第4話 望むモノをその手で

 岩壁を氷の槍で砕き、落盤が起きそうになれば氷のシールドで固めて止めて、乱暴なやり方でガンガン進んでいく。

「本当に大丈夫なんですか?」

「ダメに決まってるでしょ。彗星が落ちてくるまで時間がないからムチャしてるだけよ」

 これでいいのならば発掘者組合の連中がとっくにこれをやっている。

 振り向きもせず答えるスリサズに、アレッサが半泣きの悲鳴を上げるが……

「後ろのほうの氷はもう解け始めてるから、あたしから離れると危険よ」

 そう言われては従うしかなかった。


 やがて……おそらく本来は複雑な仕掛けで開くようになっていたのであろう、岩壁に偽装された扉の向こうに、秘密の通路が現れた。

 通路は罠だらけだったけれど、落とし穴の床は凍らせて開かなくさせ、壁から飛び出す矢も凍らせて停止させ、何だか良くわからない魔力の装置も氷づけにして作動できなくさせる。

 その先では、通路が広くなって部屋のようになっており、これ見よがしな宝箱がドーンと置いてあった。


「もし罠が動いたら勝手に逃げなさいね」

 言うやいなや、宝箱の下の地面からランスよりも太い氷の槍をズーンと伸ばして、宝箱を突き上げる。 

 宝箱の底に穴が開いて、金貨がザザーッとこぼれ落ちた。

 ウォロフスが各地で奪ったてきた、研究の資金だ。


 アレッサが歓声を上げる。

 けれどスリサズは無関心に金貨の山を掻き分ける。

「……ないわ」

「何がですか?」

「鍵よ。パパの形見の」


 スリサズ達が暮らすこの世界の空に、巨大な彗星が迫っている。

 こんな洞窟の奥に居たのでは見えないし、地上の人々も最初こそ怖がっていても何ヶ月も見続けているうちにすっかり慣れて、それが少しずつ大きくなって……近づいてきていることに、気づかないフリを続けている。

 その彗星の衝突を阻止するために、父の鍵が必要なのだ。


「ウォロフスの遺体もない……」

 スリサズは洞窟をさらに奥へと進んでいく。


 アレッサは金貨とスリサズを見比べた。

(……ボクはつるはしを運ぶ以外に何もしていないし、そのつるはしを使ってもいない)

 金貨に気を取られていつの間にか放り出していたつるはしを拾い上げ、アレッサはスリサズを追いかけた。




 洞窟は外に通じていた。

 まばゆい西日に負けじとばかりに、帳の下り来る東の空では、彗星が白く輝いていた。


 辺りは岩に囲まれていて……

 人目につかないどころか獣すら近づけなかったのだろう……

 白骨死体が、死後に荒らされた様子もなく横たわっていた。


「これが……ウォロフス……?」

「でしょうね。ミネルヴァさんに聴いていたローブの文様と同じだわ」


 女騎士ミネルヴァとその仲間達は、ウォロフスの呪いが発動したことで、ウォロフスの死を確認した。

 だからウォロフスが死んでいるのは間違いないし、偽の死体を用意する理由もない。


 スリサズが手を伸ばした。

「つるはしを」

 アレッサから受け取る。

「ありがと」

 礼を言われてアレッサは目を丸くした。



 スリサズはつるはしを途中まで振り上げたところで動きを止めた。

(重いからかな?)

 そう思ってアレッサが見ていると……


「アンタも」

「へ?」

「手を添えて」

「は、はいっ」

 言われるままにする。


「これをやると洞窟に入れなくなるから、帰りはちょっと遠回りすることになるわよ」

「はい!!」

 二人はウォロフスの屍の、心臓の辺りにつるはしを振り下ろした。


 ウォロフスは、スリサズの父の仇は、アレッサの祖父の恨みの相手は、とっくの昔に死んでいる。

 だからこんなのは……

「意味のない儀式なんだけれどね」

「これでじーちゃんに、ウォロフスの心臓を貫いてきたって言ってあげられます」


 最初から死んでいたのは内緒で。

 もともとアレッサは、ウォロフスが見つからなくても祖父にはそう言うつもりだった。

 夕暮れに気温の下がった風が、髪を乱せど心地良かった。


「まさかじーちゃんにウソを吐かないで済むなんて思ってなかったです」

 アレッサがつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る