第4話 自衛官、襲撃される



結論から言うと、結城の判断は間違っていた。

あるいは戦争に身を置きたく無いという思いが判断を鈍らせたのかもしれない。

とにかく結城たちを目覚めさせたのは清々しい朝日ではなく、端末からの警報音であった。


警戒レベルは1、モニタにはunknownを示す複数の点が映し出されている。

結城があわてて起き上がりあたりを見回した。



『気をつけろ、侵入者がいるようだ』



そう告げるオーリャは臨戦態勢を整えており、レーナに防弾チョッキを着せているところである。結城は慌てて自身の装備を整えた。



『結城、敵の構成は分かるか?』


『え?ええ、分かります』



そういって結城は手元の端末をすばやく操作しする。

元々日常のメンテナンスで使用している端末である。

緊張下であってもその動作に一片の淀みも無い。



『アサルトライフルを持っている敵が9人。ハンドガンが14人。手榴弾などサブウェポンの数は不明です』


『ASや戦車の類はいないんだな?』


『周囲1km圏内に該当する熱源、振動源はありません。引き続きパッシブセンサーによる警戒を続けます』



本来は技術要員である結城だが、有事に備えて一通りの訓練は受けている。

普段メンテナンスをしている泊地の設備であれば手足のように扱うことができるのだ。



『よし、整備場へ入られる前にASに搭乗してやつらを追い払おう』


『りょ・・・了解』



オーリャに気圧されて結城が答える。

一応、結城のほうが階級も年齢も上なのだが、戦闘時の判断においてはオーリャの方が圧倒的に上である。



(女の子にこき使われる30才手前のおっさんって情けないな)



気落ちしている暇は無い。結城は気持ちを切り替えてASの方へと向かった。







結城たちの行動には2つの誤算があった。

ひとつは侵入者の移動が思いの外早く、ASまでたどり着けなかったこと。

もうひとつはいきなり整備場の中へ火炎瓶を投げ込まれたことだ。


おそらく泊地が無人だと判断して明り取りの為に投げたのだろう。

なんとも乱暴な話である。


さらに運の悪いことに火災を検知して整備場の消火設備が作動してしまった。

すぐさまスプリンクラーが作動し火を消し止めると共に非常灯が点灯し、結城たちの姿を照らす結果となった。



『к чёрту!(くそったっれ!)』



あまり綺麗ではないロシア語を叫びながら、オーリャはレーナを庇いつつ宿泊所へと引き返した。結城も慌てて追いかける。

後ろからは侵入者達がロシア語で何か叫びながら発砲している。



宿泊所へ駆け込みしばらくすると侵入者からの発砲は止まった。

代わりにリーダーと思われる人物が何かを叫んでいる。


ロシア語なので意味は判らないが、オーリャが顔を真っ赤にしながら鬼の形相で言い返している所を見ると、真っ当な呼びかけでは無いのだろう。


数回のやり取りの後、均衡が崩れた。

業を煮やしたオーリャが発砲を開始したのだ。

すぐさま侵入者達も撃ち返してくる。


善戦はしているものの数に押し切られるのは時間の問題だ。



『お前も軍人ならハンドガンの一発でも打ち返せっ!』


『自衛官は軍人じゃないっ!!』


思わず叫び返した結城をオーリャはさらに叱責する。


『何だっていい。死にたくなければ反撃しろ』



そんな事は結城も分かっている。

オーリャの顔は死よりも恐ろしい恐怖に怯えているし、

レーナにいたっては顔を強張らせ今にも気を失いそうだ。


反撃するなら今しかない。

結城は覚悟を決めて手元の端末を開いた。



元々、電子戦は日本の得意分野である。96式にも各種センサや自動操作を可能とするソフトウェアが組み込まれていた。どちらもECSを駆使したAS戦闘ではたいした役に立たないが、対人戦闘となれば話は別である。

結城は96式と整備場管理システムのコントロールを自分の端末へと移した。



続けて結城は端末からインタラクティブ・スクリプター(対話型スクリプト記述言語)、通称ISCを起動する。ISCは第三世代ASの制御システムから流用された技術である。

AS戦闘においてはパイロットの音声に応じてGPLや各種センサを制御するが、結城がこれから制御するのは整備場の設備と96式の自動操作システムだ。



<96式1号機から3号機をサイレントモードで起動>

<96式の射撃管制装置システムを整備場管理システムにスレーブで接続>

<射撃の優先順位として対テロリスト用標準設定を読み込み>

<防衛拠点を整備場簡易宿泊施設に設定>


『おい結城、大丈夫か?』



周りから見れば突然端末を開いたと思ったら意味の判らない独り言を延々と繰り返しているだけである。恐怖で頭がおかしくなったと勘違いされても文句は言えない。



『大丈夫、ここは自分が何とかします。オーリャさんはできるだけ時間を稼いでください』


『りょ・・・了解』



先程とは逆にオーリャの方があっけにとられながら応じる。

だが結城の自信を感じ取ったのか、その顔から恐怖の色は消えていた。



<整備システムの安全装置をすべて解除>

<搬送用クレーンは適当な資材を宿泊所へ近い侵入者へ優先的に落下>

<角度可変照明の出力を最大、侵入者をランダムに選択して照射>

<消火用放水ポンプの水圧を最大、96式の死角へいる侵入者へ放水>



結城は端末へ次々とスクリプト(連続したコマンドや設定の組み合わせ)を流し込んでいく。数分で侵入者の迎撃システムが完成していた。

後は右手の位置にある『Enter』キーを押し込めばすべてのスクリプトが作動する。


---押せない


今まで何度となく押してきた『Enter』キーが押せない。



『どうした、まだ完成しないのか?』


オーリャの顔に再びあせりの色が浮かぶ。

おそらく残弾が少ないのだろう。


結城は端末の画面を見る。

テロリストは反撃の手が弱まった事に気づいたのか、じわじわと進軍してくる。

これ以上宿泊所へ近づかれたら反撃も成り立たなくなってしまう。


(今しかない)


結城は『Enter』キーを強く押し込んだ。



(頼むから反撃しないでくれ)

結城は心からそう願っていた。

対テロリスト用標準設定では戦闘行為を放棄したテロリストに対しては優先的な発砲をしない様になっている。


しかし一方で状況に応じて冷静に端末を操作する結城がいた。

スクリプトの動作状況を逐一監視し、機械では判断できない微妙なパラメータを変更する。


侵入者の位置を表す赤い点が一つ減り、二つ減り・・・気づけば10分を待たずに23個の赤い点はすべて消えていた。







最初、結城は自分が何をしたのかよく分からなかった。

結城本人は端末にスクリプトを書き込み、『Enter』キーを押しただけである。銃を撃つ反動も人が肉片に変わる瞬間も目撃していない。


だから人を殺した感触は無かった。無かったと思いたかった。

実はこれはいつもの訓練で、端末上の死者数は表示上の問題なのではないかと思いたかった。



『やるじゃないか。自衛隊は戦えないものだと思っていたが、なかなかの実力だ』


オーリャの声が聞こえる。

心から結城を褒め称えているようだ。



『ありがとうございます。助かりました』


レーナの声が聞こえる。

危機を脱して安心したのだろう。



二人に釣られるように結城は宿泊所の外へと目を向けた。

そこには自分が想像したとおりの光景が広がっていた。

水にまみれ資材の散乱する格納庫、飛び散った肉片。自分が書き込んだスクリプトの通りに機械は動いてくれた。


罪悪感とも嫌悪感とも知れない感情が結城の胸の奥から沸きあがってくる。


『さすがは日本のエンジニアだな』


その一言を聞いたとき、結城は我慢ができなくなった。



---盛大に吐いた



胃の内容物をすべて出し切っても嗚咽がとまらない。


『大丈夫か?』『大丈夫ですか?』そう問いかける声に答えることもできない。


明智結城、人を撃ち殺したのは始めての経験である。

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