フルメタル・パニック!エスケープ

にわか

第1話 自衛官、シベリア送りになる


7月、シベリアを縦にに貫く川沿いを5台のトラックが走り抜けていた。

側面にはマイナーな引越し業者のロゴが描かれている。

オフィスの引越しか一族総出の大移動だろう、とすれ違う車は思うだろう。

しかし注意力のある人間が運転手の顔を見たとすれば、若干の違和感を覚えるかもしれない。

その目つきは長距離運転手のそれでは無く、まるで何かを警戒しているようにも見える。

真ん中を走るトラックには運転手のほかに二人の少女が乗っていた。

一人は12~13歳ほどに見える小柄な体系で不安そうに顔を伏せている。


もう一人は18歳ほどの少女で運転手と同じ鋭い目つきをしている。

しかし小柄な方に話しかけるときだけは表情が緩むようで、少女の不安を少しでも和らげるように声をかけている。


『レーナ様、もう少しの辛抱です。ハカスまで行けば当面の安全を確保できます』


『ごめんなさい。私のためにここまでしてもらって』


『気にしないでください、あなたは特別ですから』


(もし特別で無かったら助けてくれないのか?)

小柄な少女はふと考えたが口に出すことは無かった。

変わりに『ありがとう』とだけ答えて力なく微笑みを返す。



同じ頃、シベリア連邦地区ハカス共和国の郊外に自衛隊の部隊が展開していた。

1ヶ月前に発生した大規模火災による被災者に人道的支援を行うためだと公式には発表されている。

実際にはカザフスタン方面の偵察ではないかとの噂もささやかれているが真偽は判らない。

少なくとも一兵卒である明智結城には極秘任務なるものは聞かされていない。


結城はASの整備要因として派遣されている。

ASと言っても最新機ではなく第2世代に分類される国産の96式である。

有明事件では3機がスクランブル発進したにもかかわらず、一瞬で撃墜されると言う苦い過去を持つ。

第一線での戦いで使うには見劣りするが、テロリストへの警戒を目的とするのであれば十分実用的として配備されている。


『明智技術1尉、整備の調子はどうか?』


『必要と判断した箇所はすべて修復しました。いつでも運用できます』


『うむ、整備記録の提出を持って交代とする。十分な休息を取るように』


『了解しました』


そう答えた結城は残っていた作業を終わらせ、事務所へと移動した。

他の支援要員は災害現場へ展開しているため、いるのは結城と非番のAS要員だけである。


整備記録を書き終え休憩に入ろうとしたその時、突如泊地内に警報が鳴り響いた。

緊急事態による防衛配備を示す内容である。

持ち場である整備場へと移動すると、そこには先ほどの上官がいた。



『近くでテロリストが民間人を襲っているようだ。所属不明のASを確認したとの報告もある。我々はAS部隊で救助に向かうから、非戦闘員は泊地で専守防衛に努めるように』

『3佐殿、失礼ながら96式でAS戦闘を挑むのは無謀かと考えます。無理に戦地へ向かわない方が良いのではないでしょうか』


『いや96式は使わない。こちらには隠し玉があるんだ』


そう言って3佐が目を向けた方向では96式ではない別の機体が戦闘準備に入っていた。

(あれはM9?)


結城の記憶に間違いが無ければ、その機体は米軍が開発しているM9である。

ただしEMD(技術製造開発)の段階であったはずだ。

実戦配備されたという話は聞いていない。


(試作機か?でもなぜそんな物が自衛隊の倉庫から)



『詳しい内容を説明することはできない。だがここにいれば安ぜ・・・』


3佐がその言葉を言い切ることはできなかった。

泊地へと打ち込まれた砲弾が事務所を直撃し、辺りを轟音が包んだからだ。


『くそっ!こちらの存在に気が付いたか』

『明智技術1尉、状況が変わった。速やかに96式へ搭乗し物陰に隠れているんだ』

『間違っても戦闘行為に参加しようとは思うな』


『りょ、了解しました』


事態が飲み込めないまま、結城は96式へと搭乗した。

最低限の訓練は受けているため、問題なくシステムを起動し物陰へと隠れることができる。


コックピット内で身構えているとM9と思われる機体から通信が入った。

3佐からだが所属が不明になっている。


『明智技術1尉、もし私が6時間以内に戻らなかった場合はこのファイル内容を確認し指示に従うように。お前の生体認証でロックを解除できるようにしておいた』


通信と同時に暗号化されたファイルが機体のコンピュータへ送られてきた。

詳しくはこれを読めと言うことらしい。

それでは幸運を祈る、とだけ告げて3佐と数機のASからなる部隊が泊地を離れていった。


どれほどの時間が過ぎただろうか、用心のために展開していた96式のセンサーに熱源を示す信号が近づいてきた。

どうやら人間二人のようである。


結城は熱源部分を拡大し観察を続けた。

小柄な影が一人とさらに小柄な影が一人。

動きを見ると小さい方は足を負傷しているようだ。


(民間人なら救助する必要があるし、テロリストなら・・・)


『テロリストならどうする?』


思わず口に出してつぶやいた。

負傷し戦闘意思が無ければ捕虜として国際法に基づいた扱いをする。


『もし戦闘意思が有れば?』


レバーを握る手に力が入る。


(いや、相手は負傷しているし目立った武器も無い。ASで武装解除を要求すれば応じるはずだ)


結城は考えをまとめて(実際にはまとまっていないが)ASを前に進めた。

どうやら相手も気が付いたようだ。

小柄な影がさらに小柄な方をかばう様に移動する。


ハンドガンを構えながら何か叫んでいる。

スピーカー越しに声は聞こえるが意味が伝わらない。

どうやらロシア語のようだ。


(銃を構えていると言うことはテロリストか?それにこの声は・・・)


スピーカーから聞こえてくる声はまだ大人に成り切れない年齢の女の声に聞こえる。

もっともテロリストに年齢や性別は関係ないが。


『Freeze!(動くな)Drop your weapons!(武器を捨てろ)』


結城はマイク越しにこちらの要求を伝える。

しかし帰ってきた答えは結城の予想をはるかに超えていた。



『お前は日本人か?武器を持っているなら自衛隊だな。ならば負傷した民間人の保護を要請したい』



第一話 ここまで



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