第5話 金貨の在り方

 ウォロフスのローブを探っても、父の鍵は見つからなかった。

 スリサズが青ざめていると、洞窟の中からロゼルともう一人、アレッサのいとこの青年が走り出てきた。


「ロゼル!? 何であんたがこの洞窟に!?」

「それどころじゃない!」

 赤毛の剣士が珍しく早口で怒鳴った。


「怪我はないか!?」

「……ないわ。何でよ?」

「・・・君に宝を持っていかれると思った発掘者組合が、洞窟の中で暴れている」

「あー」

「・・・あちこちで崩落が起きているし、組合同士の乱闘も発生している」


 ロゼルの隣で、アレッサのいとこもこくこくとうなずいている。


「・・・今のところ死傷者は出ていないが、時間の問題だ」

「人がせっかく世界を救おうとしてるってゆーのに」

「・・・あの彗星か」

「パパの鍵がないと止められないのよ」

 歯噛みする。


「・・・これか?」

 ロゼルはポケットから、きれいにラッピングされた小箱を取り出した。

「・・・こないだここに来た時に見つけた・・・誕生日に渡そうと思っていた」


「ちょっと待って。いろいろ訊きたいんだけど。

 こないだ来たとか、そもそも今さっきそこから出てきたりとか」


 悪の魔道師ウォロフスは、スリサズの父親を含む多くの人を殺して宝を奪った。

 ロゼルは女騎士ミネルヴァの一団に加わり、ウォロフスを倒した。

 その戦いに置いてけぼりにされたことで、スリサズはロゼルを恨んでいた。


「ミネルヴァさんは、ウォロフスを仕留めたのはあんたの剣だって……」


 ウォロフスは死の間際に、自分が隠れた洞窟に呪いをかけた。

 その呪いのせいで、ウォロフスの死に関った者は洞窟に入れないはずだ。


「・・・剣だけ持っていかれた・・・俺自体は置いてけぼり・・・手を汚させたくなかったとか何とか・・・」

「待って。なんか、聞き覚えのある台詞が出たんだけど? それってあんたがあたしを置いてけぼりにした後で言ったやつじゃないの?」

「・・・ミネルヴァさんが俺に向かってそう言った・・・俺はちゃんと言おうとした・・・君が話の途中で怒り出して最後まで聴かなかった」

「うああ……」

 スリサズはがっくりとうなだれた。


 その横で所在なさげにしていたアレッサが、ふと思いついて、いとこにつるはしを差し出した。

「アントニオもやる?」

「やめとくよ。それをやると洞窟の中のお宝を手に入れられなくなるらしいから」

 いとこの答えにスリサズが「あああああ!?」と地団太を踏んだ。





 洞窟の中では欲と怒りと疑心暗鬼がごちゃ混ぜになっていた。

 逃げろとの叫びに、宝を独り占めなんかさせないとの答え。

 進めの怒号に、危ないの悲鳴。

 出口への道を伝える声に、騙されないぞと叫ぶ声。


 左の通路の受付け嬢は、すっかり顔なじみになった右の通路の見張りの男が洞窟に入ったまま戻らないのを心配して自分も入ってきた。

 けれどその人物は見つけられず、他の男達の罵声に脅えてさ迷ううちに、出口も見失ってしまった。

(ううっ……ぐすっ……どうしたらいいの……?)

 天井からは小石がひっきりなしに降り、いつ崩れてもおかしくない。


 ランタンが照らす、他に誰も居ない道で、何かが光った。

(金貨……?)

 通路の真ん中に一枚だけポツンと落ちている。

 それを拾うと、その先にもう一枚、落ちているのが見えた。


 また拾う。

 金貨は点々と続いている。

 ちょうどパンくずをついばむ小鳥のように、彼女が金貨をたどっていくと、ほどなくして外の光が見えてきた。


 彼女が洞窟の出口に着くと、顔なじみの見張りが駆け寄ってきた。

 どちらの組合の人も金貨に誘導されて脱出していて、全員無事。

 それを知らされた直後、轟音が響き渡り、ウォロフスの洞窟は崩れ去った。



 夕日の最後の輝きの中、彼女が手に入れた金貨を眺めると、それは見る見るうちにただの鉄くずに変わっていった。

 周囲では誰もが同じ嘆きを上げていた。

 これらの金貨はウォロフスが錬金術で作り出したものだったのだ。


「これがウォロフスの研究の成果……?」

 そもそも彼女が発掘者組合に加盟したのは、ウォロフスの宝というよりも、ウォロフス本人に興味があったからだった。

 悪名高き魔道師も、直接の被害にあったわけでない者からすれば、ある種のロマンすら感じる伝説となる。


「意外と小物だったのね」

 彼女は小さくため息をついた。





 ロゼルとアントニオは、洞窟の外から回って、スリサズ達が居た場所へ戻った。

「・・・スリサズは?」

「もう行っちゃったよ」

 そこにはアレッサしか居なかった。


 アントニオが、祖父が亡くなったとの報せが来たとアレッサに告げた。

 寿命だった。

 そろそろだなと、親戚一同、覚悟していた。

「おまえが危ない目に遭っていないか最期まで気にしてたらしい。あんな話、するんじゃなかったって」

「やっぱそうだよね。そうじゃなかったら家出しろって、スリサズさんに言われたよ」


 ロゼルは静かに星を見ていた。

 目に映るどんな星々よりも小さいはずの彗星は、ただ近くにあるというだけで、どんな星より大きく見えた。

 それがもうすぐ落ちてくる。

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