第3話

 <神の発見>から逃亡した少女ユーは、断罪機関マキナに追われている。そのことは、ググでも知っている。

 ググにはわからない。ユーがいいやつなのか、悪いやつなのか。

 それは、ネット掲示板で話してみた感じではいいやつだったけど、ユーの犯した犯罪が、罪になるのか、許されるのか、わからない。ユーは、有罪だろうか、無罪だろうか。

 <神の発見>以前、神から物を盗んだら罪になるという法律はなかった。だから、ユーは刑法では裁かれない。なにしろ、かつて、神から火を盗んで人類に与えたという巨人プロメテウスはとびきりの英雄ではないか。

 だから、神から、客体を盗んで人類に与えた少女ユーは、ひょっとしたら、とびきりの英雄になるかもしれなかった。だって、人類が本当に客観的な視点というものを手に入れることができるのだ。これほどの恩恵は他には考えられないだろう。

 だから、ググは、断罪機関マキナと戦うことにした。マキナからユーを守る。

 命などは惜しくない。もともとググは自殺志願者なのだ。断罪機関に逆らって殺されるというのなら、願ったり叶ったりだ。何より、ググにとって、最も理想的な死に方は、戦死だという思想があった。

 自殺志願者が死ぬために戦争を起こすなど、甚だしく迷惑なことだと思う。しかし、ググは、それを行うために戦うことを選んだのである。

 断罪機関マキナに逆らえば、おそらく死刑になるだろう。そういう当て推量がググにはあった。ユーのために戦って死ねば、それはとてもググにとって幸せなことだといえた。


 ユーを守るためには、まずはマキナより先にユーのもとにたどりつかなければならない。ユーが自分の居場所をネット掲示板に書き込むことはないと思われた。ユーは今、隠れている。マキナはユーの居場所を世界中を探知して探している。

 そこで、ググは考えた。ユーと自分が会うのは無理だ。そんな恋愛劇にはこれはならない。ググはユーに片想いのままで死ぬのだろう。

 そもそも、まだ、ユーに彼氏がいるのかどうかだって聞いていないじゃないか。

 確かに、<神の発見>をしたユーに恋人がいたという話は聞いたことがない。だが、だからといって、ユーにすでに彼氏がいる可能性は否定できない。ちなみに、ググは、<神の発見>をした少女ユーが、それなりの美少女であることは聞いていた。

 そこで、ググがとった作戦は撹乱作戦だった。単身、断罪機関マキナに殴りこみにいったのである。

 断罪機関マキナは現在、東京に要塞を構えて、布陣していた。ググは、そこに、金属バットと百円ライターと十メートルロープを武器に、攻め込んだのである。

 突撃のことは、『廃人使用』には書き込まなかった。検閲されたらまずいからである。

 だが、おそらく、これで死刑になるであろう自分のことを思って、『廃人使用』に、

「またまた、自殺、に挑戦します」

 とだけ、書いた。

「がんばれ。よくわからないけど、とにかくがんばれ」

 とみんなに励まされた。

「さよならはいわないよ。いなくなる時は、いつも突然さ」

 という書き込みもあった。

 だけど、『廃人使用』の誰も、ググがマキナに突撃して戦死するつもりでいるとは思わなかったようだ。ユーを除いて。


 ググは、マキナの立入禁止のフェンスを乗り越えた。不法侵入だ。その時のググは知らなかったけれど、断罪機関マキナは、全人類を殺せるだけの兵器を要塞に集めていた。だから、それを知れば誰でも、射殺されるはずだった。

 ググは、ユーを助けるために本気で断罪機関マキナを一人で壊滅させようと企んだ。作戦は、マキナにある爆弾の起爆である。

 あるいは、もし、捕まっても、マキナの審問官と話し合い、ユーを無罪にするように説得することができればよいと考えていた。

 とんでもないアマちゃんな考え方をしていたのである。

 ググは、建物の影に隠れて、見つからないように要塞の武器庫を目指した。誰にも見つからないように、二晩、野宿するという努力を行い、ググは要塞の中の地理を少しずつ把握していった。その結果、なんとか、目的の爆発物保管所にたどり着いたのである。

 当然、爆発物保管所は鍵がかかっている。だから、入れない。

 だけど、大丈夫だ。爆発物保管所には毎日出入りする作業員がおり、作業員が一人のところを狙って金属バットで殴り、足の骨を折って、鍵を奪うことに成功したのである。

 襲われた作業員は大声で助けを呼んでいる。このままいけば、捕まってしまう。そうならないためには、爆発物保管所の中の爆弾を爆発させるしかない。爆弾を爆発させて、マキナを壊滅させれば、ググは死んでも後悔しない。自殺志願者なのだ。

 どうせなら、良いことをして死にたいと思うし、その手っ取り早い方法は戦死であり、しかも、上官の命令を無視した無謀な突撃による戦死であるし、ググにとってそれは、ユーのためにマキナを巻き添えにして死ぬことであるのである。

 ググは、作業員が扉を開けた時に、金属バットで足を殴って、骨折させ、鍵を奪った。そして、爆発物保管所の中に入った。中は巨大な倉庫で、各種のミサイルや爆弾が置かれていた。

 ググはその中で最も奥にあった特別区画にまでたどりつき、爆弾の起爆装置を作動させようとした。

 間に合わなかった。

「何をしているんだ、おまえ」

 十人以上の作業員が走ってやってきて、ググを取り押さえてしまった。それからは、強制的に力づくで連行された。要塞の作業員詰所に連れて行かれ、何をしていたのか、厳しく質問された。ググは死刑になりたかったから、

「神に背くために、爆弾を爆発させるつもりだった」

 といった。断罪機関マキナで、神を侮辱することは死罪に値する。神に背きたかったといえば、おそらく死刑になるだろう。『廃人使用』が摘発されるとまずいから、ユーのことは話さない。すると、ググは、審問官の前に連れて行かれた。


 審問官は、真っ黒な礼服を着ていた。

「我々は、罪を裁く者だ」

 審問官はいった。

「きみは、神に背くために破壊行為を行ったようだが、まちがいないかね」

 破壊行為とは、作業員の足を骨折させたことだ。

「ええ。まちがいないです」

 ググは落ち着いて答えた。

「そうか。ならばよい。我々はこう考えているのだよ。神に背いたきみは死に値する重罪だが、人に背かれるような人徳のない神もまた有罪なのではないのかとね」

「はい? 神が有罪?」

「そうだ。我々は神の罪を問おうとしているのだ」

 審問官は堂々としていた。

「なぜ、神が有罪になるのですか」

 ググは本気でわからなかったので質問してみた。もとより、断罪機関マキナがまともな機関ではないとは思っていたが、これほど異常だとは思わなかった。

「なぜ、神が有罪になるのか。確かに一見、不思議に思える疑問だろう。しかし、こうは考えられないかね。きみが神に背いたのは、神がきみに神に背かさせられたからではないかとね。いわば、きみは、神に操られて、神の御業に手を貸したのだよ。でなければ、我々は納得ができない。神が、人に背かれるような失策を行うとは考えられないのだよ」

 ググは黙って聞いていた。

 話は、神から道具を盗んだ窃盗犯ユーのことにとんだ。

「例えば、<神の発見>で罪を犯した少女にしても、か弱き少女が一人で偉大な神を欺けるものかな。わたしはそれは無理だと思うのだよ。つまり、神から物を盗んだ少女にも、罪があり、少女に物を盗ませた神にも罪があると、こういうわけなんだよ」

 その話は、ググをはっとさせた。それじゃあ、ひょっとして、ユーは。神が有罪なら、その神に手をかけたとさせるユーは。

「少女ユーは無罪になるのでしょうか」

 そんなことばがググの口から思わずこぼれ出た。

 あるはずのない期待がググの心の中に浮かんできた。ググは自殺する。だが、自殺する前にユーと共にわずかな時間でもすごせたら、それはとても幸せだろう。ユーが無罪になるのなら、ユーが姿を隠さずにすむのなら、会うことも不可能ではない。

 だが、審問官はググのそんな思いを軽く吹き飛ばした。

「まさか。少女ユーの有罪は確定している。人が神の御心を悩ませるなど、重罪すぎる。少女ユーは死罪になるだろう。これはもう確定事項なのだ。変更はありえない。我々が探っているのは、いったいどれだけの者が彼女に連座すればすむのかという問題なのだ」

 ググは審問官の迫力に気おされそうだった。

 やはり、ユーは死刑になるんだ。なら、僕も死のう。ユーのために殉死しよう。そう、ググは考えた。

 だが、この審問官はいったい何をいっているんだ。罪に連座するだって?

「罪に連座するとは、具体的には、どのようなことをいっているのですか」

 ググが聞くと、審問官が答えた。

「少女ユーが有罪なら、神も有罪、そして、それを生んだ人類全体も有罪なのではないかということだよ」

 それはあまりにも衝撃的なことばだった。

「人類の存在が罪だというのですか」

「そうだ。最近の若者の中には、そう考えるものが多いらしいね。地球に生まれた生き物の中で、最も悪いのは、人類であると。人類は他の生き物を虐殺し、地球を独占して支配し、好き放題だ。これほどの罪があるかね。わたしは、そういう若者のことばを聞いているのだよ。複数の若者の人類を糾弾する訴えをね」

「だけどそんなのは」

「もちろん、世間知らずの意見にすぎない。彼らは動物学を知らない。野生がどれほど暴力と憎悪と苦痛と戦争に満ちたものなのかを知らない。生き物のために人類が死ぬべきだなどというのは、世間知らずの愚劣な意見でしかない。だが、我々の立場はちがう」

 審問官は少し呼吸をした。

「もし、人類より優れた生命体が存在するなら、人類はその生命体のために、命を捧げるべきだろうか」

「それは、ちがう」

「そうだ。否だ。それでは、民主主義でない。未来は、あくまでも、科学と民主主義によって成り立つものでなければならないのだよ。そこで、神の登場だ。民主主義によれば、神と人類は自由競争をする立場にある。科学によれば、神は、解体し、観察する観測の対象だ。その結果、結論が出つつある」

「それは、ひょっとして」

「そうだ。少女ユーを有罪とし、神を有罪とし、人類を有罪とし、過去のすべての存在を罪あるものとして認めて死罪にしたのち、人工人類によって未来を築くことだ。こうすれば、人工人類は<神の発見>の罪を背負わずにすみ、また、神を科学することのできる研究者となれるのだ」

 なんという意見だろうか。

 ググは断罪機関マキナの描いていた計画に圧倒された。そして、気づいていた。マキナは、全人類を殺すつもりだ。

 ユーだけじゃなく、ググだけじゃなく、全人類を殺してしまうつもりなんだ。そのために、こんなに時間をかけていたんだ。<神の発見>はそれほどまでに影響力の大きな事件だったのである。

「きみも、他の人類と同時に死刑になるのだから、それまで、余生を楽しんでくればいい」

 審問官はそういって、ググを釈放した。


 釈放が決まると、ググへの拘束は急に緩くなった。逃亡を阻止するための見張りがいなくなり、審問官とも、対等に話ができるように、歓談する場が用意されていた。

 ググは審問官に聞いた。

「神や人類を罰しようとするのは、断罪機関マキナの主観ではないのですか」

 しかし、審問官はぴくりともたじろいだりしなかった。審問官は、神の代理人を表すかのように堂々としていた。

「判決が断罪機関マキナの主観であって、何がいけないのかね。何の問題があるのか、まるでわからないね。<神の発見>の罪を処罰する権限は、マキナに与えられているのであって、それはつまり、マキナの主観によって罪を裁け、とそういうことなんだよ」

 審問官のことばに、ググは汗が流れてきた。大きな力に接するということ、大きな権力に接するということは、想像しているよりも困難なものだ。大きな権力は、崩れる時は脆いはずなのに、なぜかどこかで誰かが頑健に守っているものなのだ。

「神から盗まれたものが、仮に客体だったとしたら、どうしますか。客体です、客体。誰の主観に偏ることのない客観的事実が、客体です。もし、盗まれたものが客体だったとしたら、罪を裁くのに最も公正な者は、罪人少女ユーだということになりませんか」

「なんだと」

 さすがの審問官も、神から盗まれた道具に話が及ぶと、権威をぐらつかされた。神から盗まれた道具が、客体であること。それは、審問官も知らない事実のはずだった。

 だから、このたったひとつの事実で、断罪機関の存在根拠を根底から覆すことができるかもしれなかった。

 ググは、断罪機関の存在を否定しようと、論戦を張った。

「神から盗まれたものが、客体だというのか。なるほど。面白い流言だ」

 審問官はあくまでもそれを流言として扱った。

「だが、神から盗まれたものが客体であったとしても、我々断罪機関マキナの権利は失われることはない。なぜなら、客体とは、誰もがもっているはずの存在基盤であるはずだからだ。だから、マキナにはマキナの客体があるはずであり、マキナが処罰をすることをマキナの客体が阻止できないかぎり、やはり、マキナはマキナとして存在して、処罰することができるのだ。なぜなら、マキナの主観と行動は、マキナの客体に根ざしたものであるはずだからである」

 なんだか、審問官のことばは詭弁と化してきたようにググには思えた。説得が効いているのかもしれない。

 ググは手ごたえを感じて押してみた。そこがまだあまい交渉術であったことには気づかずに。

「マキナの行動は、それが正しく行われたように見えても、所詮は主観であり、客体から見たら、とんでもない見当違いな不公正な判断なのかもしれないのですよ。それがわかったら、主観によって行動するマキナは、客体を所持する少女ユーに逆らわないことです。わかりますか」

 審問官は激怒した。

「まったくもって訴えを却下する。そもそも、少女ユーが客体を盗んだというが、客体とは主観をよりどころに生きる我々人類にとっては決して触れることのできるものではなく、その客体とやらは、実際に存在するのか、証明不可能ではないか」

「しかし、もし少女ユーが客体をもっているのならば」

「黙れ。客体など、存在することを確かめることはできないのだ。だから、少女ユーが盗んだものは客体ではありえず、別の何かであるはずなのだ。はっきりいえることは、少女ユーが神から何かを盗んだことは確かであり、少女ユーが有罪であることだけは確かだということだ」

「客体が存在しないのなら、それを盗んだ少女ユーの罪が存在しないことになるのでは」

「それも不可なり。少女ユーが窃盗を行ったことは確実なのである。問題は、盗まれたものが客体なのか、客体でないのかだけである」

「だから、客体は存在するのですよ。神ならそれがわかるはず」

「おお、畏れ多き名を口にすることをお許しになられたまえ。神なら、客体に触れることも、その存在を確認することも可能であろうな」

 審問官はやっとそれだけ認めた。

 あとは、何をしゃべっていいのか、ググにはよくわからなかった。

「そうです。神なら、客体を確認することも可能なのかもしれないのですよ。だから、少女ユーが盗んだものが、客体と、その客体を確認する手段の両方である可能性もあるわけですよ」

 ググは、とりあえず、神の権威を頼りに、審問官を説き伏せようとした。しかし、審問官の応じた対応はまったくの非論理なものであった。解答は、解答となっておらず、議論はかみあっていなかった。審問官は激怒して、ただ、こういった。

「被告人が神の名を口にすることがそもそもの冒涜である。客体が盗まれたかどうかなどどうでもよい。とにかく、被告人は、神を冒涜した罪により、死刑になる。死刑だ、死刑! これは確定した判決である。覆ることはまずない。被告人は、少女ユーの罪に連座し、人類と同時に死刑になる。わかったかね。とにかく、どいつもこいつも死刑なんだ。死刑だといったら死刑だ」

 ググはもうとりつくところもないと思って、席を立つことにした。

 要塞から家に電車で帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る