第3話 自衛官、言語の違いに戸惑う
次の行動が決まったところで結城はかねてからの疑問を思い出した。
『ところでいくつか質問があります。テロリストの襲撃を受けたとき、EMD(技術製造開発)であるはずのM9を目撃しました。あれはいったい何なのですか?』
『あれは認定用試作機として入手したM9<ガーンズバック>のオリジナル・ガーンズ仕様だ。人道支援任務に併せて性能試験をするため極秘に配備していたものだ。PMCのテストパイロット込みでな』
モニタ越しに聞こえる上層部の声から真相をうかがい知ることはできなかった。
ただ性能試験をするだけであればわざわざリベリアの僻地へ配備する必要は無いのではないか、とも思った。
しかし結城が確認したかったのはそんな事ではない。
続けて質問をぶつける。
『テロリストを迎え撃つために出撃したパイロットはその後どうなりましたか?』
上層部の顔色は変わらない。
代わりにマオと名乗った女性が答えた。
『残念ながら消息はつかめていないわ』
『そう、ですか・・・』
戦闘後に消息不明。それが何を意味するのかは火を見るよりも明らかだ。
シベリアへ来てからとは言え、苦楽を共にした同僚が死んだという事実は簡単に受け入れられるものではない。
『心配しなくても、まだ死んだと決まった訳じゃないわ。彼らもプロフェッショナルだもの。簡単には死なないわよ』
マオが心の底からそう思っているのか、あるいは結城を安心させるために言ったのかは分からなかった。
だがその一言で結城の心が少し軽くなったのは確かである。
その後、具体的な輸送経路や武器、戦闘行為の扱いについての取り決めを確認し、結城は通信を終了した。
『それではよろしくお願いします。えーっと・・・』
振り返り名前を呼ぼうとして結城は困った。
直前の通信の中で二人の名前が”オーリャ”と”レーナ”であることは確認している。
シベリアへ来る前に受けた研修の中でロシア語の敬称には父称(父親の名前)を知っている必要があると学んだ。語尾を少し間違えると侮蔑的な呼び名になってしまう事も。
(まずい、初対面で敬称を付けないばかりか侮蔑的な呼び方をしてしまったら大変失礼に当たる。何とか切り抜けないと)
まずは自分から自己紹介するか、もしくは英語風にMissをつけて誤魔化そうかと考えているところにクスクスと言う控えめな笑い声が聞こえた。
小柄な方、レーナと呼ばれていた少女が口に手を当てて笑っている。
『ごめんなさい、今まで緊張しっぱなしだったものでつい』
驚くべき事にレーナも日本語を話していた。
しかもオーリャよりも流暢な日本語である。
セミロングの髪が笑い声に合わせて揺れるのがかわいらしい。
『私達の呼び名で困っているのですよね?』
『私の名前はエレーナ・アレクセーエヴィナ・アントーノフ。レーナと呼んでください』
『失礼しました。自分の名前は明智結城、自衛官です。日本語がお上手なのですね。もしかして日本に住んでいたことがあるのですか?』
『いえ、そう言う訳では無いのですが・・・』
レーナの顔がわずかに曇る。
それを庇う様にオーリャが会話に割り込んできた。
『この娘は特別なんだ。ちなみに私の名前はオリガ・ユウテェヴナ・コルチャーク。父親が日本人だから多少は日本語が話せる。呼ぶときはオーリャでいい』
オーリャはまくし立てるように迫ってきた。
その顔には妹を守る姉、もしくは子を守る母親の表情が浮かんでいる。
同時にレーナの方には悲しむような表情が浮かんだが、その事に気付く者はいなかった。
『よ、よろしくお願いします。オーリャさん、レーナさん。それでは宿舎のほうへ案内しますね』
思わず日本風に『~さん』の敬称をつけてしまったが、二人は何も言わなかった。
愛称+敬称という『○かなクンさん』に近い呼び名ではあるが、お互いの言語事情を知っていれば不快に思うほどのものではない。
結城は整備場に併設している簡易宿泊所へと二人を案内した。
最初はもっと環境の良い事務所の宿舎へと案内するつもりだったが、オーリャに断られてしまったのだ。
曰く、テロリストの襲撃を考えるともっとも堅牢で武器に近い場所に寝泊りするのが一番安全らしい。
言われてみて、結城はなるほどと思った。
少なくともこの場所は一度テロリストの襲撃を受けている。
次に襲撃を受けないとも限らない。
そういった意味で整備場は堅牢であり、武器を管理していることもあって対侵入者用のセンサ類や自動迎撃システムも万全である。
結城たち三人は寝具や必要な食料を簡易宿泊所へと運び、それぞれ眠りについた。
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