魔王の息子だけど、変態仮面と戦うことになった
変態仮面こと六兄様と戦うことになってしまった。
鞭を振り回す六兄様の顔は、正直ドン引きするぐらい愉しそうだ。
従者はいつの間にか後方に避難しており、遥か彼方から「坊ちゃま、頑張って下さーい」とやる気のない声援が聞こえてきた。
ちょっとは手助け、は出来なくても従者としての誠意ぐらいは見せて欲しい。
魔族同士の闘争は一体一、または同じ人数同士で戦うことが原則として定められているから、従者が参戦できないのは知っている。
「大丈夫、可愛い弟だもの。今回は殺し合いじゃないよ」
全く安心できないことを六兄様が微笑みながら言う。
殺し合いじゃない、ということはどちらかが気絶するか、参ったと言うまで終わらないのだろう。
しかも、僕がもっとも得意とする魔法は殺し合いじゃなければ使うことはできないのだ。
本当、どうしてこうなった。
兄姉の中で、性格は比較的マシとはいえ六兄様も魔族だった。
「じゃあ、始めようか……」
パチン、六兄様が指を鳴らす。
開始の合図だ。
僕は速攻で後方に逃げた。
あんな痛そうな鞭に素手で相手したくない!
つるつると滑る床に手間取りながら僕は廊下を駆ける。
その後ろを笑いながら変態仮面の六兄様が追いかけてくる。これなんてホラー?
「あはは! なんで逃げるの? 遊ぼうよ!」
鞭を振り回しながら言う台詞じゃないよ!
凄まじい勢いで振られた鞭が壁にヒビをいれていく。
なんて恐ろしい。
「絶対嫌だよ!」
そう叫びながら、僕は通りすがりの給仕が運んでいる昼飯のフォークを三本ほど奪い取った。
そして、そのうちの一本をぶん投げる。
だが、鋭い鞭の一撃で難なく落とされてしまった。
「こんな生温い攻撃じゃ僕は倒せないよ?」
今度は僕の番、と微笑みながら六兄様が飛び掛ってきた。
勿論、鞭を飛び掛る勢いに合わせて振り下ろしながら、だ。
慌てて横っ飛びでそれを避ける。
どがん、と大きな音がして人間界から輸入した大理石の床が抉れた。ああ! 貴重なのに!
僕は両手に奪ったフォークを装備すると、六兄様の顔面に振り下ろした。
大理石の恨みっ!
「流石だね!」
六兄様は直ぐ様、鞭でフォークを絡めとってしまった。
流石は六兄様の方だと思う。変態仮面だけど。魔王の息子なだけあって、実力は確かだ。
だけど、僕は負けるわけにはいかない!
人間界に行って平穏な暮らしを満喫するんだ!
僕は鞭に絡め取られたフォークを、あえて更に取れないように捻って絡めとる。
ーーそして鞭による防御が出来ない六兄様の顎に向かってダイレクトアタック!
容赦なく顎に蹴りを決めた。
フォークを離すと六兄様は後ろへぶっ倒れた。
しまった! 気絶させてしまった!
「……どうしよう、これじゃ許可を貰えないよ」
……六兄様って本当鞭がないと弱いよね。
せめて鞭を使えなくなったら手放して予備の鞭を出すぐらいはすべきだよ。
心の中で六兄様に駄目出しをしながら、僕は六兄様のお腹をペシペシ叩いた。
「見事な足蹴りでしたね、坊ちゃま」
いつの間に戻ってきたのか、従者が六兄様の頭をばっちいものでも触るみたいに、枝でつんつんしながらそう言った。
「枝は止めてあげてよ……」
そう言うと従者は、失礼しました、と謝罪をして何処から取り出したのか指さし棒でつつき始めた。違う、そうじゃない。
「まあ、いいや。六兄様だし……」
変態仮面だもの、仕方ない。
暫くすると六兄様が目を覚ました。
そしてわんわん号泣し始めた。まただよ……。
「いがないでぇええ!!」
ぴぇええと泣き叫ぶ六兄様。
それを宥める末っ子の僕。
普通逆だよね? と思いつつ六兄様の背中を撫でる。本当に服は紐を巻いただけだった。
水着を着た上から全身に雑に巻かれた包帯。
包帯を紐に変えてみたら分かり易いかもしれない。
「お土産も買って帰るから泣かないでよ、六兄様……」
ぶんぶん首を横に振られた。
「……ん、お土産はいらない。だから、偶には……帰ってきでねぇええ!」
すびずび泣きながらそう六兄様は言った。
六兄様は変態仮面だけど戦いの約束は守る魔族なのだ。
「……うん」
それに僕も偶には帰って来たい。何だかんだ言っても僕の故郷だし。
僕は父様から貰った書類に、六兄様の判子を貰った。
一人目の判子ゲット!
だが、これを後十一人に貰わなくてはいけない。
先は長そうだ……。
***
「坊ちゃま、私(ワタクシ)に逃走の許可を下さい」
従者が未だかつてない真剣さで僕に頼み込んできた。
でも残念なことに、その頼みは聞いてやれそうにもない。
従者は空間魔法を使えること以外はへっぽこも良いところだが、囮はいないよりいた方が幾分かましだからだ。
そんな僕たちの目の前には、魔界に相応しい凶悪生物、ヒュドラ、バジリスクの二匹が不気味に蜷局(トグロ)を巻いていた。
そして僕たちは今、檻の中にいる。
つまり逃げ場はない。
空間魔法を使える従者なら逃げ出せるだろうが、主人である僕がそれを許さない限り、従者にも逃げ場はないのだ。
……どうしてこんな状態になったのか、それは三十分ほど前に遡る。
「四姉様!」
魔王城の壁の中に備え付けられた太いパイプ。
その中身を進んでいた四姉様を見つけた。
シューシュー言ってるから隣を通ったら直ぐに判るのだ。
従者がぼそっと「……陰険蛇女様」と呟いたので、僕は肘鉄を入れた。
石にされたらどうしてくれるの。
僕の声を聞いた四姉様は太いパイプの空気口から顔を出した。
髪は無数の蛇でーーもうそろそろ脱皮の時期だと四姉様は言っていたーー目には包帯を巻いており、舌は先が二本に分かれている。
ずるりとパイプから身体を出し、その長い足を地面に横たわらせた。
そう、四姉様はメドゥーサなのだ。
「……どうしたの、末っ子」
小さなか細い声で、四姉様は僕に問いかけた。
頭の無数の蛇はあっちをみたりこっちを見たり、好き勝手に楽しそうにしている。
「四姉様、人間界に行く許可を下さい」
そう僕が言った途端、好き勝手に楽しそうにしていた無数の蛇が一斉にこちら見た。
シャー! と威嚇音を立てながら、四姉様は口を開く。
「……人間界? よりにもよって……人間界なの……?」
ぶつぶつ低音で呟きながら、四姉様は僕を見る。
包帯で巻かれている筈なのに、鋭い眼光に射抜かれている気がした。
隣で従者が短い悲鳴を上げた。
「……分かった」
僕は目を見開いた。てっきり六兄様のようにもっとごねられると思っていたからだ。
だが、それは四姉様がーー
「私のペットに勝ったら……許可をあげても良いわ……」
四姉様はぞっとするほど妖艶に微笑んだ。
ーー自分のペットに絶対の自信を持っていたからであった。
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