第4話
ググは『廃人使用』でユーを探した。二日後、ユーは『廃人使用』に書き込んできた。
罪人ユー「無言」
罪人ググ「ねえ、ユー。断罪機関マキナの審問官に会ったよ。それで、僕も死刑になるんだって」
罪人ユー「死刑?」
罪人ググ「そうなんだ。それで、いいにくいけど、やっぱり、ユーも死刑になるみたいだよ」
罪人ユー「無理」
罪人ググ「どうしてさ。マキナは、全人類をみんな、神に背いた罪で死刑にするつもりだよ。本気だ。逃げられない」
罪人ユー「ちがう」
罪人ググ「何がちがうんだい?」
罪人ユー「だって、それは主観だもの」
ああ、そうだ。ユーは客体をもっているんだ。
客体では、世界はいったいどうなっているのだろうか。
それとも、それは、ユーの主観だろうか。
ユーに、ユーの主観と客体の区別はついているだろうか。
罪人ググ「ちょっと待って。僕のところに死刑執行の通知書が届いた。やっぱり、僕は死ぬみたい」
罪人ユー「ちがう。それは主観」
罪人ググ「でも、本当なんだよ。うわあ、ネットのそこら中が、死刑執行のニュースばかりだ。マキナの人類の死刑執行が始まったんだ」
罪人ユー「面白いものの見方。そんな風に世界を見る人がいたのね」
罪人ググ「でも、ユー。このネットのニュースが本当なんだよ。現実なんだよ。これが実際に起きている事件なんだ。二億人が首吊りの刑になったらしいよ。あと、二億人は、飛び降り自殺の刑になったみたいだ」
罪人ユー「あはは」
罪人ググ「ユー、笑ったね。初めて笑った。でも、ここで笑うのは感心しないよ。大事件だよ」
罪人ユー「これから、ググはどんな夢を見るのかなあ」
罪人ググ「夢? これが夢だっていうのかい。だって、ユー、きみと通信ができているんだよ。そんな夢はありえない」
罪人ユー「うんうん」
罪人ググ「よく聞いてくれ、ユー」
罪人ユー「何?」
罪人ググ「大事な話なんだ」
罪人ユー「何?」
罪人ググ「馬鹿げた話に聞こえるかもしれないけど、僕はきみを守りたいんだ」
罪人ユー「あはは」
罪人ググ「僕はきみの命を助けたいんだよ。よく聞いてくれ」
罪人ユー「聞いてる」
罪人ググ「どうして、自殺未遂なんてしたんだ。なぜ、死にたくなったんだ」
罪人ユー「それは、世界が滅亡するから。責任を感じて」
罪人ググ「そうだ。きみが神から客体を盗んだ罪によって、人類は滅亡する」
罪人ユー「でも、わたしは死なない」
罪人ググ「なぜ」
罪人ユー「ググがいてくれたから」
罪人ググ「ありがとう」
罪人ユー「ううん。お礼をいうのはこっちの方。本当に、ググが生きのびたのは偶然だった」
罪人ググ「でも、僕ももうすぐ死んじゃうんだよ。ユー、きみも殺されるんだ」
罪人ユー「ちがう」
罪人ググ「なにがちがう」
罪人ユー「だから、それは主観」
罪人ググ「誰の主観でもいいから、死んじゃうんだよ。死んじゃダメだ、ユー」
罪人ユー「ねえ、ググ。わたしにはわからなかったの。神さまは客体がなくても、存在できるのかな」
罪人ググ「え?」
罪人ユー「ちょっと、気になるの」
罪人ググ「難しいな。神さまなら、客体がなくても存在できるんじゃないかな」
罪人ユー「そう。なら、どうなるか、わたしにもわからない」
罪人ググ「ユー。いったい、客体で何を見たんだい」
罪人ユー「この世界の本当の姿」
罪人ググ「それは、断罪機関に世界中の人々が死刑にされているところだろう」
罪人ユー「はずれ」
罪人ググ「わからないや」
罪人ユー「わたしにわかっていることは、わたしとググは、主観を通してしか通信をとることができないってことなの。だから、それがどんな主観になるのかわからないの」
罪人ググ「つまり、断罪機関に次々と死刑にされているっていうネットのニュースは僕の主観なのか?」
罪人ユー「わからない。誰の主観なのか」
罪人ググ「それなら、やっぱり、これは、現実なんだよ」
罪人ユー「人は主観の中を生きるものだって、神さまがいってた」
罪人ググ「へえ」
罪人ユー「ならば、できるだけ、良い嘘を見て生きるといい。そう神さまがいってた」
罪人ググ「どういうこと?」
罪人ユー「それでね。神さまが、わたしにどんな夢を見たいか聞いたの」
罪人ググ「ああ、そういえば、客体を見つけてしたかったことで、夢っていってたね」
罪人ユー「そう」
罪人ググ「どんな夢を見たいって神さまに答えたの?」
罪人ユー「世界の滅亡をたった一人で生き残る夢」
ググは、絶望した。<神の発見>で神から客体を盗んだ少女は、よりにもよって、世界が滅亡することを求めたのである。それなら、世界は滅亡するだろう。客体からつくられる少女の主観は、世界の滅亡であり、その中をググは生かされているのだろう。
誰が悪いのかって、運が悪かった。
子供の頃、世界が滅亡する中、たった二人の男女が生きのびることを夢見たことがなかったとは、ググにはいいきれない。
世界の滅亡にたった二人で生きのびる。それは、とても幻想的で芸術的で、美しい。人生を生きるのなら、世界の滅亡にたった二人で生き残りたいものである。
これは、人々の求めている必要悪だろうか。滅びゆくものの美しさを愛でるのは、良いものだ。諸行無常、万物必衰なら、儚げに生きることこそ、生き物の本懐であるといえるかもしれない。
なるほど、ググは、ユーが望んでいた夢に共感を覚えずにはいられなかった。
でも、なぜ、世界の滅亡に「たった一人」なんだ。
「たった二人」だったなら、わかる。
でも、「たった一人」というのは、本当に世界の拒絶、現実からの脱走だ。
なぜ、世界の滅亡に「たった二人」で生きのびることを夢見るググではなく、世界の滅亡に「たった一人」で生きのびることを夢見るユーが客体を手に入れたのか。
ググは思いきって、ユーに聞いてみた。
罪人ググ「ユー。ユーは、神さまから客体を盗んで、世界の滅亡にたった一人で生き残る夢を見たんだね」
罪人ユー「ちがう、ちがう。全然ちがう。ググ、勘ちがいしているよ。世界の滅亡は、ユーが夢見るから行われているわけじゃないんだよ」
罪人ググ「じゃあ、どうして、世界が滅亡するんだ」
罪人ユー「ねえ、聞いても怒らない?」
罪人ググ「怒らないよ」
罪人ユー「本当に怒らない?」
罪人ググ「怒らないからいってみてよ。覚悟はできたよ」
罪人ユー「じゃあ、いうね。あのね」
罪人ググ「うんうん」
罪人ユー「それが、壊れちゃったの」
罪人ググ「壊れた? 何が」
罪人ユー「だから、その、客体」
罪人ググ「はあ?」
罪人ユー「だから、世界の客体は壊れちゃったのよ」
少し意識が遠ざかるかとググは思った。
客体が壊れたということは、この世界から、客観的視点が失われたことを意味する。
世界は、ヒトが決して感知することのできない客体というものをよりどころにできており、我々が見ている世界は、人それぞれの主観でしかない。
世界は主観の集合だともいえる。
だが、主観は、あくまでも客体を反映したものであるため、客体がなくなれば、主観が存在できるのかはとてもあいまいなものである。
それほど、客体とは大切なものであり、客体は世界を支える支柱なのだ。
罪人ユー「ねえ、ググ、聞いてる? 聞いてる?」
罪人ググ「ああ、聞いてるよ、ユー」
もはや、ググは絶望していた。
罪人ユー「でもね、客体を壊した時、わたし、自分の客体だけはちゃんと守ったの」
罪人ググ「え?」
罪人ユー「だからね、わたしは世界が滅亡しても決して死なないの」
罪人ググ「本当? よかった。なら、ユーは無事なんだね。ユーは生きていられるんだね」
罪人ユー「そうなの。わたしは生きていられるの」
罪人ググ「本当によかったよ。僕は、ユーを生き残らせるために命を捨てる覚悟だったんだ」
罪人ユー「あはは」
罪人ググ「本気だったんだよ」
罪人ユー「うん。ありがと」
罪人ググ「それじゃあ、僕は、世界のみんなと一緒に処刑されてこようと思うよ。さようなら、ユー」
罪人ユー「待って」
罪人ググ「なんだい。どうせ、死は向こうからやってくる。今、ニュースが入ったよ。マキナの撃った核兵器が爆発して、爆風が地球を十周するだろうって。それで、世界のすべてが滅んでしまうんだ。ユーを残してね」
罪人ユー「だから、待ってって。話にはまだ続きがあるの」
罪人ググ「何?」
罪人ユー「それがね、壊し方が下手だったみたいで、残っちゃったのよ」
罪人ググ「何が」
罪人ユー「それがね、ググの客体」
罪人ググ「はあ?」
罪人ユー「だから、わたしの意図しないところで偶然、ググも生き残っちゃったの。世界の滅亡を」
罪人ググ「どういうこと」
罪人ユー「だから、何があっても、ググは死なないんだよ」
罪人ググ「え?」
罪人ユー「偶然、ググの客体は残存したの。わたしとググの二人だけは、何があっても、世界が滅亡しても、生き残るんだよ」
罪人ググ「本当?」
罪人ユー「本当。それがわたしの盗んだ客体の実体」
罪人ググ「僕たち、世界の終わりにたった二人なのかい?」
罪人ユー「そう。わたしたち、世界の終わりにたった二人なの」
東京に何百発の核兵器が落ち、爆風が地球を十周するという誰かに主観の中で。
おそらく、それは、少女ユーの主観の中で。
ググとユーは世界が吹き飛ばされる中、たった二人で生きのびた。
あとはどうなってもいいような、素敵に幻想的な日のできごとだった。
二人は、お互いに肩を寄せ合い、うっとりとするほど、相手に体重を預けながら、世界が終わる風景を眺めつづけた。
ググが気がついてみれば、つまり、ここ最近のできごとは、<神の発見>から起きたすべてのできごとが、少女ユーの主観の中のできごとだったのである。なんのことはない。みんな、<神の発見>の時にはすでに死んでいたのだ。みんな、<神の発見>の時以来、存在をなくしていたのだ。
存在したのは、ただ、少女ユーと幸運の人ググの二人だけだったのである。
これからは、二人の見る主観の中を二人は共に生きるのだろうし、そうでないのなら、おそらく、神さまが介入するだろう。
ググとユーで、全人類を産むのは難しい話ではあるし。
そう考えると、ググの主観には、ユーは裸で、ユーの主観には、ググは裸であった。
睦み合い、お互いに愛を育んで生きることになるのかもしれなかった。
邪魔するものは何もない。
それが、世界の終わりにたった二人で生き残るということだった。
ググの客体が残ったのは、本当に偶然だったのである。
世界の終わりにたった一人で生き残ることを夢見た孤独な少女に与えられた贈り物であった。
ユーは、ググが生き残ってくれて本当によかったと、心の底から思ったのだった。
神の発見 木島別弥(旧:へげぞぞ) @tuorua9876
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます