ムロ無
@yuza
きっかけ
できれば,消えてなくなりたかった.誰もいない,どこか遠くへ行きたかった.やることは単純だった.ガムテープで隙間を埋めて,ガス栓とコンロのあれ(火をつけるときに回すところ,なんていうんだろう)をひねるだけで済んだ.隣近所が異臭に駆けつけ,運悪く生き残った挙句,大家に修繕費をどやされ,金もなく,ならばあるところからもらってくればいいというのは自然な発想だった.できる限りの入念な計画と,ある程度の下調べに基づけば,どうにかこうにか金を工面できるはずだった.
「お前にさえ見つからなければ」
なるべくの憎しみをこめて彼女を睨んだ.机の脚と手錠でつながれ,床にあぐら,脱出芸は計画に入っていなかったので,そうする他になかった.しかし,私をこんな状況に追いやった彼女は,携帯電話に夢中で,この状況にいかなる興味も失っているようだった.
憎しみ疲れ,落胆するも,ここで捕まってしまったということは,しばらく金の工面は必要ないのでは,なぜなら牢屋暮らしになるからだ,とよくわからない安堵をした.
「そろそろ」
彼女が言った.彼女の言葉に僕が顔を上げると,彼女はこちらを一瞥し,僕の真正面にある扉に視線をやった.額を汗が伝うのを感じた.
黒い防護服に身をまとった警官隊が一斉に突入してきた.そのあまりの迫力にああ,これまでかと思った僕だったが,次の瞬間には唖然とした.なぜなら,警官隊は彼女を取り囲み,銃口を彼女に向けていたからだ.
「ちょっ…違…」
彼女の声ととられた読者がおられるかもしれないが,正真正銘,僕の声だ.少しだけ理解を超えた状況に言葉があふれてしまったためである.
彼女がゆっくりと手を挙げた.
ムロ無 @yuza
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