氷の魔女、世界を救う
最終話 夜空に向かって「さよなら」を
「……間に合った」
スリサズのつぶやきは、高い山ゆえまだ残る雪に吸い込まれて消えた。
夜の闇に揺れるランタン。
そびえる岩壁に設置された扉の鍵穴に、やっと見つけた鍵を差し込む。
その途端、岩壁にかかっていた幻術が解けた。
「わお」
雪のこびりついた岩壁に見えていたものは、巨大な水晶の塔に姿を変えた。
扉が開く。
中に入る。
塔の中には階段はなく、そもそも上の階がなかった。
ただの筒のような内部は、上へ行くほど広がっており、天井は水晶のレンズになっていた。
このレンズを作ったのは、スリサズの亡父、ソーンだ。
ソーンは“神の姿が見えるレンズ”すら作れるほどの偉大な魔法使いだった。
スリサズは床に目を戻し、中央の、玉座めいた装飾のされた椅子に腰を下ろした。
クッションはやわらかく、余計な緊張が抜けていく気がした。
深呼吸して、天井のレンズ越しに闇を見ながら、玉座のひじかけにつけられた宝珠をなでる。
手の動きに合わせて塔が傾いて、レンズの先に、白く輝く彗星をとらえた。
遠目には美しい光。
その正体は、汚れた雪玉とも呼ばれる、岩と氷の塊。
「えいやーっ!!」
気合一声、スリサズは全身の魔力を解き放った。
形にならない氷のエネルギーは、水晶の壁に跳ね返って増幅し、天井のレンズを通じて彗星へと飛んでいく。
氷の魔力が彗星を包み、彗星の氷と共鳴する。
「さよなら」
彗星はひときわ激しく輝くと、進路をほんの少しだけずらした。
これでこの世界に衝突する恐れは……彗星の周期である七十年後まではない。
宇宙の中ではちっぽけな彗星が相手でも、もっとちっぽけな人間にできるのはこの程度でしかない。
魔力を使い果たして、スリサズはクッションに深く沈みこみ、これからの予定に想いを馳せた。
今までの旅は、父との思い出を巡るものだった。
この時期までにここに来なければいけないから、あまり遠くへは行けなかったけれど、これからは別の大陸も旅してみたい。
(でもその前にちょっとだけロゼルに会っておいてあげようかな)
外に出て扉に鍵をかけると、幻術が自動で発動して塔を隠した。
何事もなかったような岩山の景色から、何事もなかったように彗星は離れていった。
氷の魔女スリサズの冒険(短編集) ヤミヲミルメ @yamiwomirume
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