣きたくなった。

 失態丸出しなこの現状に一番ショックを受けた俺はげんなりしていた。意気消沈したと言ってもいいだろう、だって自分の不甲斐ない所を親しくはなくとも女子に目撃されたんだ。

 一男子として恥ずかしいことこの上ない。

 なけなしのプライドも粉々に打ち砕かれ俺の繊細なガラスのハートはボロボロだよ?これでもピュアなんです懇切丁寧に扱ってあげてくださいお願いします。

 屋上で女の子と二人っきりのシュチュエーション。

 思春期真っ盛りな男子は夢見たくなるお年頃だ。

 それこそ呼び出されお願いがあるなんて言われたら舞い上がっちゃうよな。

「本当に本当っ?嘘はついてないわねっ?!」

 神楽宮は俺の制服の胸倉に手をかけ揺さぶる。

「ぶふっお、おい、なんでそんな疑うんだよお前?!というか揺さぶるのヤメろっ」

「そっそれは……私が、その、友達になってほしい、なんて言ったら馬鹿にするでしょう」

「……まぁ意外っちゃあ意外だったけどそれでも馬鹿にはしないだろ真剣に悩んでるなら」

 ただその相手に何故俺を選んだのかは気になるが。

 お互い対面する形で見つめ合う。しかも神楽宮は俺との距離に気づいていないようで潤んだ瞳で俺に視線を合わせたまま。

 これはなんて言うんでしょうね?所謂拷問ってやつ?まともに女子と会話したことない俺への当て付けか?だとしたら最っ高にイかれてるな俺の人生。

「今が絶頂期とかないわマジで」

 そのお相手がこの神楽宮蘭華なら尚更。

 もう少しネジのぶっ飛んでない清純系ヒロインはいなかったのか。できたら幼馴染みとか妹とかお姉さんだとかそういう類のヒロインが良かった……。

「な、なによ」

「いいや別に何もありませんよ?こっちの話。ただなんで神楽宮は俺に興味を持ったのか、というかまともに話したことない奴に無遠慮に切り込んで行けるのかなぁと思って」

「……なんでってそれは、二日が中学一年生の頃から一人で教室にいたのを知っていて、」

「ん?おい待て、なんだそれ。高校なら分かるけどもなんだ中学って!俺は中学の頃神楽宮に会ったことなんて一度も……」

 さっぱり記憶にない。

 この子は何を言ってるんだろうか?中学?俺達今高二だぞ?今から四年前とかヤバイな全然まったく覚えがないんだが。

「それはそうよ……っ!だって、私が貴方に話しかけるまでに既に四年の月日を有しているんだもの」

 え、四年?四分じゃなくて?

 ははっ、まさかそんな。神楽宮が俺の事を四年間ずっと見てたっていうのか?いやそんな馬鹿なことがあるわけが――

 ほんのり赤くなった頰。

 答え辛そうに唇を噛んでいる姿に俺は呆然とする。

「その上でもう一度聞かせて貴方が私と友達になってくれるか否か」

 屋上に凛とした声が響く。

 これは冗談とかじゃない、神楽宮は本気で俺に聞いてきているんだろう。今後の展開を大きく左右する決断を俺に迫っている。

 笑いとかネタじゃない本気でぶつかって来た彼女に俺はなんて応えるのが正解なのかない頭を捻る他、術を見つけられずにいた。

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