第6話(終)「対決~支配者」

これまで数ヶ月に及ぶストーカー行為を遂行してくれたことに大いに感謝する。

   貴女のおかげで私は多くの利益を被ることが出来た。

   エージェントとして貴女は最大限の仕事をしてくれたと思っている。


 ストーカーからの連絡が途絶えてから約二週間、ついに依頼者から連絡が来た。

 大学から返ってきた私は、あまりに唐突な出来事に慌てふためいた。

 それはいつものような電子メールではなく、直接私の家のポストに投函されていた。最初に依頼者が私にコンタクトを取ってきた時のように。ただ、そこに紙幣は入っていなかった。直筆の便箋が一枚、寂しそうに封筒の中で蹲っていた。

 始まりの文章は非常に挑発的な文章だった。私を下に見ている。支配者の悦びに浸っているつもりなのだろうか。苛立ちが募る。しかし文章の続きを読むにつれて、私の心は段々と揺さぶられる。


   甚だ勝手ではあるが、私の彼女への想いは臨界点に達した。

   私の想いを私の中だけでは処理をすることが出来ない。

   よって、彼女を私のものにすることを決定した。

   私の手で彼女を、橋本めぐみを殺し、自分も死ぬことによって、

   遠い遠い国で、私たちは結ばれるのだ。

   

 一読しただけでは、文章の意味しているところが理解出来なかった。

 いや、理解したくなかった。

 脳が、理解するということを拒否した。している。

 しかし、私の理解とは関係なく、文章は淡々と続く。


   そこで、貴女への最後の頼みがある。

   私がめぐみと共に遠くへ旅立つ瞬間に、誰にも邪魔が入らないように見張っていて欲しい。

   場所は学校近くの公園。日時は本日深夜十二時。

   人気はないのは貴女にもわかるとは思うが、念には念をいれたい。

   報酬は一千万円。

   めぐみを殺した後、貴女には現金が入っているコインロッカーの鍵を渡す。

   そして、私が死んだのを確かめた後、その鍵を使って報酬を回収してもらいたい。

   これが最後の願いだ。

   最後の私のわがままを聞いてほしい。

   

 文章はそう締めくくられていた。

この文章から浮かび上がってきたのは、依頼者が抱く独占欲だ。

 「いい気になるなよ」というメモが本音だとしたら、ここまで謙遜し、私を立てている

ように見える文章も、依頼者がめぐみを独占したいという欲望の裏返しだ。依頼者は、私

にめぐみを殺すところを見せ付けたいのだ。依頼者は、支配者は自らの片想いにそうして

終止符を打つつもりなのだ。

 めぐみは俺のものだ。

 決してお前のものではない。

 そのようなことを私の心に焼き付けたいのだろう。

 そんなメッセージが私の嫉妬を掻き立てる。

 どこまで、この依頼者は利己的なのだろうか。私が特殊と思っていた自分の欲望も霞ん

で見えるほどだ。

 しかし、その嫉妬をぐっと抑えたのは、報酬の金額だ。

 一千万円という金額が私の嫉妬を打ち消しかける。

 一千万円なんて、そんな大金を掴むことなんてそうは出来ない。

 しかも、私は何もしなくていいのだ。

 ただ、遠くから観ているだけ。

 蚊帳の外にいるだけで、大金が転がり込んでくる。

 それだけ見れば、非常に割のいい仕事だ。

 しかし、しかし。

 

          *


 もうすぐ、彼女が自分のものになる。

 彼女のすべてを手に入れたい。

 彼女のすべてを私のものにしたい。

 もう、誰にも渡さない。


          *


 夜風が私の身体を刺す。

 寒いというわけではない。私の心が敏感になりすぎているだけだ。

 この数ヶ月で私は変わってしまったと自分でも思う。

 こんなに感受性が強まった時期はなかった。思春期よりも私の心のアップダウンは激し

い。喜びは誇張され、悲しみは増幅され、怒りは倍増される。人の心は平和状態にあるよ

りも、恐慌状態にある時の方が「豊か」になるのかもしれない。それならば、読書によっ

て自分をある種異空間に、「恐慌状態」に置くことによって心が敏感になるということはあ

るのかもしれない。どっちにしろ、平和な状態ではない。

 星は私のそんな刺激に晒された心を無情にも照らす。やはり晒すように、照らす。

 夜闇は対照的に私に優しく接してくる。その優しさは、私を漆黒へ誘うものだ。このい

ざないに屈したら、もう二度と帰ってこられない気がしてならない。必死に自分を保ち、

夜の執着を拭い去る。

 夜の公園はやはり人気がない。

 公園は広く、障害物もあまりなく見通しがいい。

 昼の活気はそこにはなく、遊具は眠りにつき、砂は静か横たわる。

 風だけがわずかに声をあげながら公園を撫で、流れていく。

 私は公園の隅に静かに立っていた。

 ここまで本当に私の意志で歩いてきたのだろうか。記憶が曖昧だ。誰かに操られてここ

まで来たのではないだろうか。そんな責任転嫁を私は意識的に行う。私のせいじゃない。

私の責任ではない。私の意志ではない。これは、私ではない。

 しかし、私は公園の隅にこうして立っている。それは紛れもない事実だ。今から帰宅す

る以外にはこの事実を変えることは出来ない。

 しかし、私の足は動こうとしない。

 ぴくりとも動かない。

 視線を外灯の横に佇む時計に移す。

 十一時五五分。

 あと、五分。

 五分後の世界は一体どうなっているのだろうか。

 私には、全く予想がつかない。

 私がどういう行動を取るのか。

 全く、予想することが出来ない。

 自分のことなのに。自分の内部のことなのに。

 自分のことは、自分ではわからないのだろうか。

 がしゃん、と分針が動く。

 十一時五六分。

 そこで、人影が動いた。

 てくてくと影が公園に入ってくる。

 どこまでも無防備で、どこまでも無垢な一つの影。

 小さな小さな、影。

 彼女はどうやってこの場所まで誘われたのだろうか。

 支配者はどうやって彼女にコンタクトを取ったのだろうか。

 彼女は、今どんな気持ちなのだろうか。

 不安なのだろうか、期待なのだろうか。

 めぐみは感情をすぐ表に出す人間だ。笑い時に笑い、泣く特に泣き、怒る時に怒る。

 私はそれが羨ましかった。そうやって自分に素直になれるめぐみが羨ましかった。

 あるいは、憧れだったのかもしれない。

 一緒に家にいるときも、表情は常に忙しく動き回り、心の機微を表現した。

 私には、出来ない。

 めぐみのように、私はなりたいのかもしれない。ここ数日で強くそう思うようになった。

 めぐみ。

 めぐみ。

 私は、その名前を叫びたかった。

 しかし、私の口はその唇を離そうとはしない。

 がしゃん。 

 一一時五七分。

 めぐみは外灯の下にある木のベンチに腰を下ろした。

 ポケットから携帯を取り出し、操作する。誰と連絡を取っているのだろうか。

 なぜ、私に連絡しないのだろうか。こんな夜中に出歩くのに、なぜ私の警護に頼らない?

めぐみを守るのは自分だけなのに。

めぐみを守ることが出来るのは、自分しかいないのに。

めぐみ。

こっちを向いて。

がしゃん。

一一時五八分。

めぐみ。

めぐみ。

ごめん。

ごめんなさい。

めぐみ。

めぐみ。

もうさよならなのかな。

どうやったって、もう今までの関係に戻ることは出来ない。

めぐみ。

がしゃん。

一一時五九分。

また一つ、影が動いた。

大きい影がゆらりと動く。

そして、ゆったりとめぐみに近づいていく。

めぐみは影の接近に気が付かない。

めぐみ。

めぐみ、顔をあげて。

影は足を止めない。

めぐみは、初めて携帯電話から視線を離し、顔をあげた。

外灯に照らされためぐみの顔は、きょとんとしていて、自分の置かれた状況が理解でき

ていない様だった。

 めぐみは、ベンチに座ったままで影の接近をただ見つめている。

 影は、ゆっくりではあるが確実にめぐみに近づいていく。

 めぐみ。

 危ない、めぐみ。

 影は、以前と同じように黒いコートを着用していた。

 袖の先には、きらりと光る物体が見える。

 自らの反社会性を訴えるかのように、外灯の光を鋭く跳ね返す。

 めぐみも、その物体の存在に気が付いたらしい。

 大きい目がさらに大きく見開かれた。

 男は、その物体を袖から出し、めぐみの前にその姿を晒す。

 めぐみは、悲鳴すらあげない。

 逃げて。めぐみ。

 駄目。そこにいては、駄目。

 私は、声を上げることが出来ない。

 この期に及んで、私の頭の中に大金の姿がちらつく。

 ここで男を止めるという事は、私が持っているもの全てを失うということだ。

 資産、信頼、友情、また、愛情。

 それら全てを差し出す勇気が湧いてこない。

 全てを公にする決意が、出来ない。

 あぁ、めぐみ。

 私は、何を糧に行動すればいいのだろうか。

 何を、私は選べばいいのか。

 私は。

 めぐみ。

 私は。

 男が動く。

 腕を振り上げる。

 さらに物体はきらめきを増す。

 その姿をめぐみはめずらしいものを観る目で眺めていた。

 まるで、映画館の観客のように。他人ごとのように。自分のことではないように。

 めぐみ。

 めぐみ。

 がしゃん。

 十二時。

 男はさらに腕を上げる。

 めぐみは頭をかかえた。

 そして、つんざくような声で叫んだ。

 

「先輩助けて!」


 ばちん、と何かに弾かれるように私の身体は動いていた。

「やめなさい!」

 自然に、私の口から叫び声は飛び出す。

 私は二人の元へ走った。

 男は、私の叫び声にたじろぎ、腕を降ろし、こちらを向いた。

 どうする。叫んだはいいが、どうしたらいい。

 私は無我夢中にめぐみの元へ駆け寄った。

「先輩!」

 涙をいっぱいにためためぐみも、私の元へと走ってくる。

 眼を閉じて、一心不乱に、めぐみは走る。

 私とめぐみとの距離がゼロになり、私たちはきつく抱き合った。

「先輩…」

 めぐみの細いながらも柔らかい手が私の心を包む。

「もう安心だからね…ごめんね、ごめんね」

 私はめぐみの頭を必死で撫でた。私の頬にも、いつの間にか涙が河を作っていた。

 ごめんね、と私はめぐみに謝り続けた。


          *


「こんなことをして許されると思っているのか」

 男は言った。

 決然とした声が夜の公園に響く。

 それは、聞き覚えのある声だった。

「俺はこのストーカー行為を全て世に公表する。お前へのストーカー依頼のメールも、お前がやってきたストーカー行為を証明する物品も残っている。これを持って警察にいったらどうなる? 俺だけじゃない。ストーカーの実行犯のお前だって終わりだ。それでもいいのか?」

 私は、男を見る。

 男の声を、聴く。

 私は、今起こっていることが信じられない。

「あなた…」

「お前は隅っこで大人しくしていればよかったんだ。それだけで大金が手に入るし、もうストーカー行為をしなくて済むんじゃないか。なのに、どうして出てきたりするんだ」

「やめて」

「先輩は、やっぱり優しすぎますよ」

「やめて!」

 男は、フードを取った。

 男は、由伸は笑顔でそこに立っていた。

「由伸…」

 めぐみも自分の見ている風景が本物のものだとは思えないらしい。

「なんで、あなたが、こんなことを」

 私は、かろうじて声を出す。

 どうして。なんで。

「なんでだと思います? 頭がいい先輩ならわかるんじゃないですか?」

「ストーカーの考えてることなんてわかりたくもない。なんで、めぐみが好きなら普通にアプローチすればいいじゃない。私たちは同じサークルの仲間でしょう? なんで、こんな間違ったやり方を…」

「俺がめぐみのことが好き? いつ俺がそんなこと言いました?」

 私は言葉に詰まった。

 どういうことだろう。めぐみが好きでもないのに、なぜ、めぐみのストーカーをするのだろうか。わからない。

「先輩って頭いいけど、結構鈍いんですね」

 由伸は、笑う。いつもと同じ、快活な笑顔で。

「まぁ、そういう先輩の鈍いところに惚れたんですけど」

 私は、言葉を失った。

「あなたが、私を?」

「そうっすよ。俺は、ずっと先輩のことが好きだった」

「なら、なおさらどうしてこんなことをするのよ。なんでめぐみのストーカー行為なんて」

「先輩には支配者の心境なんてわからないんですかね」

 由伸は笑う。

「自分の好きな人を支配するのがどれだけ気持ちいいか先輩にはわかりませんか? もう俺には先輩が高嶺の花だってことはわかってた。俺のものに出来るはずがない。先輩はモテるし、大体男にあんまり興味なさそうですからね。だから、俺は違った形で先輩を俺のものにしようとしたんですよ。他人を自分のものにするには、恋愛が唯一の手段じゃない」

「だから、こんなまねを…」

「楽しかったですよ、この数ヶ月。俺の指示通りに先輩はなんだってした。仲のいい後輩のストーカーを喜んで買ってでた。報酬を増やしたら写真まで撮ってきてくれる。盗聴器の場所だって直してくれる。挙句の果てには、俺が後ろで脅かしたら、めぐみを馬鹿みたいに守り始めた。こんなおもしろいことはなかった。俺は思いましたよ。あぁ、先輩が俺のものになった、ってね」

 私は、何も言えなかった。

 それは、真実に触れたことへの驚きだけではない。

 私は、由伸と同じなのだ。

「それで、めぐみと一緒に死ぬところを先輩に見せつければ、一生先輩の心に俺の姿を刻み込むことが出来る。最高だ。人は忘れられた時が本当に死ぬ時だってよく言うでしょう?  

俺は先輩に忘れて欲しくなかった。先輩の心の中でずっと生き続けたかった。だから、めぐみを殺そうとしたんですよ。どうです? 納得していただけました?」

「そんなこと、許されると思ってるの?」

「思ってないから楽しいんでしょう。その背徳感がたまんないんですよ。ほんと」

 げらげら、と由伸は笑う。

 由伸が笑っているはずなのに。

 その由伸の顔が、なぜか私の顔に見えた。

 私が、げらげらと笑っている。

 なぜ、私が笑っているのだろうか。

「あなたは、どうするつもりなの」

 私は、必死に由伸を睨む。

「どうしましょうか。もちろん、三人とも死ぬっていう選択肢もありますよ」

 めぐみがより強く私の身体を抱きしめる。

「そんなことはさせない」

「やっぱ先輩怒らせると怖いっすね」

 由伸はやはり笑う。

「もういいっすよ。何もかもバラしちゃったし。俺には、先輩を殺すことは出来ない」

 由伸は、そう言ってナイフを地面にかたりと落とした。

「先輩がやってきたことを今更バラすみたいな野暮なことはしませんよ。安心してください。写真も焼くし、メールも消します。俺も、一応捕まりたくないっすからね。だから、先輩もこの話はシークレットってことで」

 由伸は、そう言って私たちに背中を向け、歩き出した。

 数歩いったところで、立ち止まり、顔を少しこちらに向けた。

「人を愛するのって怖いっすね。ほんと、怖いっす」

 そう言い残し、由伸は走り去った。

 影はあっという間に小さくなる。

あっけない幕切れだった。

 何か腑抜けたよな、終わり方だ。

 私は、影が消えた方向をしばらく眺めていた。

 それは、私と私の別れでもあるような気がした。

 めぐみは、上目づかいで私を見る。

 大きい瞳が、私の心をわしづかみにする。

「めぐみ、ごめんね。本当にごめん」

 私は謝ることしか出来なかった。めぐみの身体を抱きしめて、ひたすらに謝った。

「ごめん、ごめん、ごめん…」

「先輩…」

 めぐみは、私の首に腕を回した。

「もういいんです。もう、いいんです」

 そういって、私の頭を撫でた。

 今までとは違った悦楽が私の身体を包んだ。

「あたしには、あたしを守ってくれる先輩しかいないんです。それだけで十分です」

 そう言って、私の頭をやさしく包み込む。

「あたしには、先輩がいてくれればなんにもいりません」

「めぐみ」

 私も、めぐみの身体をしっかりと抱きしめる。

 もう、絶対に離したくない。

 めぐみは、私だけのものなのだ。

 めぐみは、私が守る。私だけが守る。

 私以外の手になんて触れさせない。

 めぐみのすべてを手に入れたい。

 めぐみのすべてを私のものにしたい。

 もう、誰にも渡さない。

「先輩、あたしは先輩のものです」

 めぐみは、ゆっくりと眼をつむった。

 聖女のように、穏やかで、優しい顔。

「めぐみ」

 愛してる。

 私の、支配者の片想いの成就。

 私たちは、静かに脣を合わせた。





          *





 夜風が気持ちいい。

 やはり、一仕事終わった後の夜ってのは気分がいいものだ。

 解放感が体を包み、何とも言えない充足感が広がる。

 さっき買った缶コーヒーを飲みながら、自分の功績を思い出す。

 この数ヶ月、信じられないほどの激務に襲われた。

 もちろん、見合った報酬をもらっているので文句は言わないが、あまりこういった仕事は経験できない。

 人にストーカーを代理させるなんて、誰が考え付くだろう。

 最初その話を聞いた時は驚いた。

 しかも、予想もしていなかった相手からの依頼だ。

 そして、その本当の目的を聞かされた時は、言葉を失った。

 この世には、こんな恐ろしい人間が存在するのか。

 それも、こんな近くに。

 今まで、そんなそぶりは一切見せなかったのに。

「お待たせ」

 可憐な声が夜の街に響く。

「由信くん、最後のアドリブ、あれなぁに? ダサかったよ」

「俺の素直な感想だよ。人を愛するのって怖いなぁって」

「全部台本通りにやってもらわないと困るよ。これでも、セリフにはちゃんと効果が籠められてるんだからさ」

 ふん、と鼻をならし、俺を見下す。

「じゃ、今回で仕事は終わりね。契約終了。これが報酬」

 彼女は、分厚い封筒を俺に差しだす。中身を確認すると、帯で結ばれた札束が入っていた

「この数ヶ月で相当金使ったんじゃねぇの? すげーバイトしてるのは知ってたけど、かなりきついんじゃね?」

「おかげでこつこつ貯めた貯金もすっからかん。でもいいんだ。これからは先輩に倍にして返してもらうからさ」

 彼女は、めぐみは笑った。 

「しかし、なんでこんなめんどくさいことするかね。先輩にお前のストーカーさせるなんて」

「そりゃあ今回は同性ってこともあるしさ、なかなか普通に告白してもフラれるのが関の山じゃない? 外から攻めても仕方ないし、先輩の中から攻めることにしたの。でも、全部流れを構成するのは大変だったなぁ。メールの文面も考えなきゃいけないし、由伸くんに尾行させるタイミングとか、泣きつくタイミングとか計るのは神経使ったよー。一歩間違えれば先輩のストーカー熱も冷めちゃうしね」

 めぐみは、あくまで笑っている。あくまで、悪魔のように。そして、

「もう、私と先輩はサークルには顔を出さないし、由伸くんともヒロユキ先輩とも連絡は取らない。先輩には私から辞めるってことは言っておくから。由伸くんも、私に連絡してこないでね」

 と、当たり前のように俺に告げる。

 俺は、めぐみにいつからただの手駒として認識されていたのだろう。いつから、俺はめぐみが先輩を落とすための兵隊として扱われていたのだろう。もしかしたら、俺がこの仕事を引き受ける前から、計画ははじまっていたのかもしれない。

「それと、このことを口外するようなことがあったら、わかってるよね?」

 めぐみは、俺に優しく微笑みかける。

 どこまでも、無垢な笑顔。

 どこまでも、素直な笑顔。

「私の全てをかけて由伸くんを潰すから」

 めぐみは、笑ったまま、言う。

「お前もさ、一応俺とかヒロユキ先輩とかと仲良くしてきたわけじゃん。そういう関係を一気に絶つことに対して、なんか躊躇とかねぇの?」

「ない」

 即答だった。

「ないよ」

「そうか。わかった」

こいつは、もうだめだ。

いや、違う。

ずっと、だめだったんだ。

「とにかく、無事に結ばれてよかったな。おめでとう」

 めぐみはその可憐な笑顔のまま、ありがとう、と言う。

「先輩はもう私抜きには生きることは出来ない。私を支配することで自己陶酔している。私を独占して、私を庇護することに存在意義を感じている。あーゆー空っぽの人ってちょっと生きてる目的みたいなものを加えてあげると、ころっと落ちちゃうんだよね」

 俺には、こいつの言っていることの意味がわからない。

 こいつは、本当に人間なのだろうか。

「先輩は、罪悪感によって狂い、支配欲によって蝕まれ、独占欲によって枯渇し、愛によって満たされ、私によって生かされる」

 めぐみは、笑う。

「先輩の全てを手に入れた」

 笑う。

「全てをあたしのものにした」

 笑う。

「もう、誰にも渡さない」

 笑う。

「先輩はもう、私のものですよ」

 めぐみは、笑う。

 めぐみのという支配者の、片想いの成就だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

支配者の片想い 神楽坂 @izumi_kagurazaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ