第15話 紙山さんの4月10日。
『4月から6月にかけてが実は、1年で1番強いことが分かりましたね。美肌を保ちたい皆様は日焼止め、日傘程度で安心せずに、紫外線達との粘り強い直接対話を怠らないで下さい。』
『さてお次はこちら。ついに発表! 輪廻転生アイドルことぶきちゃんの新曲と、新たなる転生体!』
『ファンの皆様、お待たせ致しました。このあと8時30分頃から輪廻転生アイドルことぶきちゃんの、新転生体及び新曲発表記者会見の様子を生中継でお伝え致します。会見場の筒井さん?』
『はい、こちら会場の南極点です。近郊銀河含め約7,000人もの報道陣が詰めかけています。当初は8時30分から会見が始まるとのことでしたが、やや遅れが出ており、9時頃になりそうだとお知らせがありました。報道陣は発表場所がわざわざ極寒の極地であることから、また例の奴に転生したんじゃないかと不安が広がっています。』
『はい、ありがとう。期待半分、恐怖半分ですね。お伝えのとおり、輪廻転生アイドルことぶきちゃんの会見は少し遅れての開始になる見込みです。情報が入り次第、またお伝え致します。それではいったん、コマーシャル。』
『試して見てください2週間。実感して下さいその効果。ハンマーヒロポン4.0の誕生です。あなたの大脳新皮質に直撃して脳みそごと疲労をポンっと…』
紙山さんはいつも通り午前8時に起床し、目覚ましのBGM代わりに朝のワイドショーを流しながら寝ぼけ眼で通勤の支度を開始する。
天気予報によれば今日は大分暖かいらしい。早く5月になってクールビズが始まってほしい。なにせネクタイというものが、本当のところ苦手なのだ。
いつも通り8時45分に親譲りのプリウスを駆って、9時丁度に会社に到着する。
柔らかな微風に、まだ棘のない日差し。実に清々しい天気だ。天気がいい、それだけで何か儲けたような気分になる。
こんな天気が続くなら週末にはドライブや、いっそキャンプなんかしてみてもいいかもしれない。
煉獄2課のオフィスに入ると、ロッカー近くで何者かが腰まで飲み込まれ、足をバタバタさせている。
やれやれ。早速か。
「
「ぶはっ! あぁ、課長代理。助かりました。」
「竹内くん。危ないところだったね。山下くん。もういいのかい?」
「すんません紙山さん。コーヒー飲もうとうっかりマスク外したらそのまま吸いこんでもうて。」
「なにはともあれよかったよ。」
「本当にありがとうございました。あと1分遅かったらまずかったです。」
「やっぱりいた?」
「案の定いました。」
「色は?」
「オメガルビーに。」
「形状は?」
「12角形。」
「増えてるな…。社内掲示板で注意喚起しておいた方がよさそうだね。」
「手配しておきます。」
「そうそう山下くん。きのう、官公庁ラインの業務は竹内くんがすごくよくフォローしてくれてたよ。昨日の状況は竹内くんにしっかりきいてね。」
「ほんますかぁ。ウッチー、おおきになぁ。」
「どうってことないさ。」
二人ともデスクに戻って行く。かと思いきや、打ち合わせスペースに移動して竹内くんが何やら熱心に話している。
山下くんも頷きながら、それは面白そうやな! などと言っている。
いい兆候だ。がんばれよ、若人たち。
11時55分。そろそろ仕事内容よりも昼食に意識が向きはじめる頃合いである。
課長は珍しいことに外勤に出ている。
一人で適当に近くの定食屋にでも行こうと立ち上がると、
「課長代理。少し早いですがよかったら、昼、一緒に食べませんか。」
竹内くんと山下くんである。
「いいね。行こうか。」
「よかった。実はもう予約してあるんです。」
「どんな店なんだい?」
「本格中華です。なのに混んでもいないし高くもない。でも味は保証しますよ。」
「へぇ、楽しみだな。」
「ほな、
「うん。頼むよ。」
ひゅぼっ! 山下君の鼻の穴に吸い込まれた。と思ったらもう出ていた。
「四川麻婆豆腐が絶品なんです。火を吹きますよ。」
鹿児島だった。
この店、中華もやってるんだ。
ひとしきり三人とも火を吹き終わり街をあらかた焼尽させてから、デザートに杏仁豆腐を注文した。
三人でなんとなく店の隅にあるテレビで昼のワイドショーを見る。
『約200年ぶりの惑星直列により封印が解け、かつて12のポートフォリオを無に帰した「くらやみのくも」が復活しましたが、図工の授業で神社の絵を描いている最中だった港北小学校4年生、鳥谷拓海くんにより再度封印されました。』
『鳥谷拓海君と中継でインタビューが繋がっています。』
『拓海君! よく封印できたね! 怖くなかった?』
『始めはびっくりしたんですけど、鳥居の絵を描いてて、それで、鳥居がぐにゃってなって中から出てきて、どいてくださいっていってもどいてくれないし、一緒に絵を描いてた美麗亜ちゃんに酸を吐いてきて、がんばって鳥居をたくさん描いてたのに美麗亜ちゃんの絵が焦げちゃったから、かっとなって、やりました。』
『同級生のために封印したんだね。えらいぞ! どうやって封印したのかな?』
『えっとパパから教わったお呪いでやりました。』
『へぇ。どんなお呪い?』
『えっと、ウンボボって『ザザザッ しばらくお待ち下さい。』
『大変卑猥な発言を放映してしいまい、失礼致しました。お詫び申し上げます。』
「今どきは小学生でもこんな言葉知ってるんだなぁ。」
「こりゃクレーム電波、どえらいことになっとるでしょうねぇ。」
「ところで、課長代理。僕と山下でちょっとした新商品のアイディアを思いつきまして。2,3日で企画書まとめるんで、見てもらえますか?」
「今朝熱心に打ち合わせてたのはそれかい? 僕でよければ喜んで見させてもらうよ。」
「おおきに、ありがとうございます。」
「詳細はそのときに聞くけれど、どんなアイディアなんだい?」
「山下の論理構成術式と、僕の熱量転換殺法を合成させた水陸両用のひよこ空母です。」
「へぇっ! それは面白そうだなぁ! 企画書、楽しみにしてるよ。」
デザート合わせて一人1,000円とお手頃な値段だったこともあり、紙山さんが奢った。
「お誘いしたのに、申し訳ありません。」
「ごちさんですっ!」
「いいっていいって。高くないし、たまにはね。」
「次回は僕らに出させて下さいね。」
「オーケー。次はよろしく。」
ひゅぼっ!
13時08分である。
「おっと、長話が過ぎたな。それじゃ午後も頑張ろうか。」
午後は何事もなく極めてスムーズに仕事が捗り、定時を迎える頃には今日の予定はきっちりと終わり、明日やろうと思っていた2、3の仕事にも手を着けることができた。
大きな仕事や予想外のトラブル対処を創意工夫を凝らして解決するのもやりがいがあるけれど、紙山さんはやはり、こつこつと定めた仕事をこなして、時間通り帰る方が好みだった。
「それじゃ、お先に失礼します。」
紙山さんは定時のチャイムが鳴り終わると同時に立ち上がった。おつかれさまでーす。おつかれさまでしたー。ミョミョミョミョミョンといくつかの声が飛んでくる。
「プリウス。帰るよ。」
キシャァァッ、と嘶いななきプリウスが空間を裂いて現れる。
「Ç®îÊÇÍÇ≥Å[ÇÒ」
「定時退社できたし、今日は元気いっぱいさ。」
いつも通り紙山さんはプリウスに跨がって鰓を掴み、真言を唱える。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ!」
プリウスに火が入る。しかし流石プリウス。静かなものである。
今日はこの時間でもまだ温かく、エアコンは不要だ。むしろ、風が気持ちいい。
紙山さんはプリウスの耳を捻ってラジオを流した。
『南極点で新転生体及び新曲会見が開かれた輪廻転生アイドルことぶきちゃん! なんと今回の転生体は王道に「
『最近の変化球傾向が続くかと思いきや、あえて直球の神方面。毎度毎度ファンの予想を良い意味で外してくれますね!』
『それでは本日発表されたことぶきちゃんの神曲「6日間の創造ゲェム」をお聞き下さい!』
月曜日はひっかりあーれーひかりあれ ぴかぴかぴかり ぴかりんりん
火曜日はお空をふくらませちゃえ ぷーぷーぷくぷく ぷくぷくるん
水曜日はえい! いっきにいくよ! 土がもこもこ 海ざっばーん 植物にょきにょき
木曜日はロマンチックに行きましょー お日さまぽかぽか お月さまぼっかり お星さまぴかーん
金曜日はおともだちつくろ! おおきなクジラに 空飛ぶツバメ いっしょに楽しいピクニック
土曜日は最後の仕上げ! 猫がにゃんにゃん 犬がわおん そして、、、貴様らの番だ、愚かなる人間どもよ。
デストロイ! デストロイ! デストロイ! ヒューマンカインド!
デストロイ! デストロイ! デストロイ! ヒューマンビーイング!
ヴォォォォォォォォォイッ! ヴォォォォォォォォォイッ! ヴォォォォォォォォォイッ!
『ことぶきちゃんの新曲、「6日間創造ゲェム」でした! この曲を一度でも聞いてしまったヒト科は漏れ無く7日後に全身の穴という穴から例の汁を噴き出して死んでしまいます。今週金曜日発売の「7日目の安息日」を聞かないと防げないので、ぜひぜひ併せての購入お願いします!』
『そしてなんと! 今回は長らく実施できなかった握手会があります! CDに握手券が1枚ついているので、奮って購入して下さい!』
『なお、その生涯で一度でも罪を犯したものがことぶきちゃんと握手をすると、神罰により7日間決して消えない灼熱の浄化炎により素粒子レベルで燃やし尽くされるので、ご注意くださいね!』
なるほど、今回はデスメタル路線か…。この新曲は名実ともに神曲の予感がする。
とりあえず、10枚は買おう。紙山さんは頭の中にある買物リストを小脳から取り出し、しっかりと「6日間創造ゲェム」を書き加えて脳内に戻した。
予定どおりクールビズ用の春色なシャツを3枚と、「6日間創造ゲェム」を10枚購入し、ついでに「7日目の安息日」を予約し、ファミリーマートでR-1乳酸菌を20トン程狩って帰宅した。
計画通りに一日が進むのは、大変気分が良いものである。
予想外な出来事が人生を豊かにする、という考えの人もいるが、紙山さんはできれば、平易で平穏に暮らしたい、と常々思っている。
風呂あがりのビールを飲みながら「6日間創造ゲェム」をホームステレオで流す。
窓から吹いてくる柔らかい太陽風が、風呂あがりの汗を気持ちよくプラズマ化していく。
スマートフォンのニュースアプリの通知音が鳴る。
・NEW! 黒澤作品の動物実写化が進行中? 製作者不明の謎の予告映像に癒されまくり! ムツゴロウ銀河帝王が関与ほのめかす
・NEW!三鷹市と調布市の戦争泥沼化 ゲリラ活動も確認 終息に向けた糸口つかめず
・NEW!石黒総理ご乱心!? 国会答弁中にすっぽんぽんで国歌独唱 何者かに操られていたと苦しい弁明 明日にも不信任案提出か
・NEW!次回の惑星直列は40年後 星に願いを 各地でイベント
とくに興味を惹くニュースはないので「詳細」はクリックせずに閉じた。
すると次は、メールの通知音。
珍しく、従妹の春子からだ。少し前まではおにいちゃん、おにいちゃんと慕ってくれていたのだけれど、彼女も今やお年ごろの女子高生。時の流れは早くなる一方だ。
[おっひっさー。新一にいにい、この石なにか分かるー??]
添付されてた写真は………おいおい、嘘だろ。
[はる。落ち着いて聞きなさい。それは銀河の卵。いわゆる「あしたのもと」というやつだ。とても貴重で、稀少なものなんだよ。今度帰ったとき、見せてくれるかい?]
[よくわかんないけどいいよー。おみやげよろぽこლ(´ڡ`ლ)]
神宝を一体どこで手に入れたものやら。それにしても、春子もまだまだ子どもだな。なんだか少し、安心してしまった。
外を見ると、まだ十一番めの太陽が沈んだばかり。まだまだ宵の口だ。
でもこんな日は早寝早起きして、たまには出社前にカフェでクロワッサンなんかを齧りながら、ゆっくりコーヒーを嗜むのもいいかもしれない。
そう思いつくとそれがとても素敵なことに思えたので、いつもより早く紙山さんは窓を閉め、カーテンを閉じ、噴火を止めて、マグマ溜まりをトイレに流した。
そして―――。
ツーーーンポーーーーン。
インタホンがなる。こんな時間に?
伝声管を開く。
「はい?」
すると、
『やぁ。お兄ちゃんだよ。』
「兄はこの次元にはおりません。セールスならお断りです。」
『いやいや、本物だって。』
「親族を騙るなんて悪質ですね。ビッグブラザーに通報しますよ。」
『いやいや、本物なんだって。』
「猿も木から?」
『ビタシれる。』
「本物だ………。いきなりどうしたんだよ、兄さん。」
『ほら、手紙送っただろ?』
「届いてないよ!」
『おや、おかしいな。』
「ま、まぁいいから。とりあえず入りなよ。マグマは止まってるから。」
『失礼するよ。』
「久しぶり。」
「また、、、兄さんはいつも突然なんだもんなぁ。」
「それも悪いと思って、手紙を送ったんだがね。」
「だから届いてないんだよ。ところで、どうしたんだい。わざわざ家に来るなんて。」
「うん。お兄ちゃんな。結婚することにした。」
「ええっ!」
「それで彼女を紹介しようと思って、愛する弟に会いに来たわけさ。」
「えええっ! 彼女さん来てるの! ちょっと待ってよ。部屋片付いてないのに。」
「大丈夫大丈夫。彼女、ここには入りきらないから外で待たせてるんだ。」
「待たせてる?」
「うん。飲みに行こう。」
「これから!? もう結構遅いんだけど!?」
「まあまあ。たまにはいいじゃないか。兄弟睦まじくね。」
「兄さんと違って僕は明日も普通に朝から仕事があるんだけどなぁ。」
「ほらほら。着替えて。プリウスは久しぶりに僕が運転するよ。」
「わかったわかった。あーあ、今日は早寝しようと思ってたのに。」
「つれないこと言うなよ。いい店の予約が取れたんだぜ。」
「兄さんのことだから、どうせまた、至極変な店なんだろう。」
「おいおい。僕ももう大人さ。いい店といったら、ちゃんといい店だぜ。今日の店はね、土星のB環の
「へぇ。土星か。」
「B環の海に足をちゃぷちゃぷ浸けながら飲めるんだぜ。」
「それは確かに、ちょっとよさそうだね。」
「だろ? さあ早く、準備した準備した。」
紙山さんは平穏を愛する。けれど、時にはこんな日があっても、まぁいいか。
なにせあの兄が結婚するのだ。
やれやれ。今日は深酒になっちゃいそうだな。
「準備できたよ。」
「よし行こう。」
「あれ、兄さん。何か背が伸びてない?」
キシャァァッ。
プリウスの
紙山さんの4月9日。 ハイネ ケンスス @Heine
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