第14話 拝啓、時の最果てより。
お久しぶり。
少し時間ができたので、久しぶりに手紙を書いてみることにした。
僕はここにきて3週間になる。といってもそれは僕の体内時計に聞いてみた感覚でしかない。
ここは実際的にも観念的にも時間の向こう側にいるからね。
お前のところからするとそれはほんの数秒かもしれないし、数年かもしれない。
知ってのとおり根無し草の僕は割と多く外国を旅してきたし、色々な人、色々な土地、色々な文化に接してきた。
楽しいことの方が多かったけれど、それでも時には危険だったり、不可思議だったり、不気味な体験をしてきた。
驕るつもりはないけれど、それなりの経験をしてきたつもりだし、それなりの判断力があるつもりだ。
だけど今いるここは飛びきりにヘンテコで楽しくて怖いところだ。
目覚める度にチャンネルを変えるように世界が変わっている。
初日は砂漠に囲まれた、どこまでも長く続く、薄暗くて乾いていて寂しい、街灯がいくつか建ってるだけのとても素敵な無人駅のプラットフォームだったのに、2日めは体育倉庫の跳び箱の中だった。延々と達磨達に飛び続けられて目を回したよ。
3日めはとにかく空飛ぶ目玉に追いかけられたし、4日めは突き刺さりっぱなしだった。
5日めは口を開くたびにリコリス菓子をつめ込まれて、これには本当に参ったよ。
打って変わって6日めは会話の通じるパラボラアンテナが何人かいて、僕は心底ほっとした。
僕には珍しく、人恋しくなってたみたいだ。
パラボラアンテナは器が大きくて、頑丈で、余計なことは喋らない。
冷たくもなく、暑くもないから、ぼくら背中合わせに座って、タイトルが思い出せない映画の話や、珍しい蝶の話をしたり、お互い黙って好きな小説を読んだりしたよ。
そうそう、お前のことを話したら興味を持ってくれたようで、近くを通りがかったら3ヶ月間ばかし無料でBSを受信してあげてもいい、なんて言っていたな。その時は失礼のないようによろしく。
彼の好物はパクチーとフレネルレンズだ。合成開口レーダのことを酷く嫌っているから気をつけて。
こんな日々を送っているけど、何より奇妙で僕を恐ろしくさせたのは僕の身長が4センチも伸びたことだよ。
齢30にして身長が伸びるなんて、これほどまでに異常なことがこの世で起こるなんて有り得えるだろうか?
こんな僕をみて11日めに知り合った赤色超巨星は青ざめるし、クトゥルフなんてキモいからこっち来んな、とか言ってくるんだぜ。
僕もちょっとムカついて2、3キツいことを言い返しちゃったから、その日以来クトゥルフとは何だかぎくしゃくしてるよ。
おっといけない。一度筆を取ると取り留めもなく書き続けてしまうのが僕の数多くある悪い癖の一つだ。
何せ、今は一回休みの象限に止まっちゃってるものだからヒマでね。
でも単なるヒマ潰しじゃなくて、久しぶりにお前に手紙を送るちゃんとした理由が、実はあるんだ。
僕、結婚することにしたよ。
一昨日パラボラアンテナの紹介で知り合った灯台と、やけにウマがあってね。
一日中海辺で話してるうちに、なんだかとても愛おしくて、大切で、かけがえのないものに見えてきたんだ。
それに、日の入りとともに大洋を明るく照らし始める彼女の横顔に、僕は完全にノックアウトされてしまった。
惚れた腫れたはともに過ごした時間の長さに影響するものだと思っていたけれど、それが関係ないこともあるんだって、勉強になったよ。
お前にこんなことを書くのも気恥ずかしいけどね。
親父とおふくろにはまだ言わないでおいてくれよ。
さて、お前がこの手紙を読んでいる頃、僕はもう三次元にいることだろう。
久しぶりに酒でも飲もう。
海辺がいいな。彼女のことも紹介したい。
できれば歩きやすい靴できてくれよ。
何せ彼女、階段が250段もあるんだ。
おっと、対消滅が始まった。
そろそろサイコロを振る番だ。それじゃ。
紙山新也
追伸
プリウスの車検通知が僕宛に届いてたから、同封しておく。
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