第40話 破壊

 アナスタシアが魔法で作り出した金色に輝く光の球は敵兵が隠れている場所へと高速で飛来して行き、次の瞬間には太陽のような強い光が弾けて大爆発を起こす。


 着弾した光球の爆発時に発生する爆炎と衝撃波によって破壊された木箱や荷馬車の破片が周囲に散乱し、炎と煙によって見づらいが、よくよく見ると数人の人影が宙を舞っているのが確認できる。


 宙を舞っていた人影は手足をバタつかせながら背中から地面へと派手に打ち付けられてしまうが、その内の何人かは咄嗟に受け身を取ることに成功したようで、地面を転がりながら衝撃を緩和していた。


 しかし、受け身を取れなかった者達はそのまま数回ほど地面の上をバウンドして動きが止まる。彼らが着用していた金属鎧は爆発時の衝撃と熱で歪んで黒く煤けており、雪で柔らかくなった地面に叩きつけられたおかげで泥だらけになっていたが、起き上がれた者はおらず、鼻や口から血を流して息絶えている。


 受け身を取ることに成功した者も身体のどこかが傷付いているのか、起き上がった後も息も絶え絶えといった状態であり、気力だけで立っているのが丸わかりだった。


 しかし、そんな彼らに対して俺は追い討ちを掛けるように銃の引き金を引く。

 その瞬間、本来であれば人に向けて撃ってはいけない銃弾が彼らに襲いかかる。


 ロシア製の『Kord』重機関銃から発射された50口径12.7mm×108重機関銃弾は立ち上がっていた敵兵達の命を容赦無く刈り取っていく。


 大きな金属製の弾薬箱から引き出された弾帯が鼓膜を破りかねない程の銃声が響く度に、まるで地面の上で苦しげにのたうち回る蛇の如く暴れながら重機関銃の給弾口へと吸い込まれて行き、先程まで金色に鈍く光っていた重機関銃弾の薬莢が撃発時に発生する大量の発射ガスで汚く煤け、猛烈な勢いで前後する大きなボルトの衝撃で傷付いた状態で排莢される。


 発射方向と着弾点を確認し易くするための曳光弾と共に撃ち出された12.7mm×108徹甲弾は敵兵達の身体と金属鎧を文字通りバラバラに引き裂き、そのままの勢いで貫通して彼らの背後にあった民家の壁や窓を粉々に粉砕した。


 SV98狙撃銃やPKP機関銃に使用される7.62mm×54Rワルシャワパクト弾でさえ、対人用としては充分強力であるのに、本来であれば戦車や装甲車などの戦闘車輌に搭載されて軽装甲の車両や航空機に対して使用される50口径の重機関銃を人間に向けて使用すればどうなるのか?


結果は惨々たるものだった。


 胸部に命中しただけで金属鎧を着込んだ上半身が吹き飛び、両腕と頭のパーツから夥しい量の血液を周囲に勢い良く撒き散らしながら宙を舞う。


 アナスタシアが放った攻撃魔法の爆発時の衝撃で兜が脱げてしまった頭の側を偶々銃弾が掠めただけなのに、側頭部がまるで粘土細工の人形のように頭皮と頭蓋骨が切り裂かれ抉られた衝撃で脳みそが外へと飛び出す。


 腹部に重機関銃弾が当たり、そのまま貫通して行った銃弾に引き摺られるようにして背中に開いた射出口から臓物が飛び出し、雪の上に大量の血と内臓がブチまけられる。


 キレたアナスタシアが魔法で作り出した光球が炸裂し、直後に俺が間髪入れずに重機関銃の射撃を開始してから僅か数分で目の前の光景はシリアやイラクの戦闘地域と変わらない状態となっていた。


 違いは兵士が鎧を着ているのかボディアーマーを着用しているのかどうかという点と、転がっている瓦礫が荷馬車か自動車かの違いでしかなく、銃撃を受けて地面に倒れ伏している死体は地球も異世界も大して変わらない。


 50口径の重機関銃弾を受けて漫画のように叫び声を出す暇もなく撃ち殺された所属不明の兵士達は、虚ろな目を開けたまま亡くなっている。


 重機関銃弾によって腕や頭が吹き飛ばされた死体や上半身と下半身が引きちぎられた死体、アナスタシアの攻撃魔法で全身黒焦げになって金属鎧以外炭化した死体などが、投擲魔導弾の攻撃で中途半端に燃えて焼死した奴隷だった娘達の遺体や先に自動小銃で射殺された敵兵の死体に混じって地面の上に転がっていた。



「ふう……ここから見えてる範囲では敵を殆ど撃ち倒すことが出来たかな?」


「そのようですわね……」



 ついさっきまで勝手にブチギレた挙句、攻撃魔法で敵兵を障害物ごと吹き飛ばしていたアナスタシアは冷静さを取り戻し、今は畏怖の篭った目でKord重機関銃とそれを操る俺を見ていた。



「タカシさんは、その……平気ですの?」


「は? いやいや、俺は兵器じゃないですよ。

 兵器はコレですよ、コレ!」


「いえ……私が言ったのはそういう意味ではなく、光景を見ても平気なのですか?

 っと、言ったのですわ」

 

「ああ、そういう意味ですか。

 平気だと言えば嘘になりますけれど、でも今はそういうことを言ってる場合じゃないので。

 まあ……少しは慣れましたよ?」



 本当は近付いて死体を見る勇気が無いだけで、人に向けて銃の引き金を引くのには正直言って抵抗感や嫌悪感は以前よりずっと下がった気はする。


 剣や槍が届く距離まで接近されると格闘戦の素人である俺には太刀打ち出来ないし、弓やボウガンのような発砲音が無い飛び道具は気付いた時には既に体のどこかに矢が生えてるような状況に陥りかねないので、自分と仲間を守るためにも、先手必勝で銃撃を行なっているだけなのだ。



「それにしても、その兵器の威力は凄まじいですわね。

 攻撃魔法とも違いますし、かと言って弓矢の類いでもなさそうですわ……」



 さっきまでと違い、畏怖の目から変わって興味深かげに重機関銃を観察するアナスタシアの目は研究者の目になっている。やはり、銃の威力を目の当たりにして何か惹かれるものがあったのだろうか?


 いや、初めて見る得体の知れない武器を前にそんなことはないだろう。

 ただ単に見たことない武器に好奇心が優っているだけだ。



「その……タカシさん、もしよろしければ…………!!」



 アナスタシアが何かを言おうとしていたその時、少し離れた所から先ほど彼女が放った魔法による爆発とは違う爆発音と衝撃波が発生し、生暖かい風が俺たち頰を打つ。



「あれは……」



 ブリジットが驚きながらも見ている方向に視線を移すと自分達がいる位置から11時の方向、約40メートルほど離れた場所ではこちらとはまた違った意味での地獄絵図が広がっていた。


 いや……少し語弊がある。

 今、まさに地獄絵図が絶賛生産中だった。



「ギャアアアアァーーーーッ!!」


「ぐべぇっ!?」


「う、腕が……腕がぁーー!?」


「や、やめろ!! やめてくれぇーーーー!?」



 横転した荷馬車の影になってここからはよく見えないが、障害物の向こう側から男達の悲痛な叫び声が響いて来て俺やアナスタシア、ブリジットの耳に嫌でも入って来る。


 しかも、叫び声が上がる度に粘性のある血飛沫や剣を持ったままの腕、時には人間の頭部が入ったままと思われる兜が血を撒き散らしながら宙を舞っているのが見えた。


 どうやらアゼレアはこちらとは別の場所に潜んでいた敵兵を制圧するために、連中が身を隠すために築いた瓦礫の障害物へ手近にあったデカい木箱をぶち当てて破壊した直後、そのまま突撃して軍刀で直接斬り捨てているようだが、敵とはいえあの様に斬り飛ばされた頭や腕がポンポン宙を舞っているのを見ると、彼女が現在進行形で行なっている殺戮の一部始終が瓦礫で阻まれて見えないのは正直言って助かる。



(こりゃあ、リリー達をここから遠ざけたのは正解だったのかねぇ?

 アゼレアだけではなく、アナスタシアの攻撃魔法や重機関銃で殺された敵の死体を見たら、リリーや神官の女の子が卒倒しかねないわな……)



 もしかしたらアゼレアは、が分かっていたからこそ彼女達を遠ざけていたのかもしれない。


 ゴブリンの集団に襲われたときもそうだったが、周囲には生臭い匂いと肉が生焼けになった匂いが充満しており、時折強烈な匂いが不意に鼻の中へとダイレクトに入って来て気分が悪くなる。


 今の季節が丁度冬で地面に雪が積もっている状況であるにも関わらず、これだけ屍臭がするのだ。

 これがもし気温が暖かい季節だったらどうなるのか……想像するだけで胸糞が悪い。



「うぷ……っ! それにしても、酷い匂いですわね……」



 新しい弾丸が詰め込まれている弾薬箱を用意している俺の横ではアナスタシアが何かの模様が刺繍されているハンカチで鼻と口を覆い、不快な表情を隠そうとせずにブツブツと不満を口にしている。



「ところでブリジット、あの兵士達は何処の所属なのかしら?

 まさかとは思いますが、国軍の軍装を纏った盗賊や奴隷商会の者達……なんてことはないですわよね?」


「あくまで私共の推測になりますが、あの者達はバルトの国軍正規兵、恐らくは特殊な任務を遂行するための秘密部隊である可能性が高いと思われます」


「何故、そんなことが判りますの?」


「バルトはシグマやウィルティアとは違い、永らく平和な時代が続いています。

 それは大変素晴らしいことではありますが、それ故に末端の兵士達が着用する軍装はここ数年変化しておりません。

 国軍警務隊のラージ少尉らの軍装を思い出してもらえれば分かるとは思いますが、警務隊兵士と一般兵の軍装の違いは鎧の色やそれに取り付けられている部隊章や階級章が違うだけであります。

 あとは警棒や手枷などの捕縛具の装備の有無だけで、大して変わりはありません」


「なるほど……」


「しかし、あの兵士らの軍装は国軍一般兵の軍装を基本としていながらも、兜や籠手の形状が異なります。

 また、装備している剣や槍も官給品の物と比べても明らかに刀身の形状が違いますし、何よりもあの様な対魔法処理の紋様が刻まれた鎧や盾は一般の兵はまず装備していません」



 アナスタシアの疑問に対してスラスラと答えるブリジット。

 確か彼女はシグマ大帝国軍の元軍人で現在はアナスタシアの実家である公爵家の武官兼アナスタシア付きの執事なんだったっか?



「仮に貴女の推測が当たっていたとして、何故こんな辺鄙な場所に拠点を構えている奴隷商如きに国軍の秘密部隊が現れるのかしら?

 もしかして。ウィルティアの第二公女の件と関連があるの? ブリジット?」


「彼らが此処に現れた本当の理由は彼ら自身、もしくは彼らの上官に聞かないと解らないでしょう。

 ですが、ただ一つ分かっているのは、彼らがお嬢様を含む我々を生かしておく気が無いということです。

 しかも彼らは我々を奴隷商会の関係者と間違って襲っているのではないということと、なりふり構っていられない事情を抱えているということですね」


「それはどういうことかしら?」


「一つは彼らが味方である筈の国軍警務隊の姿を確認していながらも、攻撃を加えているということと、更には聖エルフィス教会から派遣されて来ている聖騎士団にさえも攻撃を行なっています。

 前者は兎も角、後者に至っては教会とバルトが対立する切っ掛けになりかねません。

 恐らくはですが、あの者達を動かしているのはバルトという国家ではなく、その中枢にいる何者かである可能性が高いと思われます」


「確かにブリジットの言う通りですわね。

 この国に限らず、バレット大陸で最大規模を誇る聖エルフィス教会とコトを構えようと思う国は大陸中の国家指導者達の中にはいないでしょう。

 国力と兵力の規模から言えば、我が国であれば教会と戦争をしても勝てるかもしれませんが、それにしたってシグマ大帝国が無傷とは限りませんわ。

 ましてや中立国で教会の本拠地が存在しているバルトが教会と対立しても、何の得にはなりませんわね……」



 確かに俺も同じようなことを考えていた。

 いくらデリフェル商会を取り仕切っているのがこの国の貴族家だったとしても、証拠隠滅程度で軍の秘密部隊や特殊部隊に相当する部隊を動かすなど正気ではない。


 ましてやここには目の前のアナスタシアを始め、シグマ大帝国にウィルティア公国、魔王領と3カ国もの国の要人の子弟が居合わせているのだ。


 仮に彼女らが冒険者として依頼の遂行中に盗賊や魔物による襲撃ではなく、バルトの正規軍に襲われたとあっては国際問題に発展する。いや、国際問題に発展しないほうがおかしいだろう。


 しかもそれが犯罪組織の証拠隠滅が目的だったということが判明すれば、地球ではないこの世界であれば外交交渉をすっ飛ばして即戦争に発展してもおかしくはないのだ。

 

 アナスタシアとブリジットの話を横で聞いていた俺は内心、当初と比べてかなりキナ臭いことに巻き込まれているという事実を肌で感じ取っていた。

 そして彼女らの話は続く。

 


「はい、仰る通りであります。 アナスタシアお嬢様。

 しかし、国家ではなく個人の場合であれば話は別かと。

 デリフェル商会が制圧されて商会の者や証拠品を押さえられては困る者がこの国の指導層、もしくは国軍の中にいるのでしょう。

 それであれば、このような乱暴かつ愚かな選択はしないでしょう。

 バルトという国家そのものが今回の件に危機感を抱いているのならば、国軍警務隊に圧力を加えるだけで済みます」


「ということは、この件にはウィルティアも噛んでいるのかしら?

 以前、お父様とグランツ公爵閣下のされていたお話の中でウィルティア国内では公王派と貴族派の者達が暗闘を繰り返していると聞きましたわ。

 確か、彼の国の第二公女はここの商会と繋がりの深いこの国の貴族に囚われているのだったかしらね?」


「私も真相は分かりかねるので何とも申せませんが、可能性は低くはないかと。

 もしかすると、バルトがウィルティアとの外交交渉の材料とする為に公女殿下の身を欲し、その為にあの者達を動かしているとも言えませぬ。

 何れにしても彼らを動かしている者の正体は依然不明なままですが、彼らに与えられた任務はこの商会に関するあらゆる物証と関係者、及び目撃者の処分でありましょう」


「まったく、どんな困難が待ち受けていたとしても必ずアルトリウス様に着いて行くと決めていたのに、このような面倒に巻き込まれるとは……」


「しかしお嬢様、これは千載一遇の機会でもあります。

 もし今回、お嬢様の働きがアルトリウス様の功績になれば、アルトリウス様も流石に今のようなお嬢様を邪険に扱うということは無くなることでしょう。

 そうでなくとも、アナスタシアお嬢様がアルトリウス様の冒険者クランに加わることを正式にお認めなさるやもしれません」


「そうですわね。

 ただでさえ、アルトリウス様の周りには何匹もの泥棒猫がたむろしているんですもの。

 今回の件でアルトリウス様のお役に立てれば泥棒猫達に大幅な遅れを取っている私も、彼女らと同じ立ち位置に着くことが出来ますわ!

 そうと決まれば、まだ生きている敵兵を捕まえて任務の内容とこの件事件の首謀者の名前を吐かせますわよ!」


「はい。 お嬢様」

 

(おいおいおい!

 キナ臭い話になってきたかと思ったら、いきなりこの状況を利用してアルトリウス君に近付く宣言かよ。

 ある意味、逞しいというか何というか。

 命の危険に晒されているというのに凄えな……)



 まあ確かに、アナスタシアは一度本気で死にかけているのだから、これしきのことくらいでビビる訳ないだろう。そう思いながら他に伏兵が潜んでないかと周囲を見回していたその時、何かとてつもなく嫌な予感が首筋辺りで蠢いた。


 この予感は……そう、シグマ大帝国の帝都ベルサのとある路地裏であの黒くてデカい犬に襲われたときに似ていた。

 そして…………



「あれは……え? や、矢ぁー!?

 お嬢さん方、伏せろぉーーッ!!」



 俺の叫び声に対して咄嗟に反応してアナスタシアの頭を掴んでそのまま一緒に地面に伏せるブリジット。

 ほんの一瞬で反応できるのは、やはり彼女が元軍人だからなのか?


 そのままアナスタシアに覆い被さるブリジットを見ながら一緒に地面に伏せた瞬間、何かが頭上を通り過ぎて行く気配を感じた直後、自分たちが背にしていた商会の建物の外壁が爆発した。






 ◇






「孝司ぃーー!!」



 爆発音が響き、直後に黒煙が空へと立ち昇る。

 あの煙が昇っている方向には孝司が居たはずだが、それを思い出したアゼレアは顔を真っ青にしつつ、元来た道を戻るがごとく疾走して行く。



「孝司!! くッ……!?」



 自分の視界を遮っていた瓦礫の陰から出た瞬間、目の前数センチ前を矢が飛翔して行く。

 慌てて体を引いて瓦礫の裏に身を潜める。



(迂闊だったわ。

 この国の軍には吸血族の聴覚や嗅覚を欺くことが出来る魔法を使える者が存在しているのに、警戒を怠ってしまった!

 魔王領の軍人としてあるまじき失態……!!)



 何時もの自分なら、このような失態は犯さない。

 やはり心の何処かに予感は油断があったのだろうと、アゼレアは地面に自己嫌悪に陥りそうになる。



(やはり、孝司と付き合うようになってから、自分でも気付かない内に心にも身体にも油断が巣食っていたようね。

 これでは護りたい人も護れないわ……!)



 この世界に生を受けて既に二百二十年以上。

 生まれて初めて異性と恋愛して寝食を共にし、肉体的な関係を持つに至る。


 孝司が元人間とはいえ神という存在には驚いたが、彼が人間という存在から脱却し、魔族や長耳族らと同じく長寿の存在になったと聞いたときは嬉しかった。


 子供の頃、母親に読んでもらった魔族と人間の恋愛を綴った本では、必ず老いた人間の夫や妻の最期を見守るしか術のない魔族の配偶者の無力感と悲しみが物語の最後を締めくくる。


 孝司を恋愛の異性として意識し始めた頃、もし彼と連れ添う様な関係に発展したとしても、いずれはあの本の物語と同じように年老いた彼の最期を見て自分は一人になるのでは?――――と恐れを抱いた。


 しかし彼は人間ではなかった。

 いや、正確には人間ではなくなっていたのだが、彼は神になっても偉そうな振る舞いをするどころか、常に周囲の者への気遣いを忘れないし、物腰は常に低くて丁寧な上に見ているこちらが不安になりそうなくらいお人好しだった。


 本来であれば他人であり、種族も違う私を助ける義理も魔王領へ帰るのに態々付き添う義務も無い。しかも孝司自身、私と旅をするようになって命の危機に晒されたことが何度かあったのに、彼は嫌な顔ひとつもせずに今日まで付き合ってくれている。


 孝司と逢う前の自分は魔王軍の軍人として、クローチェ大公家の次女として相応の振る舞いを自然と求められ、私はその期待に応えるように努力して来た。しかし、それをすればするほど、軍人として行動すればするほど周囲の者達は私を畏怖の籠もった目で見る。


 軍人としての誇りと威厳を保ち、常に相手に舐められまいと規律正しく行動する真面目な者が多い魔王軍ではあるが、彼らも血の通った者として家族や仲間の前では何時もの硬い表情が弛緩し、一緒に笑い、時には涙するのだ。


 しかし、大公家の次女である私は本当に心が許せる家族と極一部の友人以外の前では常に毅然とした態度でいなければならなず、例えそれが大公家に仕える家臣や側仕えの前であっても例外では無い。


 吸血族族長であり、魔王軍北部方面軍総監である父の娘として私は常に行動してきた。


 ときには敵兵に対して虐殺ととられかねないような非情な作戦を指揮し、ときには非武装の女や子供、老人さえも作戦の障害になりうる可能性が高い場合は躊躇無く、自ら手にかけたことも何度かある。

 そんなことがある度に私は罪悪感に苛まされた。


 それでも私は戦場に赴くことを辞めなかった。

 厳しい訓練や演習に身を投じ、己を鍛え上げれば上げるほど、実戦においてめざましい戦果となって帰って来る結果が嬉しく、己の成長が目に見えて表れる戦場はまさに今、自分が生きているのだという実感を得られる場所だったのだ。


 だから私は魔王軍の国外派兵に積極的に参加した。

 魔王軍少佐として部隊を率いて外国の兵との戦いで死にかけたことなど一度や二度ではない。


 当時の私にとって戦いは麻薬のように作用し、いつの間にか魔王領内では魔族一番の武闘派魔族として恐れられるようになって行く。元々、魔族の中では珍しい赤い眼をしていたことと、淫魔族との混血とはいえ、吸血族としては異例とも言える竜族をも凌駕する膨大な魔力と戦闘力によって一時期は次代の魔王候補と目されていた時期もあったのは、今となっては懐かしい話である。


 しかし、そんな私だって何も好き好んで非戦闘員を殺しているわけでも非情な作戦を遂行しているわけではない。上官や同僚、部下達を守る為にも敵国兵や敵国民に舐められるわけにはいかず、かといって温情を見せれば敵はそれを弱腰と判断して一気に襲い掛かって来るのだ。


 ただでさえ、魔王領で暮らす魔族達はその恐ろしげな外見とは似つかないほどに温厚な者が多く、ときには平和ボケの日和見主義と周辺国から揶揄されることもある。


 だからこそ、私は戦場においては非情に徹した。


 もし、魔族に手を出せばどうなるか、魔王領を舐めて掛かるとどうなるかを知らしめる為にも、時には残酷という誹りを受けてでも逆らう相手を無慈悲に処断した。


 全ては大公家に生まれた者の義務として魔族と魔王領を守るために……!



(だから私は孝司を失うわけにはいかない!

 やっと見つけた私にとっての心の拠り所。

 お父様でもお母様でもない、この世界に全くしがらみの無い彼だからこそ、私は孝司の優しさの下で本当の自分でいることができる……)



 だからこそ、生まれて初めて恋に落ちた。


 自分の命を救ってくれたとか、運命だとかいうそこら辺に転がっているようなそんな安っぽい物語みたいなことではない。同族にさえも恐れられるほど、化け物じみた己を何も言わずに受け入れてくれる彼の包容力と優しさこそ、私が孝司を好きになった最大の理由なのだ。



「だから私は命を懸けて貴方を守るわ。

 例え家族や祖国を敵に回しても貴方と共に生きて行く!」



 魔力で作り出した防護魔法障壁の力を少し強くする。

 最初は透明な膜のような存在だった防護結界魔法は透明から次第に青く光始め、アゼレアを中心に半円状に展開し、己をスッポリ覆っているのを確認すると彼女は敵から隠れるために身を潜めていた瓦礫から姿を現す。



「遅い!」



 己の姿を現した直後、自分に向かって高速で飛んで来た鏃が付いていない太く巨大な矢を文字通り正面から軍刀で一刀両断する。結界から一歩前へと踏み込んで切り捨てられた太い円筒状の矢は縦に斬り裂かれたあとそのまま慣性の法則に従ってそのままアゼレアの展開する防護結界魔法に接触し、直後に爆発音が二回連続して響いた。



「成程。 これは爆槽矢ばくそうやね?

 魔王軍我が軍が使っている装毒矢そうどくやよりはマシだけれど、爆槽矢コレを出して来たということは、敵は本腰を入れて私達を潰しに来たということかしら?」


 



 ――――爆槽矢ばくそうや





 投擲魔導弾と同等の爆発物を投石機などの大型の兵器を使用することなく、人力で投射するために作られた爆裂系の魔法兵器。中身が中空である極太の矢の中へ水に対して過剰に反応する魔法鉱石の粉末を封入し、矢の後部から水を注入してから使用する特殊な矢。


 とある魔法使いが偶然手に入れた魔法鉱石の加工中に偶々発見した現象で、ある魔法鉱石に一定以上の魔力を注ぐと透明から青色に変質し、水に浸けると過剰に反応して爆発を起こす特殊な現象。


 この現象を利用したのが爆槽矢である。


 直径十センチ程もある極太の矢の中は中空構造で中央部から前後二つの部屋に別れており、前室に魔法鉱石の粉末を充填し、後室に水を注入する仕組みになっている。


 矢を射って地面に刺さったり、対象物に衝突して一定以上の衝撃が加わると魔法鉱石を充填していた部屋と水が入っていた部屋とを別けていた板状の弁が外れて前室に水が流れ込む仕組みだ。


 すると粉末状の魔法鉱石は水に触れることで一気に魔力が暴走し、温度と圧力が上昇していき、数秒後には圧力に耐えきれなくなった矢の外殻が破裂して爆発を引き起こすのである。


 開発当時は矢の加工技術が貧弱なこともあり、魔法鉱石を充填した爆槽体ばくそうたいは通常の矢に紐で括り付ける仕様であったが、現在は加工技術も進み、矢本体の軸を太くしてその中に爆槽体を収めることに成功した。


 魔法鉱石の暴走に使う水は爆槽矢を使用する直前に注水すれば良い上に、水でなくとも人間や動物の尿や血液でも事足りるため、非常に使い勝手が良い兵器となった。合わせて弓や弩級の製造技術も向上したため、弓の名手であればかなりの距離を飛ばせる上に、多少目標を外れても爆風で敵を傷つけることが出来る。


 しかし爆槽矢の兵器としての性質上、魔力を必要とせず、一般人でも弓が扱える者であれば爆槽矢をある程度の距離まで飛ばすことが出来るため、爆槽矢が盗賊などの犯罪者集団の手に渡ると非常に危険な武器となる。


 爆槽矢の所持は軍隊の他、一部の治安機関以外禁止にしている国が多く、一般人を含む冒険者や傭兵が所持していた場合、厳罰に処せられることもあるのだ。


 そんな危険な矢を躊躇なく使ってきたということは、敵は何が何でもこの商会を無かったことにしたいのだろう――――と、己に向かって飛翔して来た爆槽矢の分析をしているアゼレアの顔は非常に冷めた様子で、彼女は冷静に周囲を見回す。


 すると、先ほどまで聞こえていた大きな銃声が再び響き始めた。



(ふう、良かった。 生きていたのね……孝司)



 あの銃声は紛れもなく孝司が発しているものだ。

 ということは、少なくとも孝司は大きな怪我は負っていないのだろう。


 勿論、直に確認しないと怪我の程度は判らないが……しかし、先ずはこちらを攻撃して来た敵を始末するのが先決だ。そう思い周囲を見回すが、先ほどの攻撃を行ったと思しき敵の姿はなく、見えるのは自分や孝司の攻撃によって地面に横たわっている鎧を着込んだ兵士だった者達の亡骸と、彼らに殺された奴隷の娘達の遺体だけである。



「流石に馬鹿正直に姿を現すような真似はしないわね。 いいわ」



 孝司の傍にはブリジットとアナスタシアがおり、人間種の軍人としては腕が立つブリジットと高い魔力を持つアナスタシアがいれば一先ずは大丈夫だろう。そう思い、アゼレアは戦闘態勢へと移行する。



「バルト永世中立王国軍。

 我らが魔王領の友好国だけれど……シグマやダルクフールと違い、平和が長年続いてきたあなた達の軍が私に敵うのかしらぁ?」



 直後、アゼレアの問いかけに応えるように、先程の爆槽矢がいきなり虚空から複数出現して彼女に向かって襲い掛かって来た。






 ◇






「ウウッ…………えほっ!

 ぅえっほ! ゲホ、ゲホ、ゲェッホ……!!」



 口の中が埃でザラザラして気持ち悪い。

 自分の身体が五体満足な状態か、怪我などしていないか手や足を動かして確認する。

 そして俺のすぐ後ろではブリジットがアナスタシアの状態を確認しているところだった。



「大丈夫ですか、お嬢様?」


「ええ。

 私は大丈夫よ。

 でも髪や服が埃で汚れてしまったわね……ブリジットは怪我はないかしら?」


「はい。

 お嬢様が展開した魔法障壁によって助かりました。

 エノモト殿はお怪我はありませんか?」


「ウエッ!

 え? ええ、お陰様でこのとおりピンピンしてますよ。 しかし、これは…………」



 ブリジットの問い掛けに答えつつも、俺の目は彼女らの後ろ、正確にはそのすぐ上の建物の外壁に注目していた。外壁の一部が破壊されて大きな穴が空いている。


 お陰で建物の内部が覗いており、日本のように鉄筋コンクリートの技術で作られていない建物の外壁は脆くも崩れ去り、大きいもので人間の頭よりも大きい破片の数々がすぐ下に居た俺達の頭上へと降り注いだ。



「お嬢様が咄嗟に展開した魔法障壁によって、こちらを狙って放たれた爆槽矢が見事弾かれて助かりました。

 もし直撃していたら、お嬢様も含めて我々は吹き飛ばされていたことでしょう」



 ブリジットの言う通り、アナスタシアが地面に伏せながらも展開した魔法障壁によってこちらを目掛けて降り注いだ外壁の破片は全て防がれた。そして、俺の視線を辿るように破壊された建物の外壁を見ながらブリジットは腰に佩でいた剣を抜剣しながら周囲を睥睨し、油断なく警戒を強める。



「オイオイ、生きてんじゃねえかよぉ!

 誰だよ? 一発で片付けるとか言ってたのはよぉー!?」


「仕方あるまい。

 あのような強力な防御魔法で防がれてはな。

 まあしかし、相手にも手練れの魔導士がいたということが事前に分かっただけでも僥倖だ」


「ったく、『介入』が応援を呼ぶんなんざ珍しいから、どんな強ぇ奴が居るのかって楽しみにしてたのによォ。

 楽しみに来て見たら、居るのは警務に聖騎士、冒険者ときたもんだ。

 とんだ肩透かしだぜ!

 てめえら、どう責任取るんだよ? ああん!?」



 大きな声が聞こえた方向に目を向けると、こそこには先ほどまで重機関銃弾を撃ち込んでいた所に2人の男が立っていた。



「な、何だ? あの男達は……」



 異様な風体の男達だった。

 さっきまで戦っていた兵士達が鎧や籠手などの防具は装備していたのに対し、2人の男は鎧はおろか籠手や脛当てのような防具の類は一切装備せず、人体の中でも重要な頭部を守るための兜さえも被っていない。


 彼らは右肩に銀糸を用いた飾緒しょくしょを佩用している濃い紺色の詰襟型の軍服を着込んでおり、一人は長大な剣を肩に担ぎ、もう一人は彼と同じ軍服を着込みながらダークグレーの外套サーコートを羽織って自分の背丈ほどもある木目が美しい魔法仗を持っている。


 2人ともとても体格が良く、離れた場所から戦闘の素人である俺が見ても彼らが己をよく鍛えているのがわかる。剣を肩に担いだ男は多分20代前半、魔法仗を持つ男は恐らく40代後半といったところだろうか?


 両者とも以前サバイバルゲームで知り合ったレンジャー経験を持つ自衛官のように視線は鋭く、隙が無いといった感じだ。



「彼らは、まさか……」


「何かご存知なんですか? ブリジットさん」



 知り合ってまだ僅かな時間ではあるが、冷静沈着という言葉がピッタリなブリジットが驚いた表情を浮かべている。



「彼らは『特任』です……」


「特任……ですか?」


「はい。

 正式名称は『特別任務処理班』という特殊任務を秘密裏に遂行する国軍の極秘部隊です。

 バルトは建国から今日まで永らく平和な時代が続いているのは、ご存知ですよね?」


「はあ、まあ……」


(ん? そうなのか?

 俺はこの世界の人間じゃないからよく分からんが。

 この国よりも巨大なシグマの公爵家の武官である彼女が言うのならば、そうなんだろうな)


「この国は永世中立国です。

 中立国だからこそ、永きに渡って戦争に関わることなく平和を享受していると一般的には思われていますが、実態は少々異なります」


「というと?」



 ブリジット曰く、このバルトという国は国内に戦争を持ち込ませない――――戦争の火種がバルトに到達する前に潰しているのだそうだ。


 戦争というのは様々な要因で発生する。

 領土問題や政治、外交問題に宗教、人種問題、ときには水源地や食料を巡って戦争に発展することもあが、バルトの場合、永世中立国を謳っているだけあって領土や政治・外交、宗教、種族差別などとはほぼ無縁だ。


 何せ、建国時の初代国王が元冒険者という国である。


 政治や外交は他国との関係もあるため、ほぼ無縁とまでは言えないが、中立国であるため何処の国にも肩入れしないという主義を貫くことで今のところは無難な舵取りが成されているが、勿論、中立国ゆえのどっち付かずの中途半端な態度が原因で他国とギクシャクすることも偶にあるのだ。


 領土問題に関しては地形的にバルトは周囲を山脈や深い森に囲まれているため、侵略しづらく魅力的な地下資源や魔法鉱石などの鉱脈は僅かであり、仮に資源目当てに侵略したとしてもお釣りが来るほどの見返りは期待出来ない。しかも、内陸国で西を魔王領、東をシグマ大帝国に挟まれているため、バルトに侵攻する場合はどちらかの国を片付けないと軍の進撃は不可能だ。


 しかし、食糧だけは問題が異なる。

 バルトは国内で消費している食料以外にも輸入品が半分を占めている。香辛料に始まり、塩や砂糖を筆頭とした各種調味料、野菜・果物の栽培に使う肥料や食肉を含む家畜に与える飼料、麦などの穀物類等々……

 国民の空腹を満たすのに不可欠な物ばかりである。


 地球と違い、冷蔵技術や輸送技術がそこまで発展していないため、輸送中に腐りやすい野菜や果物、肉類はある程度国内で生産しているし、隣国のシグマ大帝国は農業大国であるのことが幸いし、比較的安価で大量の食料を輸入出来ているし、それ以外の品目のものも輸入品がその割合を占めている。


 工業製品や魔法製品も輸入品があるが、これらは国内にも多数の職人がいるため、輸入が止まったとしても今日明日どうするというほどのものではなく、多少価格が上がっても問題ないがやはり食糧に関しては食べることが出来なければ生きていけないという問題が常に付き纏うため、別格の問題である。


 そのためバルトから遠い場所に位置する国であっても、その国が紛争や動乱などで国内情勢が不安定になると香辛料や飼料、穀物類が輸出されなくなってしまう。勿論、そういった事態を避けるために複数の国から輸入するのだが、輸入量の割合が大きい国が情勢不安になるとそのダメージは比例して大きくなる。


 このような事態に陥るのはバルトだけではなく、他国も同じだ。

 例えば魔王領やシグマ大帝国などは食料や魔法鉱石、各種資源を買い付けている国の情勢が不安定なった場合、状況に応じて軍を派遣していたりする。


 大抵はその国に派遣している外交官や技術指導員の保護を名目に軍を派遣しているが、時には当該国の王族などから安全保障条約を基に正式な軍の派遣要請を受けることもあり、バルトは中立国であるが故に魔王領やシグマ大帝国のように大っぴらに軍を派遣することが出来ないので、そこで重要になって来るのが、国軍の秘密部隊や特殊部隊である。



「『特別任務処理班』というのは国軍の秘密部隊の一つです。

 主な任務は国内の不穏分子の排除や防諜任務が主ですが、時にはバルトの安全保障の根幹を揺るがしかねない場合に限って国外に派遣されることもあります」


「国外にですか?」


「はい。

 バルトは中立国という性質上、正規軍を国外に派遣することは出来ません。

 しかし、バルト自身が国家存亡の危機に晒された場合は国家防衛のための出撃許可が議会において可決され、国軍の派遣が可能になります。

 最近では魔王領に侵攻して来たルガー王国の件が良い例でしょう……」


(なるほどね。

 確かに魔王領がルガー王国に制圧されると、次は魔王領と直に国境を接するバルトが危険に晒される。

 だからこそアゼレアが言っていたように、バルトが軍事顧問の名目で部隊を派遣して来たのか……)


「しかし、食糧や資源の輸入が滞ることを懸念して相手国に軍を派遣することはバルトでは出来ません。

 隣接する魔王領やシグマであれば可能かもしれませんが、数カ国を跨いでいるような遠い位置の国に対しては軍の派遣はバルトの国の方針として不可能です。

 そこで……」



 そこで活躍するのが、目の前にいる男たち『特別任務処理班』だというのだ。

 彼らは少数で同盟国や友好国、または貿易相手国に密かに潜入し、時には現地の治安組織や諜報組織と共に活動したり、時にはそれらの組織に何も通告に単独で活動することもあるという。


 部隊の活動任務は情報収集に始まり、現地政府と敵対する組織への潜入に誘拐や拷問、時には暗殺なども行い、未然に反乱や紛争の芽を防ぐことを任務とする実行部隊で、バルト正規軍では不可能な事案に対処する正に特殊部隊と言えよう。



「シグマ大帝国でも帝国軍を正式に派遣できない場合は、『情報省軍』という国内外の情報収集を主とする行政機関が保有する独自の軍事組織を利用して友好国や同盟国の支援を行います。

 情報省軍が中堅国の軍に匹敵するほどの規模であるのに対して、バルト国軍の特別任務処理班の規模は中隊規模、もしくは大隊規模であるとシグマ大帝国では推察されています」


(ふーむ。

 ということは、アレか?

 特別任務処理班は少数精鋭の部隊であって、目の前にいる男2人は相当腕が立つということなのかね?

 …………オイオイ、ってことは今の状況はメチャクチャ不味いぞ!

 そんな奴らと接近戦に陥ったら、命が幾つあっても足りないってばよっ!!)



 ブリジットの説明を聞いて今の状況がヤバいことを悟ったのか、睨み合いをしていたアナスタシア嬢が無言で臨戦態勢へと移行する。


 音楽の指揮棒程度の長さしかない魔法仗の先端に埋め込まれている宝石のような輝きを持つ魔法鉱石がじんわりと光り始め、すぐ傍にいる魔法については素人である俺にも分かるくらいに魔法鉱石が少しずつ熱を帯びて行くのを感じた。



「ほう?

 これは驚いた。

 そちらのお嬢さんは魔力だけが大きい魔力馬鹿とばかり思っていたが、中々良い素質をお持ちのようだ」



 アナスタシアの魔法仗に蓄えられていく魔力で感じ取ったのか、ダークグレーの外套を羽織っている魔法使いと思しき男が感心した様子で彼女に話し掛ける。

 


「傍に居る男装の姉ちゃんも見た感じ、中々の使い手みたいじゃねえかよぉ!

 イイねえ……へへッ!!

 珍しく殺る気が出て来たぜぇー!!」



 長剣を肩に担いでいた如何にもガラの悪そうな男は剣を持ち直して抜剣し、右手に持った長剣を高々と掲げる。



「これは『魔剣ルドルフ』。 そしてこいつは…………オレの相棒だ」



 男がそう言った瞬間、彼の背後に突如として巨大な騎士が現れる。

 身長は約3メートルほどでフルプレートの金属鎧を着込み、騎士本人と同じくらいの長さがある大きな長槍ランスを携えながら屹立する姿は威圧感に満ちている。

 しかし、驚くのはそんなことではない。



「女性騎士? しかも……透けている?」



 そう。

 現れた甲冑騎士は女性だった。

 女性特有の丸みを帯びたフォルムに彼女の体型に合わせた銀色に輝く甲冑。


 出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる女性としては均整の取れた理想的な体型が目を引くと同時に、顔の上半分を覆うフェイスガードを装備した兜から覗く細い顎と薄いピンク色の瑞々しい唇、兜の後部から出ている三つ編みの長い金髪は正に姫騎士という言葉がピッタリ似合う出で立ちであったが、何より目を引くのがアニメの幽霊のように青白く透けている体だった。



「女だからって手加減してもらえるとは思わねえほうがイイぜぇ?

 をそこにいる姉ちゃんの脳天にぶち当てることが出来ねえようなオレじゃあ……ねえんだなぁー?」



 そう言ってこちらを威圧しつつ、右手に持った長剣をクルクルと弄びながら男は更に言葉を重ねる。

 長剣は刃渡りが1.5メートルに届くくらいに長く、相当な重量であるにも関わらず、男はオモチャのバットを振り回すかのように軽く扱うところを見るに、彼の腕力と握力はかなりのものだろう。


 恐らく俺の手なんか簡単に握り潰してしまえるのではないだろうか?



「言っておくが……オレは強いぜぇ?

 前いた部隊じゃあ、オレは最狂らしいからよぉ!!」



 男がそう叫んだ瞬間、ランスを構えた女騎士がこちらへ向かって音も無く突撃して来た。

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とあるガンマニアの異世界冒険物語。 ポムポム軍曹 @mofumofuseigi

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