魔王の息子だけど、恋愛は個々の自由だと思う その3
……奪い返してみろ……?
よろしい、ならば戦争だ!
仁義無き戦いが今幕を開けた。
何をやっても反則にならず、ただパンツを奪うか奪われるかだけが勝敗を決する。
僕は静かに、深く息を吐いた。この勝負、冷静さを欠いた方が負ける。
奪い合いは四兄様の得意分野なのだ。だからこそ、冷静にならなければならない。Be cool ってやつである。
だがしかし、奪い合いとは「保守的」なだけでは勝てるものではない。時に大胆に。時に強引さも必要なのだ。
足に力を込め一気に跳躍する。
額と額がぶつかりそうなほど距離を詰めた。だが、四兄様は顔色一つ変えない。
そして頭に手を伸ばす、フリをして腹に攻撃を加えた。フェイントを交えたが、どうだ。
ふっ、と四兄様が一瞬楽しそうに笑い。
直後、身体に激痛が走る。
「ぐっ、ッ」
喉の奥から血が競り上がる。耐えきれたくなった分が口から漏れでた。見えなかったが、恐らくカウンターだ。
カウンターの重たい一発と、駄目押しの数十連打撃を貰った。今の一瞬で。は、速い。
だが、この程度の攻撃で倒れるなら魔族を名乗る資格はない。
打撃を受け、ぐらりとよろけた体勢を整える。同時に床に飛び散った、鋭い破片を幾つか拾う。バレないように、こっそりとだ。
そして再び、床を蹴る。
先程と同じように頭に手を伸ばす。
四兄様の冷たい眼差しが刺さった。
「……馬鹿が。少しは頭を使え」
突進してきた僕の頭を逆に掴み、地面に叩きつけた。
「たわいも無い……いや」
立ち去ろうとした四兄様は足を止めた。その言葉の通り、足を破片で留めたのだ。押しピンで紙を止めるように!
床に叩きつけられたその力を利用して、床の欠片で四兄様の足を縫い止めたのだ。
速く過ぎて攻撃が止められないなら、縫い留めればいい。
一瞬で拘束は外されるだろうが、隙は一瞬でいい。
脚だけで飛び上がり、僕は四兄様の横頬を殴り抜けた。腰を思いっきり乗せた重たい一撃は、ごきりと鈍い音を立てて対象を吹っ飛ばした。
パンツを奪いたい所だったが、そこは流石四兄様。咄嗟に腕でガードしていたのだ。だからこそ、ガラ空きだった顔に一撃を加えることが出来たわけだが。
四兄様が崩れた壁の中からゆっくりと立ち上がる。
そしてパンツを一旦脱ぎ、パンツに付いた埃を見て、「貴様ァ!!」と怒声を上げた。
比喩でも何でもなく、四兄様の体をバチバチと電流が走る。本気切れだ。
今まででも十分過ぎるほど速かったそのスピードが更に凶悪になる。
気が付けば僕は空にいた。
今までいた城が視界の下の方にある。え。
「償ってもらうぞ。その命を持って!」
四兄様が叫んだことで首を掴まれていることに漸く僕は気が付いた。そして、物凄い勢いで落とされている。
抵抗する間もなく、泉へと叩きつけられた。
凄まじい飛沫が上がる。背中が痛い。息が出来ない。苦しい。陸に上がろうにも喉も掴まれている。……このままじゃ、死ぬ!
四兄様の凶悪な笑みが目に入った。
口だけを動かして四兄様が喋る。ああ、不味い。
「喰らえ、我が奥義!【怒雷電(ディエーガ)】」
目の前が真っ白になった。
先程とは比べ物にならないほどの衝撃。
痛みと表現するのが正しいのかすらわからない。
頭が真っ白になる。
血が夥しいほど流れていくのがわかる。
僕が抵抗する時に引っ掻いた四兄様からも流れていく。血が。
血が流れすぎたせいか意識が朦朧とし始める。
……不味いなぁ。
本当に不味い。
何だかんだ言っても、いくら否定してみても、やはり僕も「魔族」だ。血の匂いは良くない。
興奮するッ!
水から上がろうとしている四兄様の足を掴み、引き摺り込む。自慢のスピードも水の中じゃ上手く出せないだろう。飛んで火にいる夏の虫ってやつかな、火じゃないけど。
苦しさなど最早気にすら無からなかった。興奮だけだ。
それだけが僕の身体を突き動かした。
慌てたようにばたつく身体を押さえつける。
化物を見るかのような目で四兄様が僕を見るのがわかる。
四兄様は何度も放電しようと暴れ回ったが、最早痛みすら感じなかった。最後に四兄様はごぽりと一際大きな気泡を吐くと大人しくなった。
殆ど動かない手足を動かし、意識のない四兄様と共に岸辺に上がり僕は寝転がる。
その手には一枚のパンツが握られていた。
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