魔王の息子だけど、鬼ごっこすることになった

「必要な判子は後九個。これじゃあ半分も埋まってないよ……」


今日中に集めるのは難しそうだなぁ、と僕は空白ばかりの許可証を片手に呻く。


害のない変態ならまだいい。

灰汁の強過ぎる兄姉達の中には、洒落にならないような者も割といるのだ。

それらを相手取るのを一日で終えるのは至難の業だと思う。


「寧ろ私は、坊ちゃまが今日中に集めようとしてたことに驚きですよ」


あれから六兄様と三兄様に血祭りに上げられた従者は、頬や額に絆創膏を貼って入るがそれなり元気そうに見える。なんてこった。


「早く人間界に行きたかったんだよ……あ、特に日本に行きたいんだよね」


「大陸の皺で出来てるアレですか?」


「…………」


僕の行きたい人間界の国、No.1を大陸の皺呼ばわりされた……。

皺呼ばわりされた日本の恨みを晴らすため、僕は取り敢えず従者にヘッドロックを決めた。

因みにレスリングの方である。





大理石で出来た床をバンバン叩いて降参した従者を数分経ってから離す。


「久々に死を覚悟しました……」


魔界最弱と言われるスライムのように、床で震えながら呻く従者。別に本気で技をかけたわけではないのだから直ぐ自己再生するだろう。


僕は腕を天に上げ、伸びをしながら呟いた。



「一気に二人ぐらい来たら早く終わるのに……」




***



「……あんなこと言わなきゃ良かった……」


全速力で廊下を駆けながら、僕は遠い目で過去を悔やんだ。

一人ですら厄介なのに、二人来たらどうなるかなんて最初から分かりきっていた事だった。





時を遡ること数十分前のこと。

小腹が減ったので、食堂に向かっていた時であった。


廊下の窓が突然割れたのだ。


派手な音を立てながら、唖然とする僕と従者に硝子の雨が降り注いだ。

そして、割れた窓から二つの影が入り、鮮やかに着地した。


「楽しそうなこと、してるって」


「聞いた、僕達も混ぜて」


そう言って笑うのは五姉様と五兄様、双子である。

その容姿を例えるなら、二人とも……そう、前に見た日本人形が一番よく似ていた。特に基本無表情なところが。


少し違う点と言えば、五姉様も五兄様も小さな背丈に合わぬ大振りの凶器を持っていることだ。……はっ、結構違う気がする。


因みに五姉様は大鎌、五兄様は大斧である。


「…………逃げましょう、今すぐに」


従者が後ずさりしながらそう言った。

顔が真っ青だ。従者がそう言うには理由がある。


「私達が、遊びに勝ったら、ソレの首頂戴」


「エルフ、貴重、コレクション!」


……という訳だ。

従者の顔も真っ青になる訳である。


「坊ちゃま、魔法の許可をください! 一生のお願いですから!」


「魔法っていっても、まだ使いこなせてないじゃない……危ないよ?」


魔法は未熟なものが使うと暴発するのだ。

魔族が幼い頃に使った魔法の暴発で、城の一つや二つ消し飛ぶことは良くある話である。


普通、それなりの歳をとれば制御できるようになるものだがこの従者は例外である。

もうそろそろ使えるようになってもいいと思うんだけど……。


「そ、そうなんですけども……」


「自力で頑張ろう、僕も使わない予定だし」


とはいえ、あくまでも予定である。僕は酷く乾いた笑いを零した。使わないと命が危ないなんてことになれば、使わざる得ない。

でも、出来ることなら使いたくない。


自力って、えええ!? と喚く声を無視して、僕は五姉様と五兄様に向き直る。


「何で遊ぶの? 五兄様、五姉様」


そう聞くと、双子は顔を突き合わせてこそこそと喋り始めた。相談しあっているようだ。

……これだけ見たら可愛いんだけどね。


暫くすると二人の中で案が纏まったのか、五姉様の方が僕を見た。

そっくりな双子だけど、持っている武器が大鎌だから直ぐにわかる。


「鬼ごっこ、決まり」


「僕達、鬼ね」


どうやら魔界式鬼ごっこに決まったようだ。

魔界式鬼ごっこは、鬼に触れられたら負けだが、武器に触れてしまうのはセーフなのだ。

そして、逃げる側が武器を使って反撃することも出来る。

無論、死んだら僕達、逃げる側の負けである。


「……首切り鬼……」


従者がぼそっと言ったが、こればかりは否定できそうにもない。正にそのとおりだ。


「制限時間は、一時間」


「十秒数える、逃げる、して」


僕は従者の首根っこを掴むと、割れた窓に足を掛けた。


要は一時間前逃げきればいいのだ。





……と、そう思っていた時期が僕にもありました。




***



「見つけた!」


五兄様の楽しそうな声と共に振り下ろされる大斧。顔は相変わらずの鉄仮面だ。


それを間一髪で横に避けると、追従するように斧が僕に迫る。

フォークを二本とも使い咄嗟に防御するが、呆気なく折れた。

あ、ああ……今までありがとう……。


五兄様は身長を優に超える武器を、自分の体のようにいとも容易く動かすのが厄介な所だ。


「ッ! ……やば!」

大斧の追従をしゃがむことで回避し、上を通る斧の腹を蹴り飛ばす。

だが、五兄様は斧から手を離さない。



大斧を手にしたまま、宙を舞い、天井を蹴った。


重量も上乗せされた一撃が振り下ろされる。



「しね」




***



「まって、まって、頭! まって」


「待ってって言われて、待つバカがいますか!?」


あの時窓から一階に飛び降りてから必死で逃げたのですが、この首切り鬼様達は随分足が速いようで、直ぐ追いつかれたのです。


坊ちゃまは二人は相手取れないと悟ったのか、私を廊下の端の方までぶん投げました。

正直、首切り鬼様に首を落とされる前に、壁に衝突して首が折れるかと思いました。

扱いが荒いったらないですね。


しかも、首切り鬼の姉様の方には逃げられたらしく、現在私の後ろを無表情で追いかけてきてます。本当に怖いです。ホラーです。


せめて魔法を使わせてくれれば、勝算はあるのですが……。


「おとなしく、やられて、お願い」


「頼まれても御免です!」


可愛い子ぶりながら、大鎌を横に薙ぎ払ってくるものですから油断はできません。するつもりもないですけど。


にしても、坊ちゃま。本当酷い。


このままじゃジリ貧じゃないですかー。

まさかそんなに大陸の皺って言ったことを気にしてるんですかね?

これだから心が狭い魔族は嫌ですね。ええ。


第一今日は朝から厄日ですよ。


アレルギーの羽毛に苦しめられて、盾代わりに石化させられますし、トイレでフルボッコにされましたし。(まものっちも落としましたし……)


挙句の果てには首落とされそうになってるとか、これを酷いと言わずして何を言うって感じですよ。


手も足も出ないので、走って逃走していますが、もうかなり体力が尽きてきました。脇腹が痛いです。これはかなり深刻です。


「あれ? 坊ちゃまが前に……」


曲がり角を曲がると、坊ちゃまと首切り鬼の兄様が戦っていました。

いつの間にか元の場所に戻っていたようですね。


どうやら坊ちゃまが劣勢のよう。


あ、フォーク折られたようですね。割と気に入っていたようでしたので、残念でしょうに。


真後ろから振られる大鎌をどうにか躱し、坊ちゃまの方に向かいます。

決して坊ちゃまに後ろの方を押し付けようなどと考えてはおりませんよ、ええ。


何をヘマしたやら、坊ちゃまが斧をくらいかけてますね。


「坊ちゃま!」


なので、斧の横っ腹に私の全力で蹴りを入れました。非常に足が痛いです。


僅かに軌道が逸れたらしく、坊ちゃまの真横に斧が突き刺さりました。危ないったらないですね。


「従者! 後ろ!」


坊ちゃまの叫び声に後ろを振り向くと、首切り鬼の姉様の方が既に大鎌を振りかぶっておられました。


首と胴体がさよならのピンチ!


そこは復活した坊ちゃまが私の襟首を後ろに引き寄せることでなんとかなりました。


折角二手に別れたのですが、何故かまた元通りに戻ってしまいました。

不思議なこともあるものです。



***


なんか、前に戦った時よりさらに強くなった気がするよ……。


正直フォークを折られたのが痛かった。

手持ちの武器と盾が何故か戻ってきた従者しかいない。

斧を蹴り飛ばしてくれたのは助かったけど。

あの時、魔法を使うかどうか悩んだんだよね。


魔法を使うと妙にテンションが上がっちゃうから使いたくないんだよね。

何事も平和が一番だよね、うん。

既に手遅れな気がするけど。


……でも、少しぐらいなら問題ないよね。


「……坊ちゃま」


従者が何やら意味深な目で見てくるけど、無視無視。


五姉様と五兄様が驚異的な脚力で飛び、向かってくる。

同時に振り下ろされる凶器を避け、その勢いのままガラスを殴りつける。

飛び散ったガラスの破片をフォークと同じ要領で投げつける。


当たり前のように、大斧と大鎌で容易く防がれる。


まあ、目くらましなので全く問題はない。


本命はこっち。


「え、ちょっ」


従者が何か言ってるけど何時ものことだ。

深呼吸して魔力を集め、柱を人に見立てて足払いを掛ける。

大丈夫、本気は出してない。


城の柱は沢山あるし、一本ぐらい取っても平気だよね。


「……流石、怪力ですね」


何故か従者の目が死んでいる。


「末っ子が、本気、出すかも」

「僕達も、やろう」


五姉様と五兄様はヤル気が出たらしく、目が爛々と輝いていた。流石バトルジャンキー。

どうもこれが鬼ごっこだったことも、首が欲しかったこともすっかり忘れているように見える。

しかも心なしか瞳の瞳孔が縦に鋭く伸びている気がする。


「頑張って、受け止めてね」


「楽しい、楽しみ!」


そこから双子鬼の更なる猛撃が始まった。


因みに従者はどっかに逃げた。まただよ。



振り下ろされ、薙ぎ払われる凶器を躱し、踊るように戦う。


魔法は最低限だ。


勝負はギリギリじゃなきゃ、つまんない!


途切れのない斬撃が頬をかすめていく。

血の臭いが。大丈夫、落ち着け。


もっと。



***


「判子ね、あげる」


「楽しかった! 楽しい! また、また!」


妙にテンションの高い五姉様と五兄様から判子を押してもらう。

……どうしてだか途中から記憶がない。

結局、時間切れで勝ったらしい。良かった、勝ってた。


ふらっと戻ってきた従者が「城壊れてない、奇跡ですね……」とかなんとか言ってたけど、何のことだろう。


そんなことはさておき、これで残る判子は後七個だ。


後一つで折り返し。



ああ、早く人間界に行って平穏に生きたい。

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