俺の日常は障害に溢れていますがなにか?

黒河桔梗

第1話 第一印象って大事

『初対面』

 誰でもいいこの言葉の意味を教えてはくれないだろうか?

 俺が間違っていなければ確かそれまで会ったことのない人と顔を合わせること、だった気がするのだがこれは間違いだろうか。

「さぁ私の下僕になりなさい二日流にひながれ!!」

 仁王立ちで行く手を阻む彼女を見て俺は平和な日常を壊す悪魔が現れたと思った。

 うえぇー……嫌だよー、なんで会っていきなりの女の子に下僕宣言されなきゃならないんだ。

 これは新手のイジメですか?そうなんですか?出来たらお断りできたらいいなぁーなんて思ってないんだからねっ!

 というよりおそらく世間一般的に美人に部類されるであろう彼女――神楽宮蘭華かぐらみやらんかその人にしがない凡人である俺、二日流が呼び止められること自体あり得ないんだけど。

「俺、神楽宮さんになんかしましたかね?」

 恨まれるようなことした覚えがないのですが、あっ、もしかして今こうして神楽宮と会話している事が何よりもやってはいけないことなんじゃ……ドロンさせてください。

 校舎のまして廊下のど真ん中で高々と告げた彼女の宣言が他の生徒に聞こえないわけがない。

 おかげで廊下の端々でひそひそ、こそこそ内緒話する連中があとを絶えない。

「やだなぁめんどくさい……」

「ちょっと今なんて言ったのかしら?!」

 神楽宮は綺麗な金髪のツインテールを揺らしながら俺にじわじわと近づいてくる。

 あれ、え?俺なんか言った?いやめんどくさいとは思ったけど口には出してないよな?あれ違う?

「私と話すのがそんなに嫌だっていうの?」

「あ、いやっ、嫌ではないけどこの話してる時間が勿体無いとは思ってる」

「ッこの!」

 すいません悪いとは思っても根が正直なもので。

 美人が怒ると怖いってホントな、今知った。

 もしここが学校なんて場所じゃなくて公衆の面前にも晒されていなければ日本の男子学生なら皆きゃっきゃウフフとこの状況を楽しんだことだろう。

 だがしかし俺は嘘が苦手だ。

 正義感とかそういう気持ちがあるからじゃなく、ただ嘘を吐いた所で俺にプラスになることはないからってだけだ。

 可愛い女の子にちやほやされたいとか思うだけ無駄だ。俺なんかに興味を持つ女子がいるとは思えないしそんな淡い幻想を抱くなら現実を見た上で俺はゲームにのめり込む。

 ああ、ゲームは裏切らないぞ。現実の女子を相手するとやれ隣のクラスのA君は格好良いのになんでうちのクラスにはもっさい男子しかいないんだ、とかそういう話ばっかりだ。

 恋愛に飢えた女性程恐ろしいものはないね。

「だから神楽宮さんには悪いが俺はアンタと話すよりもゲームを取る!!」

「は……?なんですってぇっっ!?」

 え、なんで怒ってるんだ?俺は素直に答えただけなのに。

 素直に彼女にごめんなさいと断りの返事をしただけなのに何故こんなにも泣きそうになっているのか。

 顔を真っ赤にさせて、目元に涙を浮かべているように見えたのは気のせいか。

 気のせいじゃない、そう、気のせいじゃないからこそ騒ぎは更に周囲へ広がっていく――俺の意思と反して。

 廊下の騒ぎを聞きつけた周辺のクラスにも届いたのかあちこちから数名の生徒が顔を覗かせて何事かとこちらを伺う。

 ああ、めんどくさい。俺は悪目立ちしたくない、騒ぎの中心になりたくないだけなのに。

 そんな気持ちをカケラも汲んでくれない野次馬の見世物になるくらいなら俺は一人電子の彼方に飛んで可愛い女の子ときゃっきゃウフフしていたい。

「私が、どんな気持ちで……ッ」

 気持ちとか言われましても。

「俺は静かに過ごしたいだけなんで」

 静かにゲームに打ち込める時間、ああなんて至福の時。

 神楽宮には悪いが俺の僅かな楽しみを奪うことはできない、というかさせん。

 つまりこれから俺はこの場から退散して自宅の自室のベッドへダイブして画面の向こうの夢の国で現実の穢れを癒す。

「……そう、貴方がそう言うのなら私にも考えがあるわ」

「えっと……」

 謂わば最後の手段、言い換えれば禁じ手と呼べるものを少女は迷わず披露しようとしていた。

 周囲の面々もそれを感じ取ってかじっと神楽宮蘭華の言葉を待つ。

 当然俺も同じく彼女の返事を待つことになり。

「私とパートナーを組みなさい」

「え、嫌だけど」

「ちょっと!散々断っておいてここでも断るっていうの!?貴方いい加減にその強情な態度を改めればッ?」

「なら上から物言うのやめろよそしたら話は聞いてやるから」

 周りからチクチク刺さる視線やら神楽宮に同情の声に気が滅入る。

 俺はただ帰ってゲームしたいだけなのに。

 というかこの子の相手面倒になってきた、この状況から解放してくれるならもうなんでもいいや。

 ピクッと神楽宮が反応を示す。

 残り僅かな希望でも見つけたか突破口を見出したのか彼女は体を震えさせたかと思うとがばっと俺の手を握り歩き出した。

「話を聞き入れてくれるなら十分よ絶対逃がさないから覚悟しなさい!」

 あれぇ?これなんか選択肢をミスったかもしれない。

 これ一回セーブポイントに戻ってやり直すことってできない?というか戻りたい。

「やっぱり今のなしにしていい?」

「却下よ自分の言ったことには責任を持つのは当然のことでしょ?」

「ごもっともで」

 半ば強引に押し切られ俺は引き摺られる形で廊下という舞台から退場することになった。

 この時の自分の姿が周りの生徒からシュールに映っていただろうことは触れないよう胸の奥に閉まっておこうと思います。

 というかこの際誰でもいいから俺をこの下僕ちゃんから助けてくださいお願いします三〇〇円あげるからさ本当に。

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