第3話 四年の代償

「その上でもう一度聞かせて貴方が私と友達になってくれるか否か」

 はてさて困ったことになりました。

 四年の歳月を経て俺、二日流は神楽宮蘭華に再会したらしいのだが未だに状況が呑み込めていない。

 俺の過去を知っているらしい神楽宮はどうやら中学時代の俺を知っているらしかった。その一方で俺は彼女のことを何一つ知らないかったことに気づく。

「いつからだ」

 いつから神楽宮は俺を見てたんだ?

 四年と言葉で説明されても俺の記憶の中に彼女の姿が見つからない、見つかるはずがない――だって神楽宮は、

「私はずっと貴方を見ていた」

「あの、全然記憶にないんですけど……?」

「だって見つかりたくなかったもの。見つかれば嫌でも顔を合わせなくちゃいけないじゃない」

じゃあ今なんでお前は目の前にいるんですか?!

 神楽宮は俺を見ていた。

 それこそ四年という月日をずっと俺の一部始終監視していたことになる。

「ちなみにお聞きしますけどどれくらいのスパンで俺のこと見てたんだ?」

「そんなの四六時中よ。校内では貴方の行く先々へ出向いて常に観察していたわ。体育の授業を見ていて思ったのだけど貴方、運動神経があったのよ意外だったの。ゲームばかりやっている癖に機敏に動き回れることに。それに中肉中背の癖に意外と良い体をしていたわね拝見して正解だわ。あ、でも、トイレは流石にまずいと思って気を遣ったんだけど……間違ってないわよね?」

 ホントこの子なんなの?何がしたいの?俺をぶち殺す気か精神的に。

 というか、体育の授業見てるって言ってたけどお前と同じクラスになったこと中学時代一度もなかっただろうがっ!!つか、トイレを気遣うくらいなら男子の覗きすんのはやめろよっナイーブなんだから!!というか良い体って何?!ホント何?!

 俺のストーキングされた日々が一部暴露され、新事実が発覚したんだがもう色々掻き乱されて俺のライフはゼロよ?

 というかこの子一体どこまで俺の日常生活知ってるの?探ってないよね?俺のプライバシー守られてますよね?大丈夫って言ってくれお願いだから。

「あの……未だにストーキングされてるなんてことは……あ、ありませんよね?」

 恐怖を感じた。

 だって目の前の彼女は興奮を隠せないのか目を輝かせよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに俺の方へ詰め寄り徐々にフェンス側へと俺を追い詰める。

「私は貴方と話したい貴方を知りたい!だから私が二日をストーキングしていようとさしてそこは重要じゃない……大事なのは私が貴方の生態を知っていたいということよ!!」

 無理です。

 熱烈なアプローチだがまず冷静になれ、俺。

 神楽宮は俺をお友達として相手をしているだけだ決して恋愛対象として見られているわけじゃない。

 そうだ、これはヒロインとのギャルゲーイベントじゃない。精々主人公と男友達が仲良く話してるイベントだ、考えるな深い意味はない深い意味は……。

「だからこのまま二日の生態調査は行うつもりだから覚悟しなさい!」

「ヤメろ馬鹿っお前は何がしたいの?!俺なんかの生態調査とか時間の無駄だってことがなぜ分からん!?」

 こんなネジの一本じゃ済まないぶっ飛び娘の友達にならないかって?

 常識の範囲内で考えてみろどう考えたってノーだろう。

 むしろイエスと答えられる強者がいるなら俺はそいつになけなしの三〇〇円を譲ってやってもいい、許す。

 でも、それとこれとは別だ。

「……わけが分からん。なんでお前俺に固執するんだ?はっきり言って今の神楽宮の自爆トークを耳にして俺が友達として受け入れる可能性はない」

 友達になりたい。

 それは自然と生まれた彼女の意思だ――最初からそこを疑うつもりはない。

 ただ神楽宮の友達を作りたいという意思は普通のそれとは逸脱している気がする。友人が欲しいならどうするべきか考えて相手に見合った話題を選びシュチュエーションで行えばいいだろう。

 だが限りなく彼女の手法はストーカーを彷彿とさせてしまう。

 いくら神楽宮が友達作りを豪語していたとしても他人からしたらそう感じ取られてしまう――俺が感じているように。

「駄目なのね要するに」

「……悪いがそういうことになる」

 友達が欲しい。

 俺もそう思ったことがないわけじゃないから理解はできる。だがその当たり前の範疇をぶっ飛ばした上で今の神楽宮が構成されているなら断るという方法以外に俺は選べない。

 もしこの子が俺を監視する若くは日常的に害をなさないのであればある程度大目に見る事はできるが。

「……じゃあ、」

 運動場からは生徒達の楽しげな笑い声が聞こえる。

 屋上と運動場は明確な境界線が引かれているように感じられた。

「じゃあどうすれば私を友達として認めてくれるっ?私が貴方の出す条件を全て満たせば二日は納得してくれるの!?だったら私はなんだってやってやるわ!」

 ここで駄目だと答えたら神楽宮は泣くだろうか。

俺を軽蔑するだろうか、素直に無理だったと諦めてくれるのか――?

 いいや彼女はそんなに弱い人間じゃない。

 俺なんかの友達になる為に四年の時間を費やした馬鹿野郎だ。

 だからこそここで伝えなければならないことがある。

「第一に俺の生活を害するな」

「それだけ?」

「俺の好きな時にゲームやらせろ。あと特に音ゲーやってる時に邪魔はするなよ?絶対スコアに影響するからな」

「……わ、わかったわ、他には?」

「他は――」

 どうしよう他に言い訳らしい理由が見つからん。

 ゲームについては承諾してもらわないと困る。

 スマホのアプリでポチポチ音ゲーに勤しむのが数少ない楽しみな時間なわけで特にイベント期間中なんかの時は噛り付いてプレイしている。

 ポイントは順位に大きく影響する。

 常に気を向けなくてはならない、それこそ男子トイレで一人隠れてポイント稼ぎするくらいには重要。

「他はっ?」

 ううむ、時間稼ぎは無理だな。

 なんとなく神楽宮が焦っているように思えるのは気のせいか。

 飼い主に待てをさせられて我慢している子犬みたいな表情をしているものだから。あ、間違っても舌を出してハッハッと犬特有の息遣いはしてないので悪しからず。

「モウナイカナー」

 条件を絞った結果、限界でした。

「なら問題ないわ」

 顔を上げた神楽宮は自信に満ちた顔をしていた。

 すごく嫌な予感がしますです。

 非常時に限ってそんな予感は的中するんだからやってられないんだよ。

「私が許容範囲を広げればいいだけだもの」

「そうだな。けど落ち着いて考えろ?俺の平穏がかかってるんだぞもうちょっと深く考えろ?」

「大丈夫よ問題は解決したから」

 ハイ?問題なら山積みのままですが神楽宮さんは分かっていらっしゃるんでしょうか。いいえ多分答えるまでもなく良いように解釈してるんでしょうね、ええ。

「私が貴方と一緒にいれば自ずと結果は生まれる」

 ねぇ私、今名言言ったんじゃない?みたいな誇らしげな顔をしてこっちにチラチラ視線送ってくるのヤメて。

「嫌とは言わせないから」

 びしっと神楽宮に人差し指を突き付けられる状況に冷静に判断した結果として。

「要するに神楽宮は俺に相手してほしくて仕方ないんだな。はいはいわかりましたよ」

「ちょっ!その言い方は気に入らないわ!そ、そ、それじゃあ私が貴方に構って欲しい……みたいな解釈になるじゃないっ」

「え?違うの?」

 しれっと返事をする俺に神楽宮は怒ったのか顔を真っ赤にさせた。

 きゃー下僕ちゃんの逆鱗に触れたよー。

 またしばかれる。

 脅威の右ストレートが俺の顔にぶち込まれる……死んじゃうよ俺、まだまだやり残したこと沢山あるのに。

「後生だから暴力はやめて力尽くいくないヨ?」

「そこに座りなさいっ!」

「い、嫌だ俺は死にたくないっ」

 屋上で二人、同じ場所をぐるぐる走り回る俺達は他所から見たら相当馬鹿なことをやっている風に映るだろう。

 青空の下、誰かとこうして追いかけっこするなんて数年前の自分からは想像もつかない。

 教室の隅で一人誰からも認識されないようにひっそりと息を潜めているのが俺の平穏を守ることになるとそう信じクラスメイトと同じように馬鹿騒ぎするのを遠目にフィルター越しに眺めていた。

 ああなったら多分輪の中にいることが当たり前になる。

 そうなればきっと組み合わさってできた歯車達の中の一つでも歯車の歯数が変わってしまった時、正常に機能するのか。

 答えは――歯車は歯数の合わなくなった時点で機能を停止する。

『俺には不似合いだな』

 こうして誰かと同じ時を共有するなんて、間違っている。

 そう思っていても未だにその輪に憧れを抱いてしまうのは後悔の念が拭いきれていないからなのか、単に固執しているだけなのか。

「げぶぁっ!?」

「考え事なんて余裕かましてるからよ」

 今はまどろっこしく考えることさえ馬鹿らしい。

 何故なら俺は目の前にある障害をどう超えるか、どう相手するかを考える方が重要になりつつあるからだ。

「私から逃げられると思わないことね!」

 それもこれも全部、神楽宮蘭華が日常の一部として押し入ってきたことにあるんだが、なんだか今はそれを悪くないと感じる自分がいる、ほんのちょっとだけど。

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