第4話 友達の選び方

 早朝の澄んだ空気。

 ランニングに勤しむ男性が息を切らせて通り過ぎていく。

 これぞザ・日常の風景。

 しかしその平和を脅かす光景を目の当たりにする。

リード片手に犬の散歩をしている人がいた。

 落ち着いて想像してみてほしい、ただリードを手に犬の散歩している人がいるだけじゃ驚くことはない絶対に。

 今日に限っては俺はいつも通る通学路をあえて変えて脇の小道である近道を選んだ。

 特に理由はない、なんとなくそんな気分だったというのが正しい。

 話を戻すが、そこで摩訶不思議な光景を見てしまった。

 姿を。

 清々しい気持ちは吹っ飛んだ。

 平和な日常?なんだそれ?俺はどこのファンタジーに迷い込んだ?家を出るまでは確かに普通だったはず。

 隣の田中さんは相変わらず朝顔を合わせる度、彼女はできたかと豪快に笑って挨拶してくれた。

 彼女ができたかは聞かないで欲しいな、いないの分かってて聞いてるよね?俺の心を串刺しにする気か田中さんこの野郎っ!

 まぁそんな朝っぱらからテンションの下がる朝を迎え歩き出し近道した結果。そんな違和感ありありな空間へ来てしまったわけでして。

「えっとー……これ、どうすれば正解なの?」

 このまま何事も無かったように学校へ向かうことは出来る。というかしたい、この犬に食われた不審者さん(正確には頭かじられてる人)に関わっては何かが狂う気がする。

 良くないことの前触れだ。今すぐスルースキルを使って目の前のコレをなかったことにして校門を潜ることを優先した方がいい。

 学校とか特に良い思い出ないけど今すぐ行きたい、どうしようこんなに学校好きになったこと今までないわーびっくりだわー。

 と、そんな現実逃避をしていた俺を大型犬は見逃してはくれなかった。

「ワフッ?」

 もふもふした毛をこれでもか、と主張しながら飼い主であろう人を甘噛みしていらっしゃった。

「……ぁ、だれ、か」

 ヤベェ、飼い主の方からもなんか主張し始めたぞ。 ねぇこれ聞かなきゃ駄目?今すぐ逃げちゃ駄目?絶対これなんかめんどくさいことになるってば。

「そこ、に、誰か……」

「げっ!認識された!?」

 しゃべってないのに!こうなるって分かってたから息を殺してたのに見つかっちまったぜ畜生!!

 ノロノロと動き始めた大型犬はついにご主人様の頭をそのまま――見るも無残に投げ捨てた。

「げふっ」

「うえぇー……」

 ちょっ、え!?なにこれ、なんつー扱いだ。

 これで見て見ぬ振りができなくなったんですけど!おい犬どうしてくれんだ。これでお前のご主人様と絡むルートまっしぐらだよ!!

 焦りを覚えつつもどうやって通行人の振りをするかを考える。

 これ見つかったのを無かったことにして学校まで走り抜けるか、おまわりさんを呼ぶか、最悪の場合はタイムマシン探そうかなぁ。

 ナンテ、ウソダカラネホントダヨ?

 道のど真ん中で恐らく飼い犬と思われる大型犬、種名は確かオールド・イン・シープドッグだったか?にゴミのような扱いを受けている奴の服装をよく見てみれば俺も通っている朝舞あざまい高校の制服だった。

 あまり視界に入れたくなかったが食われていたソレの姿を見る限り男子制服を着ていた。

「すみませーん大丈夫ですかー?」

 返事が返ってこないことを祈りながら声をかける。

 地面に沈んだままの不審人物から距離を取ろうとしたがそれもできずに終わった。

「あ?」

 気付く暇もなくそいつに足を掴まれたからだ。

「ふふ、逃がさんぞ……っ」

「ちょっやめてくれるっ?気持ち悪いんだけど!」

 何を思ったかこの男、俺の制服のズボンに手をかけ始めた。

 なんなの、俺なんか悪いことした?

 同じ男である俺の足にしがみ付く姿は不審者以外の何者でもなく、この場に第三者がいたら間違いなく手を下した犯人と被害者の図と勘違いされる。

「この僕から逃げるなど許すわけなかろう」

「なんなのお前っ?」

 言葉遣いからして痛々しいそいつは自信に満ち溢れた顔をしながら立ち上がり前髪を掻き上げる。

 どこぞの国のナルシスト様ですか?

 顔が良けりゃ何をしたって様になるって?これだからイケメンっつー生き物は……死滅しないかな。

 先程まで愛犬に散々な扱いを受けていた野郎とは思えない態度にびっくりだわ。

「僕は朝舞高校二年D組、樫乃木鳴瑠かしのぎなくるだ」

「はぁそうですか」

「なんだその覇気のない声は!僕が名乗ったのだから貴様も名乗るのが道理だろう!!」

 指を差される。

 あー駄目なんだぁー、人に指さしたら駄目だって習わなかったのかよーお前。

「……まぁ?貴様のようななんの取り柄もない凡人に声をかける時間はないが」

「は?」

「なんたって僕はあの樫乃木家の跡取りなのだから!」

 樫乃木と名乗った奴はドヤ顔で俺の反応を待つ。

 顔もにやけているのが丸分かりで全身からも滲み出てる小物臭は隠しきれていない。

 両手を盛大に広げアピールする姿は目立ちたがりにしか見えず。

「悪い聞いたことねーわ」

「なんだと!?」

「というか樫乃木家とかっての?有名なのか?耳にしたことすらないっつーか……国民的ヒーローみたいな名前なら覚えられるんだけどイマイチ印象が薄いな」

「馬鹿なっ」

 こいつはなんなんだ一々リアクションがでかい上に構ってちゃんか、めんどくせぇ。

 というか早く学校行きたいんですけど。

 あ、学校といえば小学校の時クラスメイトだった折紙ちゃん元気にしてるかな?

 今でもあだ名の通り折り紙で友達驚かせてんのかなぁ?いやーあれは職人技だったね、俺には得意分野とかなかったから羨ましいことこの上なかった。

 なんでも折れるんだもんな。国民的パンのヒーローを作り上げた時は芸術の神が降臨したかと思ったくらいだし。

「おい貴様っ!!」

「……なんだよ人がいい感じに思い出に浸ってたのに邪魔とか空気読めない奴かよ」

「お前の方がよっぽど酷い奴だろう!?僕を目の前に思い出に浸るだと?そんなことさせてたまるかっ!僕を見ろ、貴様の前にいる僕だけを直視しろ!!」

 何もご近所さんのご迷惑も顧みず発言するようなことか。

 周辺には一軒家やマンションが立ち並んでいる住宅街。

 朝といえど通勤通学で人が行き交う時間だどこで誰に見られているかもしれないというのに堂々とそういう発言を出来るこいつは馬鹿だ。

「なんで野郎なんか直視しなきゃならねぇの」

「僕がそれを望んでいる!」

「そういうのは友達とやってくれ」

「僕にそんなものはいらんっ!臣下だけで十分だこのランスロットのようなな!!」

 ランスロット?

 どこにそんな中二臭い生き物がいるというのか。

 いいや、いた。

 忘れていた樫乃木がしっかりとその体で証明してくれていた。

 主が臣下を紹介をしてくれたというのに本人はその気もなくその辺の草むらでなにやら物色していた。

「アウ?」

 呼んだ?と言わんばかりに草むらから顔を覗かせるあたりご主人様とは違ってお利口さんのようだ。

「あー……お前がランスロットかえらいのが主になっちまったなー」

「クゥン」

「こらっランスロット!懐柔されるなっそいつは僕を見下す敵だぞ!?」

 ん?なんか素直に近づいてきたしそんな敵にこいつおとなしく撫でられてるけど。

 というか触ってみて思ったがもふもふだなランスロット。俺猫派だけどランスロットなら可愛がってやれる自信あるわ。

「人の臣下を手篭めにするなど下衆め許せん!」

「お前飼い犬に見捨てられたからって俺にあたるなよ自業自得だろ?」

「黙れぇっ!」

 あれ、なんかよく分からんが哀れになってきた。

 確かに自分のペットが他人に懐いたらちょっと悔しくはなるか?仕方ないこれ以上難癖付けられても面倒だ飼い主様に返すとしよう。

「ほれご主人様が待ってるから行ってこい」

 ぽんぽんと二、三度頭を撫でてやるとランスロットは理解したのか樫乃木の方へ歩いて行く。

 これが飼い主と飼い犬のあるべき主従関係。

 理想的な関係に納得する。

「ランスロットよく帰ってきてくれた!!」

「ワンッ!」

 涙の再会。

 それなりに纏ったみたいだし良しとしよう。

 とは思ったが、こいつ等は最後まで予測を裏切らなかったようで樫乃木の頭めがけて突進するランスロットが視界に映った。

「ぐはああぁっ!!!!」

 樫乃木鳴瑠の絶叫が街に反響した。





◇◇◇




 あれから無事学校へ行き着くことができた。

 ただそれと同時に平和な日常を失ってしまったが。

「流、早く歩け時間が勿体ないだろう」

「ヲイ、なにナチュラルに名前呼びしちゃってんのお前」

「僕は認めた相手は名前で呼ぶ主義だ。それにランスロットが他人に懐くなどあり得ん同類の匂いを察知したのだろうな僕の目に狂いはなかった」

 ふざけんな。

 テメェが最初俺に何を行ったか忘れたか人を凡人扱いするわ、勝手に敵認定するわでめんどくさかったんだぞ。

 相手をするのも憚れるほどに?いいや、もう飼い犬の一件から全てにおいて。

 ちなみにランスロットはあれから自立歩行で飼い主そっちのけで自宅へ帰って行った。

 本当偉い奴だよランスロット、飼い主よりできた愛犬だろもう。

「俺は認めねぇ」

「残念だが流お前は僕の所有物だ」

「変なところで残念さ発揮するんじゃねぇよ……」

 つかそういうこと人前で言う?言っちゃうんだ?

 ここはもう校門の内側、つまり大衆の面前であるわけオーケー?

 ガシッと樫乃木が俺の肩を掴む。

「安心しろ僕がお前を養ってやる」

「全っ然安心できねぇよ。しかもキメ顔で言う事かそれ?一発でいいから殴らせてくれない?なぁすぐ終わると思うからさ」

「恥ずかしがるな僕とお前の仲だろう」

「お前と会ったの今日なんだけどついさっきなんだけど?!」

 ヤバイよこの中二病患者。

 なにがって全部だよ全部!全部樫乃木の良いように解釈されてるし言ったことが全部裏目に出ている気がする。

 俺の大事な学園ライフが野郎に塗り潰されていくなんて耐えられるか。

「俺はただ平穏に過ごしたいだけなんだっつーの!!」

 友達が出来るのは百歩譲って良いとしても相手ぐらい選ぶ権利はくれ。

 じゃないと俺精神的に死んじゃう。

 この世に居られなくなっちゃうから本当に、社会的にも抹殺されるから。家族でもない奴に養われるとかなんなの?そっち系に転身するつもりとかないからね、俺。

 断固拒否します。

 今日も俺の意思とは正反対な非日常になってくれやがって、予想外通り越して未知の領域に達しちまったじゃねぇか。

 ここまで来たら自棄だ可愛い女の子と顔見知りになれるとは絶対思えないがお近づきになれるくらいには努力してやろうってなこれでもギャルゲーでの予習はバッチリだぜ。

 なんたって樫乃木なんて超レアな残念系中二イケメンクソ野郎と知り合っちまったからな、知り合いたくなかったけど。

 じゃあまずは下駄箱にラブレター入ってるかどうかから確認しようか絶対にないだろうけど。

 出会いなんてどこから降ってくるか分からないんだし落ちるとこまで堕ちてやろうじゃねぇの、あはは。

 そんな空元気で目先の下駄箱へ突撃した。

 どうなったかはまぁ、聞かないでいてくれると嬉しいかなー……なんてね。

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