第5話 自衛官、秘密を打ち明けられる

テロリストの襲撃を受けた翌日、結城たちはピックアップポイントへ移動する準備を進めていた。目的地はハカス共和国から東へ2000km、おおよそ函館から福岡までに相当する距離だ。


今はAS輸送用のコンテナトラックに96式と装備一式を詰め込んでいる。

一通りの作業を終えたところでレーナが話しかけてきた。



『あの、お体はもう大丈夫ですか?』



どうやら昨晩の一軒を気にしているようだ。テロリストを全滅させたと思ったら盛大に吐いたのだから、心配するのも当然だろう。



『昨日は心配をお掛けしました。自分はもう大丈夫です』


『そうですか、あまり無理をなさらないでくださいね』



ありがとうございます、と答える結城をレーナは心配そうに見つめている。


(気まずいなぁ・・・何とか話題を変えないと)


そう思った結城は昨晩から気になっていた事を思い出した。



『レーナさん、昨日言っていた(特別)と言うのはどういう意味ですか?』


『それは・・・』



レーナが言いよどんでいる所にオーリャが割り込んでくる。



『それ以上は機密事項だ、余計な詮索をしないでいただきたい』


さらに気まずい空気になりかけた所へ、レーナが言葉を続ける。


『いえ、話させてください。今後の事を考えると結城さんにも事実を知っておいてもらった方が良いと思いますので』


『レーナ様・・・分かりました』



オーリャは渋々納得したようだ。

一歩下がってレーナの発言を促す。



『結城さん、あなたはここ数年の技術進歩について何か感じることはありませんか?』


結城は自分が防衛大学へ入学した頃を思い出す。

当時コンピュータと言えばCUIで動かす8Bit系OSが主流でGUIを搭載した16Bit系OSが次世代型と言われていた時代である。


それが湾岸戦争に前後して初期のECSを搭載したM6が開発され、1998年にはパラジウムリアクターやマッスル・パッケージと言った、現行の第三世代ASにつながる技術が確立されていた。


その急激な技術革新により『火の発明、文字の発明に続く人類史上最大の技術革新だ』等と言われていたくらいである。



『人類に技術革新をもたらした存在。それがささやかれし者<ウィスパード>と呼ばれる存在です』


『私も<ウィスパード>の素質があると言われて研究所へ連れてこられました。ですが、私は本物の<ウィスパード>では無かったんです』



ささやかれし者<ウィスパード>について、正確な背景を理解している人間はごく僅かだ。思春期の少年少女に具現化する力だとか、極度の負荷をかけられた時に人間が発揮する底力だとか、様々な推測の元で研究が進められていた。

一部の研究所では、もはや理論立った推測とは言えない妄想に取り付かれて研究が進められていたとも言う。


目を伏せ次の言葉を探しているレーナを庇うようにオーリャが話を続けた。



『<ウィスパード>では無いとすぐに分かった訳ではない。当時から負荷をかけたり薬物を投与する事で能力が発現すると言う報告も上がっていたからな』



聞けばレーナがいた研究所でも<ウィスパード>の能力を発現させるために薬物の投与が行われていたらしい。他の非人道的な研究所に比べれば、まだましなレベルだがそれでも体への負担は計り知れない。



『結城さん、あなたは私が今何歳だと思いますか?』



結城は戸惑った。見かけの年齢はせいぜい15、6歳だが、口調から考えるとその答えは間違いだろう。



『私は今年で24歳になります。こう見えてオーリャよりも年上なんですよ』



レーナはそういうと再び顔を伏せた。

薬物による記憶力と計算速度の強化。

副作用としての成長ホルモン異常。

それがレーナに施された研究の成果である。



『記憶力と計算速度は薬で強化できました。ですが性格のためかいつも悪い方にばかり考えが向いてしまって・・・』



レーナいわく、だから自分は<本物のウィスパード>ではないらしい。

記憶力と違って判断力を薬で強化することは難しい。座学で判断基準を学んでもそれを組み合わせて運用するには自身の経験が必要だからだ。

それこそ他人の経験をささやかれでもしない限り、判断力を強化することはできない。



『それでも<ウィスパード>に関する研究が順調な間は良かった。だが2000年頃を境に状況がさらに悪化したんだ』



2000年と言えばアフガンのミサイル基地から西太平洋の無人島めがけて核ミサイルが発射される事件があった頃だ。

第三次世界大戦が勃発すると結城も覚悟を決めていたが、ぎりぎりの所で戦争が回避され、胸を撫で下ろした記憶がある。



『その事件以来、<ウィスパード>としての能力を発現していた人間までもがささやきを聞くことが無くなった。何の前触れも無く突然な』



研究対象がいっせいに能力を失う。そのことが何を意味するのか技術者である結城は十分に理解できた。研究者はまず(なぜ能力が失われたのか)を考えるだろう。そして次に(どうすれば再び能力を発現させることができるか)を考えるはずだ。


それは推定・推論が妄想へ変わる瞬間である。

結城は昨晩と同じ不快な感じが腹の底から沸き上がるのを感じた。



第五話 ここまで

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フルメタル・パニック!エスケープ にわか @niwaka

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