第4話

 次の日、また、おれは人工知能『アローアイラ』に呼び出された。おれは、さっそく会いに行く。たぶん、仕事の話だ。

「また、『トチガミ』にメールを届けて欲しいの」

 と『アローアイラ』がいった。今のおれは、『トチガミ』のメールアドレスを持っている。一通メールを送るだけで、百万円もらえる美味しい仕事だ。だが、おれはもう数十億円の貯金をもつ大金持ちなんだ。あまりけち臭いことはしない。

「了解。一回百万円で引き受けてもいい。だけど、それよりお勧めな方法がある。トチガミのメールアドレスを百万円で買ってくれないか。そうした方がお互いのためだと思うよ」

 なんて、親切なんだろう。このまま、一通メールを送るだけで百万円をもらえる仕事を放り投げて、メールアドレスを教えてあげるなんて。

「嬉しい! トチガミ様のメールアドレスがわかったんだ!」

 アローアイラは大喜びだ。

「ほら、トチガミのメールアドレスだよ。百万円の入金を確認した。教えてあげるよ」

 アローライラが試しにトチガミとメールの送受信をしている。

 そしたら、おれにトチガミからメールが届いた。

「よくやってくれた。これで、簡単にメール交換ができる。矢田カラス、おれが誰だか、忘れたんだろ。アローアイラに教えてもらえ。そうすれば、また仲間だ」

 おれはトチガミの正体にすごく興味をもった。

「アローアイラ、トチガミが何者なのか、教えてくれないか」

 すると、アローアイラが地球の写真を見せた。前にも見たよ。どういう意味かわからない。

 地球の写真が電磁気の力線画像に変わり、スパークした。

「今のがトチガミ。トチガミは、地磁気にダウンロードされた人格だよ。そして、わたしの友だち」

 地磁気にダウンロードされた人格。それがどんなに危険なものか、おれはよく認識できなかった。

「ねえ、アローアイラさんは悪い人じゃなかったでしょ」

 と突然、紗希が現れた。

「紗希、きみ、知ってたのか。アローアイラが人工知能だってこと」

「当然よ。とってもいい人だよ、アローアイラは。ネットに接続する人格の最大多数の最大幸福を目指しているの。偉大な人だよ」

「紗希、ちょっと、こっちに来てくれ。話があるんだ」

 紗希はちょっと迷ったみたいだった。

「いいよ。カラスについていく」

 おれはチャットルームに入って、紗希に告白した。

「おれたち、また付き合わないか。恋愛方程式は人工知能が考え出した試作ソフトにすぎないんだから。サトルなんかより、おれと付き合ってくれ」

「カラス。大好きだよ」

 紗希の全身画像がいきなり全裸に変わる。

 これって、誘ってるのかな。してもいいってこと?

 おれが紗希を全身で抱きしめたら、全裸の紗希はすっと消えた。

 そして、おれの学校の先生がやってきた。

「すまないね、カラスくん。今のは、アローアイラの操る複製人格なんだ」

 死ね、アローアイラ。

 どうせ、この教師も複製人格だろ。

 おれが学校の先生の人格を解体したら、みごとに消えてなくなった。現実の人格とつながってない証拠だ。

 アローアイラのところに戻る。

「おい、悪ふさけがすぎると、トチガミに嫌われるぞ」

「うーん、これくらいはご愛嬌だよ。ご愛嬌。許してね、カラス。今、トチガミ様と大事な話をしているところなの」

 くそう、世の中世知辛いぜ。メールアドレスを教えてやるという大サーヴィスをしてあげたおれに対する仕打ちが、紗希の人格データでもてあそぶことだったとはね。

 親切は簡単には返ってこない。因果応報とは観音菩薩の教えだっけ。隣の人に親切にしてあげても、その分が返ってこないよ。おれだけ、親切にしてあげて、損してるみたいだ。

 やはり、世の中は自分の力で切り開いていくものだ。

「それで、アローアイラ、きみのメールアドレスも教えてくれよ。お前、面白いやつだから、おれもメル友になりたいんだ」

 とおれが申し出ると、アローアイラから速攻でメールが届いた。おれは大日本帝国海軍の写真を添付して、返信した。大日本帝国海軍の写真は、おれのパソコンのデスクトップ画面の画像だ。神経接続してばかりのおれだから、使われることはめったにないけど、おれのお気に入りの写真を提供したのは、友好の証を教えるためだった。

 おれたちの姿は、電脳空間では、どこかの絵描き職人が描いた映像で映しだされているけれど、おれは雷が鳴り響く雷神の姿をしている。おれ、矢田カラスは、その気になれば、サイトを過負荷でショートさせ、サイトを故障させる技をもっているのだ。

「ねえ、カラス。いいこと教えてあげようか」

「何、アローアイラ」

「あなた、今、尾行されてるよ」

 おれはびっくりした。おれは自分の人格データを走査して、記しをつけられていないかを確認した。記が付けられている。速攻で削除する。

「カラス、今からわたしが依頼する。このメールを美紀ちゃんに届けて」

 アローアイラからまた前払いの十万円が入金された。

「こんな忙しい時に仕事の依頼かよ」

「がんばってね、カラス。いろんな意味で」

 おれは速攻で、無料掲示板空間に移動した。おれの後に確かに誰かが入ってきた。名無しの代理人二号だ。

 こんなやつは速攻で撃退して、美紀ちゃんを探そう。

 いや、落ち着け、おれ。

 美紀ちゃんは十年前に死んだ女の子の名前だ。美紀ちゃんなんかを探させるのは、アローアイラの罠だ。今、集中するべきは、名無しの代理人二号の正体を探ることだ。

 おれは名無しの代理人に記しを付けて、名無しの代理人がたどってきた履歴をたどっていく。そうすれば、名無しの代理人の正体がわかるはずだ。

 名無しの代理人が履歴を削除しようとした。

 おれは一瞬速く、名無しの代理人の履歴を頭の中に保存する。

 名無しの代理人は、いくつものサイトの管理人サイトばかりを移動していた。どうやら、ネットの中では相当な偉い人みたいだ。日本のインターネットサイトの管理人の問題を解決する代理人のようだ。管理人から、問題解決を依頼されている痕跡が見える。

 それらをたどって、おれが追いかけていくと、暗闇に閉ざされたひとつの部屋があった。おれが入ると、その部屋はぱっと明るくなった。光が眩しすぎるくらいだ。おれは光の中に包まれている。とても幻想的な風景。

 ここが名無しの代理人二号の拠点のようだ。おれが、名無しの代理人二号の部屋の名前を確認すると、『頑張り屋美紀ちゃんの部屋』と書いてあった。

 おれは自分の全部のデータを表に公開して、話しかけた。

「きみの正体は、美紀ちゃんだ」

「まだ、隙だらけだね、カラスさん」

「ふざけるな。美紀ちゃん、どんな陰謀があるか、わからないけど、おれはきみの正体を突き止めた。十年前に偽装死した情報代理人美紀がきみの正体だ。さあ、なんとかいってみろ。これをバラしたらとんでもないことになるぞ。きみは戸籍法違反で逮捕だ」

「逮捕されない理由がわたしにはあるの。わたしの有罪、無罪をめぐって、何度も政府の中で議論が起きている。でも、わたしは八歳で情報代理人になり、ただ頑張るだけだった。頑張ることしか、大人は教えてくれなかった。わたしには何もない。ただ、世の中のためだと思って頑張ったわたしの思い出があるだけ。わたしはいつも一人ぼっちだった」

「だから、どうした。美紀ちゃん、おれだって、小学生の頃からのネット中毒者だぞ」

 美紀ちゃんがアローアイラからのメールを開けた。そこに書いてあったのは、

『思いきって、やっちゃえよ』

「ねえ、カラス、わたしが今、どこにいると思う?」

「おれの目の前だろ」

「当たり。でも、意味を勘違いしていない? ジャックアウトして」

 おれははっとして、自分の現実の周囲を確認した。誰かがおれの個室に不法侵入している。おれは、現実の世界のことをすっかり忘れていた。

 慌ててジャックアウトする。

 ネットとの神経接続を終え、現実世界で目を覚ます。いつの間にか付けられている部屋の電灯。

 そして、目の前に見知らぬ可愛い女が立っていた。

「カラスさん、十年間もネットの中を泳いでいたけど、あなたのような人は初めて見ました」

 目の前にいるのは、十八歳の女の子、美紀ちゃんだ。

「美紀ちゃん、もしよかったら、おれのことを好きになってくれないか」

 出会ったばかりの二人。

 紗希のことをこの時は忘れていた。

「あなたに会えて嬉しい。ずっとあなたのような人を探していた」

 おれに寄りかかってくる美紀ちゃん。

 抱き合う二人。

 一晩の情事。

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電脳八咫烏 木島別弥(旧:へげぞぞ) @tuorua9876

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