ノンシュガー

蜜缶(みかん)

ノンシュガー(完)

オレたちの教室は…いや、オレたちの学校は今、カオスと化している。


原因は、高校3年間学祭のイケメンコンテストで1位を取り続けた、クラスメイトの塩川春馬のせいだ。

コイツがこの間3冠を獲得した学祭の場で、「好きな子もしくは好きなタイプは?」と聞かれた際に「甘い子です」と答えたからだ。

その訳の分からぬ発言に司会者は「…それは塩川くんに優しい子ということでしょうか?」と尋ねると、塩川は「んー、性格とかじゃないんです。甘い子です」と返した。

すると女子どもは何を思ったのか、休み時間に飴やら何やらやたら甘いものを食べるようになった。

それはまぁ別に害がないのでどうでもよかたのだが、数日経つと、今度は何を勘違いしたのかみんな甘ったるい香水をこれでもかー!と匂わせるようになってしまった。


1人、2人がする分にはいいのだが、そこらじゅうの女子からプンプン強烈な香りが漂ってくるもんだから、もう本当にたまらない。鼻がおかしくなりそうだ。

しかもみんなバラバラな匂いを身に纏っているせいで、匂いの合わない者同士が一緒にいると、それはもう吐き気を催すほどだ。

もはや匂いじゃなくて臭いだ。


この事件のせいで、男子がさりげなく窓を開けて換気しようとするもんなら「ちょっと寒いんだけど。女子は寒がりなんだからねー」と女子どもに嫌われてしまったり、

好きな子が甘ったるい香水をつけるようになって、「あの子も塩川狙いだったのかー…」と間接的に振られるなど、男子の被害は計り知れない。

ちなみにオレが密かに想いを寄せていた奈美ちゃんも、プンプン甘ったるい匂いを振りまくようになってしまった。


許すまじ塩川。

なんとかしろ塩川。


オレは耐えきれない悲しみと吐き気と怒りに任せて、ロクにしゃべったことのない塩川を空き教室へ呼び出した。




「佐藤、どうしたの?」

呼び出された塩川は、オレのこの明らかな不機嫌オーラが伝わってないのかやたらニコニコしている。

それとも何か。相手の不機嫌さが伝わってても平然としてるところが女子に受けるのであろうか。

「あのさ、塩川さ。今のクラスの現状分かってる?なんで学祭の時あんなこと言ったのか知らないけど、すげー迷惑してるんだけど…」


感情に任せてキツめに言ってしまったら、塩川は笑顔を少し引っ込めて眉毛を下げた。

「そうなんだ?ごめん。迷惑かけるなんて思ってなかったんだけど…」

そんな悲しげな表情をされてもオレの怒りも悲しみも収まらない。

「迷惑かけるつもりなくてもさ…ここ数日のあの臭い、お前は平気なの?オレ吐きそうだし、もうほんと鼻曲がりそうなんだけど…」

そう言うと、今度はきょとんとした顔をした後でこう言った。


「あぁ…香水のことか。森にも言われた。あれはほんとすごい匂いだよね」

香水のことじゃなかったら何の話だと思って返事してたんだよ。

あんま話したことなかったけどいい加減なヤツなんだな、塩川は。

「そう思うならなんとかしろよ。お前が甘い子が好きとか言ったからこうなったんだろー」


「うんー…でもオレ甘い子が好きって言ったけど、甘い匂いは別に好きじゃないんだけどなー。なんでこうなったんだろう」

首を傾げる塩川に、思わずため息が出る。

「そう思うんだったら尚更そう言えよ。そしたらすぐあの臭いが収まるだろ」

「あー、うん。そうだよね。ごめん、ごめん」

素直に謝る塩川。

きっと悪いヤツじゃないんだろうけど、抜けてるのか何なのか…

一緒にいると、この何とも言えない空気感にのまれそうになる。



言いたいことは言ったし、さっさとじゃあな、と後にしようとしたら

「ねぇ、佐藤はオレの好きな人、誰だかわかった?」

と後ろから声を掛けられる。


知らないし、興味ない。

…が、一応ロクにしゃべったことのないオレの呼び出しに応えてくれたのだから、オレも応えることにした。

「知らないし…てか、あれは好みの話じゃなくて好きな人の話してたのか?」

好きな子いたんだったらそう言えばよかったのに。

そしたら学校がこんなカオスになることも、オレが塩川を呼び出すこともなかったのに。


「そうなんだ。オレ、甘い子が好きなんだ」

「ああ…そう」

またニコニコしだした塩川。

相変わらず塩川の話は要領を得ないというか、なんというか。

げんなりし始めたオレに構わず、塩川はニコニコと話を続けた。


「佐藤は、甘いものって何思い浮かべる?」

「え?あー…飴とか、生クリームとか?」

「確かに甘いね。でも生クリームとかはもともとは甘くないでしょ。甘味料入れたりして甘くしたりしてんじゃん?」

「あー…砂糖入れるね」

「そう!砂糖だよ!」

塩川は今まで以上のキラキラ笑顔でそう言った。


「………んで?結局何の話?」


塩川が独特なペースなのはよくわかったが、話のオチが全く分からん。

オレは生暖かい目で塩川を見つめた。


「だから、オレが好きなのは佐藤って話」

「………は?」


オレのことを指しながらそう言った塩川に思わず固まる。

何でそうなった。何がどうしてそうなった。

ワケが分からず立ち尽くすオレに、塩川は近づいてきてぎゅっと手を握った。

オレはそれを呆然と見つめるしかできない。


「甘い子が好きってのは、さとうが好きって意味で。全校生徒の前で告白してたんだけどな~…気づいてなかったか」

塩川は男前な顔の頬を染めた。

男が頬を染めるなんて気持ち悪いだけだと思ってたが、塩川がやると何とも綺麗なもんだ。

誰が気づくか!ということより先にそう思ってしまった自分に、完全に塩川のペースにのまれていることに気づく。


「……いや、オレは全然甘くありませんので。ノンシュガーです。ノットシュガーです」

そう言って手を振りほどこうとするが、意外に強い塩川の手に、握手みたいに手をブンブン振るだけになってしまった。


「…ノットシュガーかもしれないけどさ、甘いかどうかは舐めてみないと分からないよね?」


全然へこたれない塩川は微笑みながらそう言うと、握っていた手をぐいっと引っ張り、オレを引き寄せたかと思うと、そのままキスをかましてきた。

すぐに離れようとしたが、いつの間にか逃げないよう頭をがっちりホールドされており、そのまま塩川の好きなようにキスされる。

息の仕方も分からないのになかなか離れてもらえず、苦しくて生理的な涙が滲んだ。


「~~~~~~~ぷはっ!!」


何十秒かしてやっと離れた唇は、そのままオレの目元へ行き、溢れた涙をペロリと舐めた。


「…さすがに佐藤でも、涙はしょっぱいね」


そう笑顔で悪びれもなく言ってのける塩川に、文句を言えずに呆気にとられる。


「あ、もうこんな時間だ。せっかくだし、今日は一緒に帰ろっか?」

そう言って、オレの返事を待たずに手を引いて歩き出す塩川。


オレは働かない頭でぼんやりと、完全にコイツのペースにのみ込まれてしまったなぁと思う。

最初の怒りも失恋の悲しみもいつの間にかどっかに消え去って、キスにも繋がれた手にも嫌悪を感じる暇がなかった。


(きっとこのままどんどんコイツに流されていくんだろうな…)

前を進む塩川の背中と繋がれた手を見つめながら、自分の行く末をなんとなく悟った。




終   2014.12.7


(超絶マイペース美形×ほだされ平凡)

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