第6話 俺はいつにも増して努力している

 なし崩し的に那倉ちよりのパートナーに選ばれてしまった。

 周りの男子連中も俺が女子から指名されたのをよく思わなかったのか恨みがましい目で睨まれた。おかしいだろ?俺はテメェ等と同じ同列種だぞ。なんで標的にされなきゃならんのだ。

「よろしくね二日君」

「ははっ、そうなりますよねー」

 笑顔を返してくれる那倉に心が痛い。

 マイナスイオンでも出てるのかと錯覚するくらいに彼女の周りはなんというかほのぼのしている。

 生まれ持った物なんだろうが残念ながら俺がいることによって効果は半減してしまっている。

 黒髪黒目のぱっとしない容姿となにより目つきが悪いことも相まって人が憑り付かないのだ。

 しかしこの子犬系美少女は俺の鉄壁の心の砦をくぐり抜けてきた。

 最近は肉食系女子ってのが増えているらしいが行動派な奴が多いのか?いや違うな。この那倉ひよりを筆頭に特殊な奴だけだろう。

 かつて同級生から言われたことがある。

 お前の目は一周回ってゲスの頂点に君臨していると。

 ゲスの頂点てなんだ頂点って言えばなんでも良い感じに好感持つと思ってんのかクソが。

 とにかくだ。俺の話はいいとしてもオリエンテーションの班は確か一班に六人までだったはず。

 そこに俺と那倉が一応同じグループになったわけだがあと少なくとも四人見つけなくちゃならない。

「やべーな。グループなんか作れる雰囲気じゃないぞこれ」

 考えてみろコミュ症引き起こしてる俺が他人にへこへこ頭下げて一緒に班を組んでくれなんて言えるわけがない。話さなくていいなら極力口を開きたくないというのが本音だ。

 那倉はそんな俺の気持ちを察してか提案を出す。

「大丈夫だよ。私達が同じグループになれたんだからあと4人くらい簡単に決まるって」

 それはお前が一人じゃなくなって余裕が出来たおかげだろうと伝えると那倉は頷き俺の背中を押してとにかく移動すべきだと無理矢理に歩かされる。

 意外にこの子犬系少女は行動力があるらしい。

 そりゃそうか俺みたいな奴に声かけてくる時点でよっぽどの変わり者に違いない。

「結局どうしろって?」

「私が話してみてもいいけどここはお任せしたいなぁ。なんて」

「意味がわからん。なんで俺がっ」

 話すのが得意ではないと言っているのにこの少女は何を言っているんだ。

「もう。二日君は頑固だなぁ」

「頑固とかじゃなくてだな。というか俺の立場も考えろよ!」

 つまりなんだ私と話ができるなら他の人ともできますってか?

 それは楽観視しすぎじゃないだろうか。

 ある程度慣れたといっても限度があるし俺の場合相手に告げているのは会話というより本音だ。

 だから簡単に相手の苛立つことも言ってしまえるが後になって言わなければよかったと後悔する羽目になる。

 それは御免だ。

「とにかく俺は嫌だからな!!」

 体全体で嫌だと表現する。

 俺が言うと納得いかないのか那倉は頬を膨らませる。

 そうやって可愛らしく媚びたところで簡単になびいたりしない。

 伊達に年齢=彼女いない歴の俺を舐めんじゃねーよ。

「でもこのまま待ってても班決まらないんじゃ困るのは私達だよ」

「それならそれでいいよ」

「とかなんとか言って内心焦ってたり?」

 冗談めかして人差し指を立てウインクする那倉は自然な動作で俺を人混み――正確にはクラスメイトが集まる渦の中に連れて行こうとしていた。

「おいっ、だから嫌だって言ってるだろうが!」

「いい加減諦めたほうがいい気がするんだけどなぁ?諦めが肝心っていうか」

 なんと言おうと俺は動かん!

 その場で少女に追い詰められている姿は実に滑稽に映っただろうがそんなもん知ったことか。

 ほれ見ろ周りのクラスメイトは俺と那倉のやり取りを見て、「二日の奴那倉さんに迷惑かけやがって!」「あいつ帰りに呼び出すか」「いいね、いいね、最っ高だねぇ!!」と、遠巻きに俺達を見ながらこそこそ会話していた。

 最後の奴に関してはノーコメントで。

「ちょっちいいか?」

 チャラい。

 一言で説明するならそれ以外の言葉は見つからなかった。

 なんとあの正木龍樹が俺達に話しかけてきたのだ。

 なぜにそんな愚かな行為に及んだのか実に気になったがそれを聞けるだけの度胸を持ち合わせていなかった俺は口をつぐんだ。

「正木君どうしたの?」

 那倉は空気を読んでか正木に声をかけた。

 今だけは那倉がいてくれてよかったと思う。駄犬なんて言ってごめんな、今度からワン子と呼ばせてくれ。

「提案なんだけどさオレ等と班組まない?」

 どうして、お前が、俺達に、そんなお願いをしに来るんだ。

 クラスの中で一番目立っているだろう男子といえばこのチャラ男代表である正木と聖人君子の福山のペアだ。

 グループを組んで欲しいという男子や女子もかなり多いはずだ。なんたってこいつ等がいるというだけでステータスになるから。

 それ目当てにお近づきになろうとする奴がこの教室にはたくさんいるのに。

 お前なんで俺のとこに来んの?

「えっと……」

 こっちを気にかけるワン子になんだか申し訳ない気持ちになるが正木は急かすように話を進める。

「二日君たち見てたらなんか組んでみたくなってさ!どう?組まね?」

 流石に黙ったままではいられなくなった俺は渋々答えを出すしかなくなった。

 結論を言うならば。

「俺は校内で浮いた存在になりたくないんでな断る」

 正木はぽかんとしていた。

 まぁ断るなんて思ってなかったって顔だろう。


 生憎と俺は学校一目立ちたいだとか、誰かの手を借りてのし上がりたいとかそういったものに興味はない。

 他人を頼ってのし上がったところでそれが自分のステータスになるかといったら違うだろう。

 まずそれは自分の力ではないし人脈でもない。ただただ他人が持っているものを羨望して自分がさも同じ土俵に立てたように感じているだけだ。

 いや、正確には達成した実感を得たいのかもしれない。

「ぷっ!はははっ」

「いやなんで笑ってんのお前……」

「いいねやっぱ面白いわ二日君!!」

 ちっとも面白くない。

 正木が話しかけてきたせいで教室にいる連中の目が変わった気がする。

 なんであんな奴に声掛けてんだってのを背中越しにひしひしと感じた。こちとら甘んじてこうなってるわけじゃねえのに。むしろいくらでも代わってやるよ!

「オレはさ仲良くしたいんだって!二日君とはなんか気が合いそうだし?」

「それ気のせいだから。今すぐ他の人選に替えることを推奨する」

「なぁなぁミコト君も二日君と一緒でもいいよね?」

 コイツ人の話聞く気全くねぇな。

 正木は俺の話を一方的に組むことを前提にもう一人の悩みの種である福山に話を切り出した。

「俺は構わないけど二日君にちゃんと許可は貰ったのか?」

 福山はもっともらしい理由を正木に尋ねる。

 お前のことは気に食わないが今だけはその意見に賛同してやる。今すぐこのチャラ男を躾けてお帰りくださいお願いします。

「いいに決まってんじゃんか。な?二日君?」

 俺達お友達だよね!と言いたげににこやかに絡んでくるが決定権が俺にあることを忘れないでもらおうか。

 ましてこっちにはワン子だっているんだ簡単にはいそうですとは言ってやらん。

「だから俺嫌だって、」

「あ、あの!私も出来たらお願いしたいとは思うんだけど……」

 ――言ってるよね?

 なんなんだろう。俺の言葉は片っ端から無視される運命にでもあるのだろうか。

「大丈夫?二日君?」

 せめてもの救いは那倉が俺の様子を気にかけてくれていることかもしれないが、それでも無視されるのは腹が立つ。

「……お前等人の話無視するにも程があるだろ」

 このまま傍観していてもこっちの要望は受け入れられないままだ。なんとしても回避しなければ。

「おいワン子」

「ワ、ワン子ってもしかして私のことなの!?」

「お前以外のどこに犬っぽい奴がいるんだ」

 交友関係の少さに関しては誰にも負けない自信がある。

 事実俺のスマホの連絡先に登録されているのは家族のものしかない。

 よってワン子の存在はかなりイレギュラーということになる。

「正木君……とか?」

 俺はチャラ男に気さくに話しかけられる程仲良くなった覚えはないしこれからもそれは変わらない。

「やめろ、あいつが犬?それは犬に失礼だろ。あれはリア充っていうお友達と一緒に友情、努力、勝利!的なイベントを回収した上で増殖していく繁殖型生物だぞ」

 周りからテメェの方が失礼だろうと言われたような気がしたが止まるわけがない。

「俺みたいに部屋の隅でスマホ弄ってる根暗とは違うんだよ。方やクリスマスにプレゼント交換したりハロウィンに仮装して騒いだりしてるのとを見比べてみろよ歴然の差だろ?」

 同じ人間でもこうも違う。

 だから中に羨む者もいれば一方的に突っぱねる奴もいるわけだ。

 一〇〇人が皆一緒に手を取り合って「世界平和ラブアンドピース!」と言うかと思えば違う。やりたいなら勝手にやってろという意見の人間も半数はいるわけで。

「俺に言わせれば交友関係が広いから偉いのか?いや、違うだろ。数は少なくても本当の意味で信頼のおける相手がいる方がいい」

 自然と口が動く。

 こうなったらあとは勢いとノリに任せて行動あるのみ。今更手遅れかもしれないが。

 拳を握り締め全力で振り下ろす。

「よって、軽率に他人を信用するチョロインみたいな真似をこのチャラ男相手にやるのは死んでも嫌だ!!」

「ちょっ、オレひでー言われようじゃね?」

 まさか自分が貶されると思っていなかったのか信じられない、みたいな表情をする正木を見て俺のテンションは八割型下がる。

 表舞台に出て大手を降って歩いている野郎自身に周りを巻き込んで振り回している自覚はないらしい。

「二日君て意外と毒舌なん?」

「俺はこれがデフォルトだ」

「うーん。やっぱ俺等の周りにいなかったタイプだわ!」

 さっきまで納得いかないと言いたげな顔をしていたのにころころと表情が変わる。

 こういう奴の相手をするのは疲れる。単純に苦手意識を持っている奴に限って向こうからやたらハイテンションに絡んでくる。こっちが身を引いたりするとさらに近づいてくるので堂々巡りでしかない。

 誰でもいいコイツの興味本位で近寄る性質を一から教え直してくれ。

「正木、二日君が嫌がってるぞ」

 黙って話の一部始終を見つめていた福山が口を挟む。

 途端に周りの空気が引き締まる。

 人の上に立つ人格者――特有の雰囲気といえばいいのか、そいつがいるだけで教室内部の喧騒も静まる。

 俺達を話のネタにしていた連中もそうでない奴らも話しかけはしないが意識だけはこちらに向けているように感じる。

「オレだけかよー」

「どう見ても無理矢理迫っているようにしか見えなかったぞ?」

「マジで?オレってばいつも通りにしてるつもりだったんだけどなぁ」

 なんにせよ今は助かった。

 ただ気にいらないのは俺を救ったのが福山尊だったというだけで。

 あれ、ちょっと待てよ?なんか俺最近男女構わず攻め寄られてないか。再認識した途端情けなくなってきたんだけど。

 結果として膝から崩れ落ちた――と思ったんだが。

 それを受け止めたのは、意外にも那倉ちよりだった。

「二日君、だっ大丈夫?!」

 受け止めたといっても女の子の細腕で大の男を支えられるわけもなくぷるぷる震えているが、その……無意識なのか真正面から抱きつくような格好になっているんですが。

「はは、ナニコレ夢か?夢なのか?ん?」

 ちょっとどころじゃなくかなり動揺していた。

 だって仕方ないじゃん。女の子に普段触ったりなんかしないんだもん。特有の柔らかさとか、に……匂いとか?そういうのに抵抗力皆無だし。

「しっかり、二日君っ」

 そう思うなら今すぐ離れてください。

 そうすれば俺も普段通り――までかは、わからないが冷静に物事を判断して対処できる、はず。

「ちょっと待って離れて、くれ……」

 ぼそぼそと語尾にいくにつれて声に力がなくなる。

 これぞ童貞男子と言われたら普段なら全総力を上げて撤回をするんだが、今は生憎とそれに注ぐだけの労力を持ち合わせていなかった。

 気が緩むと同時に福山と視線が合った気がした。

 途端に頭がクリアになって熱に浮かされかけた自分を罵倒したくなった。

 ここは教室だ。生徒が授業を受けて勉学に励む場所だ。故に現在オリエンテーションのグループを決めていたんだろうが。

 女子に抱きつかれたくらいで思考ふっ飛ばされてんじゃねぇよ馬鹿だろお前!

「すまん。大丈夫だからもう、は、離していいぞ?」

「え?あっ、ごっごめっごめんなさい!?私なんてはしたないことをっ!」

 俺達は密着していた体を放す。

 ほぼ無意識とはいえ抱きついてしまったことを那倉は後悔しているのかもしれない。

 無理もない、男なら女子に抱きつかれてラッキーくらいに思えばいいが女の子はそうはいかない。

「私平気ですから!気にしないでっ」

 赤くなった顔で必死に弁明する那倉を見て申し訳ない気持ちになる。

「なぁ二日君と那倉さんって付き合ってんの?」

 そこへ空気を読まず話を蒸し返す馬鹿はけろっとした顔で平然と質問してきた。

 しかも割と頭からつま先までじっくりと眺めるように、だ。

「正木そこは空気を読んで黙ってやるべき、じゃないか?」

 福山が絶妙なタイミングで正木につっこむ。

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!

 なんで正木だけに限らず福山にまで気を遣われているんだ俺は。

「ちょっと待て。お前等勘違いしてんなよ?俺とこのワン子がそういうんじゃないってのは理解してんだろ!」

「それは野暮だから黙ってたんだが……」

「ってかさー、人前で抱き合うって意外と出来ないのに平然とやってのけるからそういう関係なのかなって思ったんだけど……違った?」

「ちげぇよ!!」

 こいつ等思った以上に侮れん。

 一人だったら上手いことかわして話すこともできるんだろうが二人揃うとめんどくさい。

 冷静に正論で切り込んでくる福山と茶化すように爆弾発言を投げてくる正木のタッグに脱力する。

「……いいなぁ」

 聞こえたつぶやきにその方向を見ると那倉が羨ましそうに俺達三人を見つめていた。

「は?お前何言っちゃってんの?」

「男の子同士仲良さそうで羨ましいなって」

 仲良さそう?誰と誰と誰が。

「やっぱ?オレもそんな気がしたんだよ!二日君となら友達になれるってさー」

「おいっ、なんだよ肩組むんじゃねぇ?!」

 がしっと肩を組まれて身動きが取れない。なんだこいつ馬鹿力か!?

「悪いな二日君正木はこういう奴なんだ許してやってくれ」

 ふっと微笑む福山はなんだか嬉しそうだ。

 その姿は様になっていてこっちにちょっかいはかけてこないが女子たちが黄色い悲鳴を上げていた。

 俺はなんで変な奴らにばかり囲まれているんだろうか。

 なんとか自力で正木を押し退け手首を擦る。

「私も仲間に入れてください…」

 しかも那倉は女子一人というのもあって寂しそうにこっちをじっと見ている。

 しゅんとしている姿は飼主を見失った子犬のようでなんというか、すごく申し訳ない気持ちになってくる。

 これが小動物特有の愛らしさというやつか。

「あー、俺が悪かったからそんな顔するな。次はちゃんと女子班に入れてやるから」

「二日君……ごめんね?」

「いいから。流石に男子ばっかりだと息詰まるだろお前も」

「ううん!そんなことないよ。気にしてくれてありがと」

 照れくさいのか髪をいじって恥ずかしさを紛らわせている那倉は俺から見ても可愛かった。

 絶対本人には言ってやらんけどな。

「という事は俺達と班を組んでもらっていいのか?」

 福山は俺の意見を尊重したのか態々確認までしてきた。

 正木とは違い気遣いのできる男らしい。

 だからその容姿と相まって女子連中から黄色い声援を受けたりするんだろうが、やっぱり聖人君子様に好感を持つことはできなかった。

「良いか悪いかで言えば悪いな。だがどの道組まないと話は進まないし時間が経てば現時点で決まってない少数グループのが限られてくる」

「……つまりは消去法で俺達を受け入れたわけか」

「そりゃそうだろ。お前等は非常に目立ち過ぎる。極力他人に関わりたくない俺みたいな人間はひっそりと暮らしたいのが本音だ」

「――だが君はそうしなかった」

 俺個人の問題で済むなら一人隅で隠れるっていう方法を取ったが那倉ちよりがいる今、彼女が気兼ねなく話せる相手を探さないとならない。

 となれば、本来から逸脱した戦法も時には選ばなくてはならない。

「君は優しいな」

「やめてくれ寒気がするわ」

「すまないこれからよろしく頼む二日君」

 全身が痒くなる。

 そう、名前を呼ばれた時からずっと違和感が消えなくて仕方なかったんだ。

 よって訂正してもらうとしよう。

「君呼びとか気色悪すぎるから呼び捨てにしてくれ」

「俺はこのままでもいいけど?」

「はぁ、ヤメろ。お前がよくても俺が嫌だっつーの」

 それは残念だな――と、

 相変わらず人の良さそうな顔で言ってのける奴の本心が見えてこないがそこは目を瞑るとしても。

 これでなんとか四人は確保した。残る人数は二人。あとはどこから人員を見繕うかだが、この教室に何名組んでない生徒が残っているかだが。



◇◇◇



 俺はこの時忘れていた。

 オリエンテーションという行事内容、班行動はグループで必ず行わなければならないということ――その最前提を頭からすっかり失念していた。

 突如、二年C組の扉は開かれた。

 ドアの向こうから風が吹き込み長い髪を揺らす。

 そこから現れたスタイルの良い金髪の美少女。

「二日流!貴方まさか私を差し置いて他の人達とペアを組んでないでしょうね?」

 あっるぇー?

 なんでキミがここにいるの?というかここで来ちゃうの?

 ズンズンと歩を進めると俺の目の前で立ち止まり宣言する。

「私とは組まないって言ったくせに!!」

 修羅場の予感的中。

 めんどくさいのが来た。まさかここにきてこいつが現れると誰が予想できる?できるとするなら、それはこいつ自身だけだ。

 案の上教室内は一層騒がしくなった。

 HR中とはいえまだ授業中であることに変わりはないのだが神楽宮蘭華はなぜここにいるのか。

 彼女もこの学園の生徒なら本来自分の教室にいるべきであってここにいるべきではない。

 萌ちゃん先生も突然のことにあたふたしているし那倉に限ってはぽかんとしている。何が起こったかわからないって顔だ。

 福山と正木も同じだろう、俺も勿論そうだ。

「……頼むから後先考えて行動に移せよ」

 俺はほぼ反射的につぶやいた。

「私のを断った貴方に言われたくない!」

 俺言ったよねちゃんと後先考えて動いてって言ったよね?馬鹿なの?死ぬの?いや、俺を全力で殺しにかかる一言をぶっ込んでくれやがった。

「こここ告白!?」

「二日の奴那倉さんだけじゃ飽きたらず金髪美少女まで……許すまじっ」

「やっぱりあいつ始末しないと早く何とかしないと、ふひひっ、ヒャッハーッ!!!」

 教室全体が混沌カオスと化した。

 童貞男子の嘆きが教室に木霊す一方、女生徒一同は冷ややかな視線でそんな男子一同を見つめていた。

 その中に勿論俺も含まれている。

「こっ、告白とか紛らわしい言い方してんじゃねーよっ!」

「それを貴方に咎められるのは気に食わないわ」

「俺が失った物の方がはるかに多いだろ!!」

「それはご愁傷さま。私の気持ちを踏み躙った罪をその身に受けなさい」

 なんだこいつ。

「はっ、自分がやらかした失態を人のせいにするとかどういう神経してんだか」

 この場で神楽宮蘭華という人間がどういった奴なのか全部ぶちまけてやりたかったが俺は人の嫌がることはしない主義だ。

 そんなテンプレともいうべき対応をこの女にしたところで俺にはこれっぽっちもプラスにはならないだろうがなけなしの良心を総動員した結果が――

「じゃあお前が授業中にも関わらずここへ来た理由を説明してもらおうか」

「なっ!?」

 なにも驚くことはない。

 ただここへ来るに至った理由を簡潔に解明してくれればそれで。

 しかし神楽宮は俺の問を聞くなり顔色が悪くなった。

「そりゃそうだろ?一クラスのHRを止めてまでやるにはさぞかしご大層な理由があるんだろうし」

「そ、それは……」

 顔を俺から背けどうするのが正しいか考えている姿はなんというか見ていて面白かった。

 クラス一同に神楽宮蘭華をフッた男として認識されてしまった今、俺は世間的に言えば可愛い女の子を無残に切り捨てたクソ野郎なんだろう。

 ドSのゲス野郎と罵られようとこのまま誤解されたまま終わるくらいなら一矢報いてやる覚悟で俺は神楽宮に視線を合わせた。

「私は貴方とオリエンテーションの班をくっ、組みたかった、のよ……」

 わかるでしょ、と顔を赤くする。

 ちょっと待てよその言い方ずるくないか。ということは神楽宮は俺と班を組むために自分の教室ではなくこのクラスまでやってきたことになる。

「いや俺にそれを言われても」

「二日君それないわー」

 正木にそれを言われると腹が立つ。

「それじゃあ彼女が可哀想じゃないか」

「うんうん、二日君乙女心がわかってない」

 しかもリア充共に批判されるっていうのがますます気にいらない。

 だがクラスの違う生徒を別のクラスの班に組み込むのは無理があるだろう。簡単に関係のない生徒を班に入れられるなら全学年の学園生の要望を受け入れなければならなくなる。

「なんとか、してあげられないかな……?」

 那倉も神楽宮を気にしているようで、なにか策はないかと考えているようだ。

 俺の班員はどうやらお人好しの集まりらしい。

 このまま放っておいたら俺だけが悪者みたいじゃねぇかよ。

「萌先生」

 俺は状況がいまいち呑み込めていない萌ちゃん先生に声をかける。

「え、うん?なにかな二日君」

「うちの学校の行事で班を組む際の決まり事ってなんかありますか」

「えっと、クラスで規定の人数を組むことくらいかな」

「他に特に決まり事はないんですね?」

 萌先生は頷く。

 じゃあ後は最後の確認だけだ。

「なら一クラスの人数が規定人数に満たなかった場合はどうなりますか」

「その場合グループの人数が少ない班が出来上がるだけだね」

「このクラスが三十五名で神楽宮のクラスは……何人だ?」

「え、あの……さ、三十五人だったかしら」

 神楽宮はビクッと俺の言葉に反応しながらも返事をした。

「ということは余った生徒を他のクラスの班に入れてはいけない、なんて決まりもないわけですね?」

「そうなる……かな?」

 ならこれで積みだろう。

 俺が神楽宮の方へ歩き出すと当の本人は訳がわからないといった表情をしていた。

「あー……なんだその、お前が俺の班に加わりたいっていうなら一応入れないこともないらしい」

「え?」

「だからっ、お前が入りたいっていうなら俺のグループに入れるって言ったんだよ!!」

 半ば自棄糞になって大声になる。

 だがそれを聞いてやっと理解したのか目を白黒させる。

「じゃあ貴方と一緒の班に入ってもいいの?」

「そう言ってる」

「そっか。そう、なんだ……」

 噛みしめるように自分に言い聞かせる。

 その時の神楽宮の表情を俺は忘れることはないだろう。なんたって喜びが隠しきれないという顔をしていたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の日常は障害に溢れていますがなにか? 黒河桔梗 @1kikyou3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ