第2話

 少年ググは、『廃人使用』というネットワークに毎日、入り浸っていた。そこは、一般社会から見捨てられた退屈で閑散としたインターネット掲示板であり、ググはそこにいつからか出入りするようになっていた。


罪人A「ググ、新しい客が来たよ。また、世界が病んでいるね」

罪人ググ「新人さん? でも、ここは会員制ネット掲示板じゃないの? 誰が許可を出したの」

罪人A「司令官だよ。一発で合格を出したらしい」

罪人ググ「そう。それは悲しいことだね」

罪人A「なんだよ。仲間が増えたんだよ。喜びなよ、ググ」

罪人ググ「喜べないよ。だって、こんなネットワークに加盟しない方が絶対にいいじゃないか」

罪人A「そりゃまたどうしてだい。消えていく者がたくさんいるこのネットワークでは、その分、新人が来てくれなければ、ここはすぐに廃墟になってしまうよ」

罪人ググ「きみがいなくなったら、僕は悲しむよ。ここでは、ついさっきまで話していた仲間がある日、突然、音信不通になってしまうんだよ。そんなのは嫌だよ。新人さんが来たってことは、いずれいなくなる仲間が新しく増えたってことだろ」

罪人A「それがな、そう悲しい話でもないんだわ。その新人さんな、聞いて喜べよ。なんとな、いおっかなあ。やめとこうかなあ。ううん、どうしよう」

罪人ググ「なんだよ。いいたくないなら、いわなくてもいいよ。どうせ、悲しい知らせだろ」

罪人A「悲しいといえば、悲しいかなあ。でも、おれは嬉しかったね。だから、やっぱり内緒にしようかなあ。おれの寿命がのびちゃうよ」

罪人ググ「知りたくないよ」

罪人A「聞いておけ。だから、おまえはダメなんだ。こういう情報は少しでも積極的に聞いておいた方がいいんだ。それができないからおまえは、こんなところにいるんだ」

罪人ググ「ははあ。なんとなく、わかったよ」

罪人A「なんだよ。いってみろよ」

罪人ググ「いってやるけど、当たってたら、絶対にその新人の情報を僕に教えてくれることが条件だ」

罪人A「いやだね。教えてやらねえ。クソして寝てろ、ガキが。というのは、嘘。ううん、大事なググちゃんのためじゃないか。もちろん、教えてあげるとも」

罪人ググ「それじゃ、当てるけど、その新人さんってのは、女の子なんだろ」

罪人A「え?」

罪人ググ「しかも、かなり若い」

罪人A「へえ、ググも成長したね」

罪人ググ「どうなんだよ」

罪人A「当たりだよ。司令官が見つけてきた新人は、女の子だよ。しかも、おまえと同じくらい若い」

罪人ググ「いつ来るの?」

罪人A「知るか」

罪人ググ「悲しいことだね」

罪人A「そうだな。世の中、病んでるな」

罪人ググ「はああ。『廃人使用』が繁盛するなんて、僕は苦痛だよ」

罪人A「そういうこともあるめえ。おまえさん、ここの常連じゃないか」

罪人ググ「だって、こんな条件の会員制ネット掲示板に加入したがるなんて、敵か被害者だろ」

罪人A「だろな。なんていったってここは」

罪人ググ「なんていったってここは、自殺未遂者しか入れないネット掲示板だからね」


 それから、ググは『廃人使用』で新人が来るのを待ちながら、雑談していた。話題は『廃人使用』の管理人の悪口。あんなやつは死ぬべきだとか、世界全部のネットワークを『廃人使用』にするべきだとか、なんだかそんな大袈裟な冗談。

 世界全部を『廃人使用』にするということは、世界のすべての人々が一度は自殺未遂を行うことでもある。掲示板には、好き勝手な会話が書きこまれつづけるが、掲示板の運営の妨害となる書き込みは削除される。

 その日のうちに、新人は『廃人使用』にやってきた。自殺したくても、自殺できなかった愚か者たちの集まりに。


罪人ユー「こんにちわ」

罪人ググ「やあ、きみが新しい仲間だね。ここの常連のググっていいます。よろしくお願いします」

罪人ユー「無言」

罪人ググ「あんまり、話すの得意じゃない人かな」

罪人ユー「うん」

罪人ググ「自殺、うまくいかなかったんだ」

罪人ユー「そう」

罪人ググ「しかたないよ。政府が自殺のしにくいように世の中のいろんなところをいじってるんだ。だから、日本は自殺のしにくい環境に社会がつくられているんだ。日本で自殺するのは、難しいよ」

罪人ユー「無言」

罪人ググ「あのさ、僕はさ、女の子とうまく付き合えなくてさ。もちろん、男ともうまく付き合えないけど。それで、自殺を考えたんだ」

罪人ユー「無言」

罪人ググ「ユーは女の子でしょ。だから、僕とは話が合わないはずなんだ」

罪人ユー「ちがう」

罪人ググ「え? 何?」

罪人ユー「だから、ちがう」

罪人ググ「よく話がわからないや」

罪人ユー「話、合う」

罪人ググ「そう?」

罪人ユー「そう」

罪人ググ「やった。ちょっとうれしい」

罪人ユー「喜ぶんだ」

罪人ググ「そうだね。喜んじゃいけないね。自殺を目指す僕らが、この世に喜びを見出すことはまちがっているんだ。悲しいことだね」

罪人ユー「無言」

罪人ググ「好きな食べ物とか、何?」

罪人ユー「意外」

罪人ググ「どうして?」

罪人ユー「話が上手」

罪人ググ「よしてよ。この程度で、うまいなんてことはないよ。僕は世間ではやっていけなんだ」

罪人ユー「無言」

罪人ググ「じゃあさ、僕も思いきって聞くけど、どんな男のタイプが好き?」

罪人ユー「生きている人」

罪人ググ「あははは」

罪人ユー「無言」

罪人ググ「僕はまだ生きているよ。死のうとしてるけどね」

罪人ユー「嘘」

罪人ググ「本当だよ。『廃人使用』には、自殺者をからかって遊ぼうとする連中は入って来れないから。『廃人使用』にいる人はみんな自殺志願者だよ」

罪人ユー「そう、なの?」

罪人ググ「そうだよ。安心した?」

罪人ユー「複雑」

罪人ググ「あはは。どうか、ユーの自殺が失敗しますように。また会いたいからね」

罪人ユー「わたしの自殺は、難しい。止められてる」

罪人ググ「誰に」

罪人ユー「神に」

罪人ググ「神?」

罪人ユー「無言」

罪人ググ「なんだか、複雑な事情があるみたいだね。よかったら、聞くよ」

罪人ユー「無言」

罪人ググ「いえい。きみを助けに来ました。生きる意味でも死ぬ意味でも」

罪人ユー「それは、嬉しい」

罪人ググ「よかった。安心した」

罪人ユー「わたしは彼氏とかを求めてはいないから」

罪人ググ「うん、いいよ」

罪人ユー「了解」

罪人ググ「自殺を神に止められてるって、本物の神に? あの<神の発見>で見つかった神に」

罪人ユー「無言」

罪人ググ「ごめん、変なこと聞いちゃったね」

罪人ユー「そう。当たり」

罪人ググ「ええ! ユーって、<神の発見>で神から盗難した犯人のユー?」

罪人ユー「そう」

罪人ググ「ええええ!」


罪人ユー「無言」

罪人ググ「それで、神から何を盗んだの?」

罪人ユー「たぶん、世界でいちばん大切なもの」

罪人ググ「それは何?」

罪人ユー「客体だよ」

罪人ググ「きゃくたい?」

罪人ユー「そう。きゃくたい」

罪人ググ「客体って何?」

罪人ユー「この世界の基盤」

罪人ググ「よくわからない。僕らのいる宇宙はその客体の上にのっかっているの?」

罪人ユー「のっかっているというか、客体を観察しているのが、わたしたちの主観」

罪人ググ「じゃあ、僕の見ているパソコンの画面は主観なの? 客体なの?」

罪人ユー「主観」

罪人ググ「じゃあ、客体って何?」

罪人ユー「だから、観察者が観測によって見ることのできるものを主観と呼ぶと、あらゆる主観を排除した客観的な世界のこと」

罪人ググ「客観的な世界……」

罪人ユー「そう。観測者は決して客体にたどりつくことはできない。しかし、世界は客体を基盤にして構築されている」

罪人ググ「きみはその客体を盗んだのかい?」

罪人ユー「そう」

罪人ググ「なんで?」

罪人ユー「だって、とっても小さかったんだもの」


罪人ググ「神さまは持っていたんだね。誰の主観にも偏らない本当に客観的な視点を」

罪人ユー「うん」

罪人ググ「それを持って、どんな感じだった?」

罪人ユー「いたたまれない」

罪人ググ「そりゃたいへんだ」

罪人ユー「うん」

罪人ググ「じゃあ、聞くけどさあ。この世界は、とっても歪んでいるよね。一部の権力者や要領の良い人物に有利にできていて、まるで平等でない。それって、ぼくの主観かなあ、客観かなあ」

罪人ユー「無言」

罪人ググ「そこで、無言なの?」

罪人ユー「うん」

罪人ググ「なんで」

罪人ユー「そういう難しいことは、確認していない」

罪人ググ「じゃあ、ユーは客体を手に入れて、何がしたかったんだい」

罪人ユー「夢」

罪人ググ「ゆめ? どういうこと?」

罪人ユー「罪」

罪人ググ「つみ? ますますわからないよ」

罪人ユー「もう少ししたら、話すから」

罪人ググ「うん」

罪人ユー「待って」

罪人ググ「うん」

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