第1話懐かしい風
ガタンッ
「おおっ……!?」
体が前のめりに揺れる。唐突な衝撃に目を見開くと同時に、真上にある棒に手を引っ掛けてなんとかバランスを保つ。ついさっきまで寝ていた体の機能がフル動員され、状況を瞬時に理解する。
電車内。間抜けな姿を晒した俺は、心の中で恥ずかしさを噛み締めた。
(ヤッベ、完全にグッスリだったな……)
せめて座席に座ってりゃ良かったんだが、全く何やってんだか……。
と、すぐ横でドアが開く。
『
足元の荷物をそそくさと背負って、俺はその場を後にした。
改札を出て左へ。突き当たりの階段を下る。
出口を抜けて、壁に寄りかかると思いっきり伸びをする。
「ンーーーーーッ!……あぁ、スッキリ」
ついでに両頬をペチペチ叩いて脳ミソをたたき起こす。実際の所、自分自身、疲れていたって実感はある。地元からココまで来るのにずっと立ちっぱなしで、もう途中からは『座ったら負け』とかいう、痩せ我慢の独り相撲をとっていたし……。
まぁ、ソレはソレとして。
「付いたな、蘇美町」
懐かしい空気を感じながら、こうして俺こと
駅から徒歩30分。着いたのは
門を通って、下の階の一番手前。管理人の
「は〜い、今でます〜」
鈴のような声で出迎えてくれたのは、俺のよく知る女性だった。
「あら?もしかしなくても……きよくん?」
「うん。久しぶり、ひよちゃん」
「まぁ、やっぱり!背は高いし、声も低くいし……それに何より、ふふっ。すっごい男らしくなった!男の子が育つのは早いって言うけど、あれホントなのねぇ」
俺がひよちゃんと呼んだこの人は、本名を
「まぁまぁ、立ち話もなんだから上がって上がって。今日はきよくんが来るって聞いてたから、美味しいケーキ買ってきたの♪」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて」
案内されるがまま部屋に入ると、白塗りの明るい壁。8畳程のスペースに透明な丸い短足テーブルが置いてあり、周りにはクッションなどの小物。ベッドには大きなカエルのぬいぐるみが鎮座しており、
「女の子の部屋なんだから、あんまりジロジロ見ちゃダメよ?」
「え、ああゴメン!」
「うそうそ冗談♪今お茶を用意するから、ちょと待っててね」
でも、そんな心配は必要なかったようで、ひよちゃんは足早にキッチンへ行くと、ものの5分でトレーにケーキを乗せて戻ってきた。
「はい、これ。きよくんってモンブラン好きだったよね?」
「あっ……うん、好きだよ。良く覚えてたね」
「ケーキはいつもモンブランで、上に乗ってる栗はいつも最後に食べてたじゃない?あんなに美味しそーに食べるんだもの、覚えてるよ」
それからお互いに、今まであった事や、他愛ない話をして過ごした。ひよちゃんは今、このアパートで、両親の代わりに大家をしながら、看護師として働いているらしい。大変じゃないのか、と聞くと「看護師の仕事にはやりがいを感じているし、忙しい時には、母が来てくれるから大丈夫」とのこと。昔から優しくて、面倒見が良くて、頑張り屋で。そんな彼女のことを、俺は素直に尊敬している。歳が8つも離れているのに、久しぶりに会った今でも、こうして気軽に接してくれる。ひよちゃんは変わらないままだ。
「あっ、そう言えば荷物のダンボール、もう届いてるんだった。いい時間だしそろそろ行こうか」
そう言われて、ふと疑問が
「あれ、荷物が届くのって
「それが
不思議に思いながらも取り敢えず、ひよちゃんを追って外に出る。階段を登り2階へ上がるとすぐそこが俺の部屋だった。
「今開けるから、ちょっと待ってね」
カチャカチャ───ガチャリ
ロックが解除され、ドアが開く。
中に入ると、積まれたダンボール箱以外には、板張りの床と、窓に無地のカーテンがあるくらいで、他には何も無い。
「あー、これ全部整理すんのかぁ」
なんと言うか、昨日の今日で箱開け作業が始まるとは思っていなかったせいで、明日やる筈の仕事が前倒しになった気分だ。
「手伝おうか?」
「んー……いいや、自分でやるよ。母さんにも、あんまりひよちゃんに甘えるなって言われてるし」
それに、あんまり頼り過ぎるのも男としてカッコ悪い気がした。
「そう、じゃあ8時ぐらいにまたくるから。何かあった呼んでね」
そう言い残して、ひよちゃんが部屋を出て行く。
「さて、やりますか!」
気合を入れ、袖を捲り、いざダンボールの山へ。
パステル・ドール ウスバカゲロウ @erurokku
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