第16話

最終章

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 シュンタローは帰国して、TOEFLを含めた英語教育のスペシャリストとして、ある大手の外国語学院の講師として引き抜かれた。

 しばらくのアメリカ生活の影響で、日本の出張先のホテルでも部屋掃除の人用につい枕の上にチップを置いたり、電車内で人とぶつかると、日本人に向かって英語で謝ったりする生活が続いたが、しだいに日本の日常に埋没していった。

 その頃、国吉は北村と共に人間を探る塾を開校していた。開校にあたっては、北村の父・光太郎がバブル期に投資で当てた莫大な資金を開校基金として支出し、息子と国吉を後押ししていた。その後亡くなった光太郎の遺産を北村は引き継いだ。

 塾に応募して来た若者の中には、シュンタローが帰国した際に空港で知り合った影丸という青年が居た。シュンタローは国吉のことを影丸に話した時に感じた彼の目の輝きと、空港での会話を思い出していた。

「君はもし塾が開かれたら、門をたたいてみる気はあるかい?」

「国吉さんでしたっけ。その人がやろうとしている、人間のありかたを探る塾をのぞいてみたいですね。小暮さん、紹介してもらえませんか?」

「連絡先を教えるから、開校がいつになるかどうか直接聞いてみたらいい」

「ありがとうございます。連絡してみます。それにしても、国吉さん、本当にテロリストだったんですか?」

「本当だ。会ったら直接確かめてみろよ」

「わかりました。それにしても、国吉さんはすごい体験をお持ちなんですね。びっくりしました」

「あいつもアメリカの捜査当局が欲しがる過激派の情報をたんまり持ってたから、司法取引で罪を逃れられたんだ。帰国してからも日本の当局から結果的には事情を聞かれただけで済んだ。時効もあったしね」


 国吉の塾開校の日、影丸は待ちに待った思いで、会場を訪れた。会場は国吉の友人が経営するダイニングバーの個室だった。最初の一時間は国吉が講師として講演と質疑応答があり、終われば食事をしたり、飲んだりしながらの和気藹々の雰囲気となる予定で、あとはエンドレスだ。塾生は二十代の若者で、毎回十人ほどが参加することになっていた。

 塾長・国吉の講義が始まった。この夜のテーマはふたつあった。組織の冷たさとマスコミ情報である。

「国吉英雄です。今日はわたしのアメリカにおけるテロリストとしての体験からお話します。モハメッド・イスラーム・ヒラムという人物がわたしのテロリストの師匠でした。ブラック・エイプリル、黒い四月というブラック・ムスリムの元リーダーで、過去に要人暗殺や資金を強奪するM作戦などでプロ中のプロといわれたテロリストでした。彼の作戦にわたしが参加した最初は、ニューヨーク州で現金輸送車を強奪したものです」

 影丸はあっけに取られていた。表の世界からすれば、犯罪者である人間の塾で今、授業を受けている。これが自分のために、また社会のためにどう役立つのか、役立たないのか、しっかりと聞いておこう。影丸は他の若者の興味津々な顔を見やった。

「隠密組織に属するということは、敵に捕まったら、確実にその組織から命を狙われるということです。捕まった人間が組織の秘密情報を吐けば、組織全体が危険にさらされることになります。ヒラムもある容疑でFBIに逮捕された瞬間に味方であった組織のスナイパーに射殺されました。あれだけ組織に貢献した人間でさえ、悲劇的な運命をたどるんです。それをわたしは身近で目撃しました。私自身も同じ運命にありました。娘を9・11から守ろうとした行動が組織に漏れて、組織は殺し屋を送り込んで来ました。幸いわたしはケガで済み、ここでこうして生きております」

 話がマスコミ情報に移っていった。

「組織が接する裏情報というのは、インフォメーションの情報なんかじゃなく、インテリジェンスの情報です。的確な、動かすことが出来ない真実を踏まえた実践的な情報です。いわゆるマスコミという分野でいう情報は、我々からすれば、滓(かす)の塊といっていいでしょう。何の役にも立ちません。かえって邪魔ものです。世の中はマスコミの連中が思っているより、はるかに速く動いています。マスコミが嗅ぎつけた時には、すでに事態はずっと先に進んでおり、マスコミで取り上げられた時には、我々に言わせれば、すでに情報ではなくなっている。そんな情報では我々の活動は機能停止します。裏情報であるインテリジェンスが欠かせないのです。それとは次元の違う話になりますが、マスコミはマスコミで世の中への影響力が絶大です。これにうまく乗っかっているのがG市長に当選して、飛ぶ鳥を落す勢いの皆さんもよくご存じの男です。しかし、彼と支持者が乗っかっている金色の翼のメッキが剥げ落ちたとたんに、マスコミは攻撃を開始します。それがいつのことなのかは今のところわかりませんが・・・・・・」

 ひとりの若者が手を挙げた。

「その裏情報はどのようにして入手するんですか?」

「組織のネットワークの賜物です。組織にはFBIなどのばい菌が紛れ込んでいます。そのばい菌に感染しないように、ネットワークではインテリジェンスを防衛しながら、インテリジェンスを我々のターゲットに向けて、実践的に活用していくのです」

 別の若者が挙手した。

「テロリストといえば、ボクはジャッカルというドゴール・フランス大統領を暗殺しようとした架空のテロリストを思い出します。ジャッカルはドゴールひとりを暗殺するために、照準付きのライフルの射撃訓練だけじゃなく、大英博物館に通い、自分がこれから暗殺するドゴールはどういう人間かということまで詳しく調べた上で暗殺を決行したという風に描かれています。勿論小説の中の話ですから、実際はわかりませんが、テロリストはそこまでターゲットのことを調べるんでしょうか?」

 国吉が頷いた。

「非常に大切なポイントです。たとえ書物の情報であれ、本人にまつわるインテリジェンスが書物の文字の中に潜んでいる可能性があります。小説の中に真実が隠されているなんてことはままあります。それがターゲットをしとめるのに現場で重要な役割を果たすこともありますので、事前のインテリジェンス収集の方法として極めて有効と言えます」

 影丸が遠慮がちに手を挙げた。

「どうぞ!」

 国吉の太い声が室内に響いた。

 影丸は緊張で、顔が赤くなっていた。

「国吉さんは裏の世界で生きて来られました。わたしはおそらくその正反対である表の世界で生きていると思います。両方の世界では価値観が全く逆だと思います。ボクが裏の世界の論理が正しいと言っても、表の世界では絶対に通用しないと思います。そう思うと、国吉さんのおっしゃることを理解し共感しても、表の世界ではただの教養みたいなものとして受け止めるしか出来ないと思うんですが」

影丸はやっとそれだけ言って、頭を下げて座ってしまった。国吉の鋭い眼ににらまれているような気がしていた。

「影丸君、子どもブッシュとイラクのフセインのことを思い出してください。アメリカやイギリスなどはフセインが国内に大量破壊兵器を隠していると宣伝してイラクに多国籍軍を送り、侵略した。そしてフセインを最終的に捕らえて処刑した。一連のことは欧米の『正義』という名で合法化されたが、つまりは一方的な言い分でしょう。敵対したフセインにとっては言いがかりと言っていいのかもしれない。結局お目当てとされた大量破壊兵器はどこにも見つからなかったが、戦争を一方的に仕掛けることでアメリカを敵にしたフセイン政権は倒すことが出来た。それで欧米は目的を達したんです。イラクを握り、傀儡政権を作れば、戦略物資の石油を自由に出来る。本当はそれが欧米の目的だったのではと思います。すなわち、フセインは大量の生物化学兵器をちらつかせて周辺国を脅す非常に危険な人物だという宣伝をして、フセインを倒すことが『正義』と思わせる。そして攻め込んで、処刑した。ところが最初から、目的はイラクの石油だった。アメリカがその後、ソ連が崩壊して雨後の竹の子のように生まれた共和国の政権をアメリカ寄りにして、石油を合法的に奪い取っていく一連のアクションの生贄にされたのがフセインだったということがだんだんわかって来るんです。しかし、忘れてならないのは、フセインには、あるいはイラクには、イスラーム世界の秩序と体制を守るという『正義』があったんです。しかし、それは全く無視された。つまり、勝った者の論理が『正義』になるんです。声の大きい者が勝つ。力の強い者が勝者になる。そして勝者の論理が『正義』になってしまうんです。そう見ていくと、君の言う表の社会が支配すれば、敵は悪魔として葬られる。もしも逆に表の社会がいう裏の社会が世の中を支配すれば、そちらが『正義』になる。『正義』と言うのは事ほど左様に相対的な価値だが、それが絶対的な価値になれば、どちらにしても問題が出て来るんです」

国吉と塾生との質疑応答が活発に続いていた。質疑応答が終わり、国吉はもう少し時間が欲しいと言った。

「皆さん、今日はわたしと一緒にニューヨークで過ごした同志を紹介させてください。北村君です」

 出入り口から北村が姿を現した。おびえたような眼で部屋の中を見渡しながら、ゆっくりとした歩みで国吉の隣に並んだ。緊張が服を着て現れたという感じであった。影丸は俊太郎から聞いていたのとは少し違うイメージを北村に見ていた。

「わたしのせいで、北村君は未だに精神的な疾患を抱えております。そちらの椅子に座らせていただきたい」

 若者たちは北村が用意された椅子に座るのを見つめていた。国吉とのニューヨーク行きが北村の精神的な疾患につながったというのはどういうことなのか。確か日本人会で連絡役を勤めていたと聞いた。テロリストの活動はしていないはずだ。影丸は国吉が話すのを待った。

「北村君は当時大学紛争に関心を示し、わたしの演説をよく聞きにキャンパスにやって来ました。身辺に警察の捜査が迫っていたわたしは、彼を誘い、アメリカに逃亡しました。彼にはテロリストのまねごとをさせるわけにも行かず、ニューヨークにある日本人会の事務局に入ってもらい、わたしと日本との連絡役をやってもらいました」

 北村は落ち着かない様子で、時々背中や腹のあたりを掻くような仕草を繰り返していた。

「わたしを裏切り者として組織が追い始めた頃、北村君は組織の人間に拉致されたんです。当然わたしの居所を吐かせようとしたのでしょう。北村君は組織のプリズンという名の収容所でひどい拷問をうけましたが、決してわたしのことを話しませんでした。その過程で組織の指示どおり動くように人間を改造するマインド・コントロールをかけられましたが、北村君はそれでも指示どおりに動こうとはしなかった。組織は彼を役立たずとみなし、収容所であるプリズンの中に放置していました。そのうちにわたしがFBIとの司法取引に応じたため、その情報が組織の崩壊につながり、北村君は監視員がいなくなったプリズンから辛うじて脱出し、プリズンのあった離れ島で暮らしているのを発見されたんです」

 国吉は北村の様子を横目で見ながらほほ笑んだ。

「ある時新聞で北村君が殺害され、死体が漂流しているという新聞記事を読んで、腰を抜かしたことがあります。結局、その死体は同じプリズンに収容されていた別人とわかり、関係者一同ほっとしたのを覚えています。そういう地獄のような日々のせいで、彼は精神に異常をきたし、わたしに噛み付きかかるというようなこともありましたが、今ではこのように人前にも出られるようになりました。わたしは彼の勇気と忍耐を塾生の君たちと一緒に讃えるため、わざわざ彼にここまで足を運んでもらいました。腐りきった日本を少しでも改革しようと立ち上がった君らの先輩、北村君の労苦に報いるため、彼に熱烈な拍手を送りたいと思います。皆さん、立ってください」

 塾生が立ち上がり、北村に大きな拍手を送った。北村は恥ずかしそうに下を向いていた。

 フリータイムとなり、影丸は国吉に北村と話したいと申し出た。

「直接君と話すのは無理だ。おれが『通訳』する」

 北村は人とコミュニケートする時には、必ず国吉の耳元でささやき、国吉がその内容を相手に伝えるという形をとっていた。影丸と向かい合った北村は顔を隠すように目を避けていた。

「高校生の身で国吉さんとアメリカに行くという決心をされたのは何故ですか。余程の決意が要ったのではないでしょうか」

 北村が国吉の耳元でささやき始めた。国吉が影丸に伝えた。

「当時の世相がそうさせたと思います。問題意識を持った学生らは真剣に日本という国の方向を模索し、考えていました。それは活動家や過激派学生だけじゃありません。一般学生の中にもいました。ベトナム戦争を続けるアメリカ帝国主義に対して、その暴挙を阻止しようという運動は世界的な広がりを見せていました。その一角を担いたいという気持ちが強くなり、国吉さんと共にアメリカに行く決心をしました。両親には心配かけまいと話しませんでした。でも、うすうすわたしのことは気付いていたようでした」

 頷きながら影丸は次の質問に入った。

「国吉さんに対してはどう思われていますか」

 北村の顔が少しゆがみ、身体が一層緊張したような感じだった。余計なことを尋ねてしまったのかも知れん。影丸は後悔した。こうして国吉さんの講演に現れるくらいやから、国吉さんのことを悪くは思ってないはずや。わざわざ聞く質問やなかったんちゃうか? そやけど、口に出した言葉はもう戻らん。影丸は北村の表情を追った。

しばらくのポーズの後で、国吉が北村の言葉を伝えた。

「国吉さんはわたしに渡米のチャンスをくれた方です。敵に捕まり、リンチを受け、気絶してもわたしは彼の居所だけは決して話しませんでした。敵が逃亡し、牢屋からやっとの思いで逃げ出して、命だけは助かりましたが、その凄まじい生活でここがやられたんです」

 北村は頭を指差した。

「ここがやられて、助かった時に見舞いに来てくれた国吉さんに噛み付こうとしたこともあったようです。何故かわかりません。自分が何処かおかしくなったという認識はあります。今では薬物治療だけになりましたが、相変わらず暗いところは苦手で、夜は外に出られません。とにかく不気味で怖いのです。ゾンビがあちこちに居て、近付いて来るんです。悪夢もしょっちゅう見ます。苦しいです」

 国吉は自らの思いを語った。

「おれは彼の言葉を伝えるのが辛い。身が裂かれるような気になる時がある。でもね、おれは北村君を一生ケアいくつもりや。それが同志北村君のこれまでの努力に報いる道や思うてる」

 国吉の眼に涙があふれていた。

 北村がまた耳元でささやいた。

「北村君が君にひとつだけ質問したいと言うてる。それは、君は将来どんなことをしたいかということや」

 影丸の口から答えが飛び出した。

「社会的な弱者を支えていくような仕事をしたいです」

            

      2


 北村が影丸に会いたいと言って来たのは一週間後のことだった。

「影丸君、君は北村に気に入られたらしい。ある意味スゴイことだとおれは思う」

 国吉の太くて低い声が携帯電話の向こうで響いた。

「それは一体?」

「北村が自分から人に会いたいというのはこれが初めてなんや」

「何故北村さんはおれに?」

「それは本人から直接聞いてくれ。これから時間あるか? あるなら住所を言うから、今から来てくれ」

 影丸は北村の家に向かった。国吉も一緒に暮らしているらしい。

 電車を乗り継いで、言われた住所に足を運んだ。そこには豪華な一戸建ての邸宅があった。そびえ立つような高い門柱に北村という大きな表札がかかっている。脇にあるくぐり戸の横のベルを鳴らした。国吉が出た。

「開いているから入って来い」

 戸を開けると、玄関の両脇に背の高い桂の木があり、ハート型の涼しげな葉がたわわに茂っていた。国吉が玄関を開けた。

「よく来た。さあ、中に入って」

 突然大型犬が家の中から、影丸めがけて飛び出して来た。影丸は不意を突かれて、身動きもできず、棒立ちになっていた。

「大丈夫や。カラはでかいけど、やさしい犬や」

 国吉が犬の頭を撫でると、犬は大きな舌で国吉の顔をなめ始めた。

 国吉は犬を座らせて、影丸を手招きした。後に続くと、応接室があった。立派なソファの両側に肘掛のある重厚な椅子が並んでいた。

 影丸は場違いな部屋に入った感じで、眼をキョロキョロさせながら、椅子に座った。今まで経験したことのない座り心地が影丸を包んでいた。

 扉が開いて、奥の部屋から北村が現れた。影丸を認めると、笑みを浮かべて、国吉の耳元にささやいた。

「よく来てくれました。歓迎します」

 国吉が通訳した。北村は次々に国吉の耳元で話していた。国吉が少し待つように言うと、影丸の方を見てほほ笑んだ。

「北村は君に北村のサポートと、おれの塾のアシスタントになってくれないかと頼んでいる。勿論ただ働きやない。フルタイムの専従として雇い入れるそうや。どうや、来てくれるか?」

 影丸は事の展開に圧倒されていた。おれが『社会的弱者』の北村さんを支援していくなんてとんでもない話や。これではまったく逆や。おれが北村さんにサポートされることになるやんか。

「すみません。あまりに急なお話なんで、戸惑っています。少し考える時間をいただけませんか」

 北村がほほ笑みながら頷いた。

          

 影丸はハタと当惑していた。フリーターとして不安定な暮らしを続け、これから一体どんな人生設計があるのかと、あきらめにも似た気持ちをやっと支えて来たところに、フルタイムの仕事の話が転がり込んで来たのである。そりゃあ、ありがたい、飛びつきたいような話や。しかし、即答は出来なかった。心の中にわだかまりがある。それがクリア出来なければ、受けるわけにはいかない。影丸はシュンタローに相談することにした。

 シュンタローは自宅に居た。

「今日はどうしたんや?」

 影丸は一瞬考える素振りを見せたが、相談ごとを口にした。シュンタローはじっと耳を傾けていた。

「そうか。北村さんがそんなことを・・・・・・」

「ボクにとっては願ってもないお話なんです。条件のいい形で、しかもフルタイムで雇っていただけるなんてありがたいことです。このままじゃ、長い人生どうして生きていけるのか、ずっと不安でしたから」

「君がひっかかっているのは何や?」

 シュンタローは影丸の顔を覗き込んだ。

「ボクはこれまでずっと支援して来たある政治家と袂(たもと)を分かったような感じになっています。友達のように政治家が時代の寵児になって広げた金色の翼に、簡単によう乗らんのです。金色にキラキラ輝いているものは確かに美しく見える。だからこそ、みんなが寄っていく。そこに何かいいものがきっとあると思って。でも、ボクは少しひねくれた考えの持ち主です。金色のウラにあるのは本当に本物かどうか自信がないんです。だから慎重になってしまうんです。それで折角のチャンスを逃したことが何度もあります」

「それはわかるけど・・・・・・」

 影丸のなかなか核心にたどりつかない話に、シュンタローは少々困惑していた。

「それで、肝心な点なんですけど、政治家の金色の翼に乗らない自分が、北村さんの、ある意味金色の翼に頼ろうとするのは、自己矛盾を起こしていないかと・・・・・・」

「北村さんの翼も危なっかしいと言いたいのかね?」

 シュンタローが微笑みながら意地悪っぽく言った。

「いや、そうじゃありませんけど・・・・・・」

 シュンタローは影丸の眼を見つめていた。

「それはゼイタクな悩みやな」

「そうでしょうか」

「そらそうだ。君は頭の中で論理立てて考えているつもりや思うけど、誰が君の論理の価値なんて認めると思う? ボクに言わすなら、北村とその政治家それぞれの金色の翼を比べて、片方がよくないから、もうひとつもよくないんやないかなんてことを考えるのは、馬鹿げたことだと言いたい。確実なものが眼の前にあるなら、それをつかんだらどうだ」

 影丸ははっとしたような表情を浮かべた。シュンタローが続けた。

「俺は君が言わなくても、その政治家は誰か知っている。そんなにその政治家とと北村を比べたかったら、比べたらいい。その政治家は影響力の強いマスコミを巧みに利用して政治の世界で暴れている。力強く見えるし、これまでなかなか動かなかった政治の世界にスピードという概念を導入した。こいつについて行けば、きっと今までの世界をどんどん変えられると信じる人が多くいると思う。だけど、君は政治家のそばにいた人間だけに、彼はそれだけには映らない。特にその政治家は大ナタを振るうから、敵を作りやすい。ボクなんか彼がいつか暴漢に襲われる事態が起きやしないかと、いつも心配してる。ある意味命を張って眼につく動きを次々してるんだからスゴイ。だけど、彼は強権的で独りよがりの考えに陥りやすい。民主主義は数と言って、つまりは独裁に走るキライがある。その両面を持った政治家をどう評価するかで、君と友達との違いが生まれる。欠席裁判して彼には申し訳ないけど、おそらくその友達は金色の翼に乗っかってこのまま行けば、自分の幸せは確実に手に入るとでも考えているんだろう。何かにつけて住み辛いニッポンに暮らしてたら、特に若い連中はすぐに効き目がありそうなものに飛びつくのもムリないかも知れん」

 影丸は聞き漏らすまいと耳を傾けていた。

「だけど、君はその政治家がいつまでも今のままでいるとは思えんだろ? すなわち金色の翼のメッキはやがてはハガレ落ちる。そうなれば、取り巻きは翼から転落していく。だがな、北村さんは国吉と一緒にアメリカに行って、死にそうな体験をして精神に異常をきたしたが、幸い生き延びた。そこで培ったのは本当に世の中をよくして行こうとする精神やったとおれは思う。帰国した彼は、親が残した遺産をもとに世直しの実践を始めた。そこには一切の私利私欲はない」

 おれもそう思う。影丸が頷いた。

「もっともその金色政治家と違って、北村さんを取り上げようというマスコミは、まずいない。彼は有名じゃないから。けど、その政治家は有名な時の人というだけで、何かあったり、何かを起こしたりしたら、マスコミで大きく扱われる。いいことならイメージアップだけど、悪いことならとことんイメージダウンになる恐れがある。それが有名人の宿命だな」

影丸は先日講演会で国吉が話したことを思い出していた。

「マスコミの情報なぞ、わたしはそれこそ搾り滓(かす)と思ってはいますが、そこはそれ、マスコミは世の中への影響力が絶大です。しかし、金色の翼のメッキが剥げ落ちたとたんに、マスコミは攻撃を開始します」

 影丸は国吉の言葉を噛みしめていた。シュンタローが続けた。

「影丸君、北村さんからホントに珍しいオファーが来たんだ。君は北村さんに同志として認められた。ここは迷わず受けるべしと思う」

 影丸は安心したように息をついた。

「ありがとうございます。ボクも北村さんのリクエストを受け入れる決心がつきました」

「そうか。そらよかった。もともと北村さんが国吉と行動を共にしてアメリカに渡ったのは、当時の風潮で父親を中心とした家自体が人民を搾取する体制側の末端だという見方があったからだ。そんな父親や家庭に対して、北村君は反逆した。だけど、時が移り、遺産を引き継いでからは、遺産を自分だけのために使うんではなく、国吉がめざしていた世直しや革命を、また違う形で実行するための資金として使おうと思ったんや。なかなか出来ることじゃないと思う」

「そういう意味では、国吉さんの存在も大きいですね」

 シュンタローが大きく頷いた。

「国吉はアメリカから帰る時から、日本で若者を対象にした私塾を開くつもりやった。その頃北村さんの病状はまだまだ不安定だったし、今のようには行かなかったけど、その後北村さんの病状が急速に回復していった。やっぱり北村さんには日本の風土が合ってたんだと思う。そのことも、北村さんが基金を創設して、過激な手段ではなく、自分を育ててくれた日本を良い方向に変えていこうという気持ちにさせたと思う。世界的に見てもすばらしい日本の自然と、そこに住む日本人を磨いていくというイメージだな」

 影丸はシュンタローの話に耳を傾けながら、北村の澄んだ瞳を思い浮かべていた。とにかく北村のところで働いてみよう。そして自分をもう一度見つめ直してみよう。影丸はそう心に決めた。

                                      完

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革命幻想 安江俊明 @tyty

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