魔王の息子だけど、平穏に暮らしたい
流土
魔王の息子だけど、平穏に暮らしたい
魔王の息子が平穏に暮らしたいと思うことは、いけない事なのだろうか。
高級感溢れる赤いソファに腰掛けながら、僕はぽつりと呟いた。
そして同時に、きっと無理なのだろうな、とも思う。
僕は静かに絢爛豪華な、貴金属が溢れかえる部屋を見渡した。
この部屋はどうも僕には重苦しい。
なんだか、田舎暮らししていたあの頃へと、無性に帰りたくなった。
「坊ちゃま、決めつけは視野を狭めますぞ。唯でさえ身長も残念……いえ、哀れだというのに……」
「今、言い直す意味あったかな!?」
この慇懃無礼にも程がある従者が突然現れた。
しかも心を読むオプション付きで。
それはいつもの事だが、最近慇懃無礼具合に磨きが掛かってきているのはいかがなものだろう。
クビにしたいが、生憎僕にそんな権限はない。
今代の魔王の息子とはいえ、末っ子で十三人目の子供にあたるこの僕に現時点で与えられる権限など僅かなものだ。
精々ちょっと私用の土地を買ったり、魔界で起きた事件を揉み消すぐらいしか出来ないだろう。
……そんな僕には十二人の兄や姉がいるわけだが、上の兄姉はどうも喧嘩早くていけない。
まあ、それは僕達、魔族の大半に言えることだが……。
今日も上の兄姉達は、お互いの歯ブラシを間違えて使ったかという、心底どうでもいい理由で喧嘩から殺し合いに発展した。
また部屋が壊れるかも知れないから本当勘弁して欲しい。
蜘蛛の巣状にヒビが入った自室の壁を見ながら僕は溜息をついた。
「坊ちゃま、溜息なんてつかれてどうなされましたか?」
まだ魔族にしては若い筈だが、従者の髪は白髪の如く白い。
その、肩まである真っ白の髪を揺らして、従者は僕の顔を覗きこんだ。
エルフが遠い祖先に混じっているだけあって、端麗な顔立ちしていると思う。
その口元の、隠しきれないニヤニヤ笑いさえなければ、同性の僕ですら賞賛してやってもいい程だ。
「……なんでもないよ。というかその顔、腹立つから止めてよ」
失礼しました、と従者は言って口元に手を当てた。違う、そうじゃない。隠してどうする。
僕は訂正するのも馬鹿らしくなって、豪華なキングサイズのベットに横になった。
お疲れですか、と白々しく従者が声を掛けてくるが全部無視した。
お前のせいだよ! と内心文句をたれた後、僕は先程呟いた言葉を反復する。
ーー魔王の息子が、平穏に暮らしたいと思うことはいけない事だろうか。
従者はそうではない、と言ってくれたが、それは従者が魔界でも一、二を争う変わり者だからだ。
魔族は血の気が多く、何かにつけて争いたがる。
もう此処までいったら趣味の領域だ。
趣味なのは結構だが、その度に城が破壊され、地形が変わり、引っ越さなくてはならないのは面倒極まりない。
今月だけで、もう五回は引っ越した。
まだ月の半分もいってないのに、だ。
僕は平穏に暮らしたい。
戦争も争いも真平ごめんだ。
起きたら部屋が、ベットだけを残して綺麗さっぱり無くなってる暮らしなんてもう沢山だ。
枕を掴み、それでベットをばしばしと叩く。
枕の端から出た羽毛が舞い上がり、従者がくしゃみをする。
「羽毛アレルギーだから止めて下さい坊ちゃま! お願いしまっくしゅっ!」
悲鳴じみた従者の叫びを聞きながら、僕の頭は冴え渡っていた。
魔界は平和じゃない。
そこで生きるものが皆、重度のバトルジャンキーだから当たり前だ。
ーーそうだ、人間界に行こう。
全種族の中で最弱と名高い人間の世界に。
「……僕、人間界に行くよ」
なんで今まで思いつかなかったんだろう。
最弱なら争いも大したことが無いはずだし、かの有名な「人間食」も見られるかも知れない。
……そうと決まれば行くしかない。
父様なら「あの事」にも理解があるし、きっと許可をくれるだろう。
「へ? 今なんてっくしゅっ! へきゅ!」
くしゃみが止まらない従者を連れて、僕は魔王の待つ部屋へ歩き出した。
***
「……という訳で人間界に行く許可を下さい」
父様に人間界に行く理由を述べ、許可を強請る。
末っ子だからか、どうも父様は僕に甘い。
それに「あの事」にも理解がある。
だから直ぐ許可をくれると思っていたのだが。
「うーむ、そうじゃのぉ……条件付きなら良いぞ」
眉にしわ寄せて悩みながら、父様はそう言った。
父様が僕に出した条件は二つだ。
一、従者を連れていくこと。
これは元々そのつもりだったから問題ない。
二、兄姉全員に許可を貰うこと。
……これが厄介だ。
兄姉全員一癖も二癖もあるのだ。
それを全員に、だなんて父様は僕が異世界に行くことに反対なのだろうか。
僕は憂鬱な気分になりながら、だだっ広い魔王城を歩き回りながら兄姉を探していた。
隣で従者が人間界の「ティッシュ」とやらを使って鼻をかんでいる。
そのティッシュ、魔界ではそこそこ高級なのだけど……。
そうだ、人間界に行ったらティッシュを箱一杯買って、姉様と兄様にお土産として渡そう。
きっと喜んでくれる筈だ。
「あれ、もしやあの方は六男の変態仮面様……」
従者が曲がり角を曲がってきた六男である兄様を見て、心底嫌そうにそう言った。
僕の兄様に向かってなんて酷い言いようだ。
でも事実だから仕方が無い。
僕を見つけたからか嬉しそうに駆け寄ってくる六男の兄様、略して六兄様の服は露出が激しい。
大事な部分はしっかりカバーされているが、それ以外が酷く心ともない。
紐を着ているかのようだ。
それでいて、顔の上半分を覆う白く美しい仮面が、六兄様の変態度を著しく上昇させていた。
「どうしたんだい?」
爽やかな声で、実際性格も魔族の中では比較的に爽やかなのだが、どうしてこんな服装なのだろう。
隣の従者が鳥肌の立った腕を摩っている。僕はもう慣れた。
「六兄様、人間界に行く許可を下さい」
ニコニコ笑っていた六兄様の表情が一気に、魔界一臭い虫、ドグサムシを何匹も噛んでしまったかのような絶望顔になった。
「……え? な、なんで? 急にどうしてだい?」
今にも泣きそうな変態仮面、いえ六兄様に僕は更に言葉を重ねる。
「魔界が嫌になったので、許可を下さい」
とうとう変態仮面はぶわっと泣き出し、崩れ落ちた。
そして僕に、愛する人に別れを迫られた恋人のように縋り付く。
「う、嘘だよね……?」
残念ながら嘘でも冗談でもない。僕は静かに首を横に振った。
「ねぇ、ね、直すからすぐなおずからぁ! 嫌にならないでよぉおお!!」
まただ。変態仮面である六兄様は嫌なことがあると直ぐ幼児退行してしまうのだ。
僕はどうにも出来なくなって従者を横目で見た。
従者はやれやれと言わんばかりに首を振り口ぱくで、諦めてください、と言った。
そうはいかない。僕は人間界に行くと決めたのだ。
暫くそのままでいると、徐々に泣きやんできたのか、ずびずび鼻を啜りながら変態仮面が立ち上がった。
「……わかった、兄ちゃん倒したら許可あげても良いよ」
ーーどうしてそうなる!?
渋々そう言った変態仮面は立ち上がり、何処からともなく鞭を取り出した。
ひゅんひゅんとそれを肩慣らしに振り回しながら、変態仮面はにこりと微笑む。
そこに先程までの幼さはなかった。
バトルジャンキー特有の眼のギラつき。
変態仮面、六兄様が本気になった証拠だ。
本当、どうしてこうなるのだろう。
僕は人間界に行く許可を取りに来ただけなのに。
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