第29話:気取れ! 悪魔の好敵手


 ズシン、ズシンと巨人が通り過ぎる足音が聞こえた。

紅魔族の里付近の森、どうにもキノコ臭い茂みの中。

アクアはの我儘に乗っかって、あの《菌糸巨人》の中から後輩を助け出すことにした俺は、現在潜伏スキルで他の4人を抱えて隠れさせている。


「……つーわけだ、三人とも。悪いが作戦変更だ。デカいのそのものはどうにもできないにしても、せめてマナコは助けだすぞ」

「なに、そうなるだろうとは思っていたさ。任せろ、人を守るのは聖騎士の本懐だ」

「当然、私も微力ながらお手伝いしますよ」

「今のめぐみんは本当に微力だなぁ……あ、いや待てよ」


 言ったはいいもののどうしたもんかと思ったが、アクアが本気出せばやりようはある。

問題はこいつが抵抗しないかって事だが。

こいつから頼んできたんだ、無理矢理でも言うこと聞かせよう。


「おいアクア! お前のわがままに協力してやるんだからな。当然、俺の指示には文句言わず従うんだよな?」

「わ、わかってるわよ! あ、でもだからって調子乗ってエッチなこと命令しちゃダメだからね?」

「俺だってこんな状況でお前に麻袋被ってろと言う気はねえよ」

「どういう意味よー!?」


 どうもこうも、お前にエロいことしようと思ったら顔を隠すのは最低条件だってことだよ、言わせんな恥ずかしい。


「ダクネス。少しでいいと言ったら、足止めできそうか」

「愚問だな、私を誰だと思っているんだ?」

「変態処女」

「んっ……だからだな、こういう時は私にも少し格好つけさせて……」


 本気でそうお願いするのならまず顔を赤らめてもじもじするのをやめろ。

あの茸ゴーレムが反射で動いてるだけの間は止めたが、今ならダクネスの足止めは充分ありだ。

なんでかは知らんが、相手は俺たちを痛めつけようとしている節がある。それなら、踏み潰されて即死ってのは無いだろう。

もちろんそれでも危険なことに変わりは無いが……


 と、逡巡したその時だった。


「ねーねー、なんだか怪しい気配を感じるわ! このキノコからモンスターの気配がするの!」


 草むらの影にちらちらと見えていた紫色の茸を、無造作にアクアが引っこ抜いた。

馬鹿野郎、と止める暇なくキノコはそのまま数倍に膨れ上がり爆発する。

慌てて口をふさぐものの、多少は飛散した胞子を吸い込んでしまった。


「ごほっ……こ、この馬鹿……!」

「ゲホッ、ゲホッ! うう、思いっきり吸い込んじゃいました。なんでしょうこれ」

「何ってそりゃ、キノコがばら撒くものなんてたかが知れて……」


 いがいがとした不快感に思わず咳き込む。

糞茸め、なんてことしやがると顔を上げ、俺とめぐみんはきょとんとした顔で向かい合った。


「……おいめぐみん、何だその頭の」

「……そういうカズマこそ、随分前衛的な髪型ですね」


 互いの頭頂から生えた紅白の傘を、お互いに指で示す。

そして同じ仕草で頭に触れると、髪がクシャッと潰れるはずの所に、ぶにっとした感触。

……どう考えても茸の傘だ。頭のてっぺんからキノコが生えていた。


「もしかして今のでか!? ヤバい、抜け、抜け!」

「どどどどうしましょう体が重くて腕に力が入らないのですがぁぁ……」


 頭はヤバい。生やしっぱなしにしておくとまず洗脳される系の何かである。

こんなに早く育つのは呪いか何かか、神器の力か。

どちらにせよ抵抗力は強く、下手にこれ以上ひっぱると脳みそごと引き抜けそうで怖い……。


「『セイクリッド・キュアー』!!」


 と、思った所にアクアの魔法が飛んだ。

頭の茸は風呂洗剤をかけられた虫のようにひっくり返って落ちていく。

正直助かったわけだが、なんだろうなこの納得いかないドヤ顔は。


「ふぅ……危なかったわね。私の治癒魔法がなかったらどうなっていたことか……なんという恐ろしい魔物だったの」

「恐ろしいのはお前だ馬鹿。今ので『潜伏』が剥げたぞどーすんだ。いいか、さっさと退散するぞ? 絶っ対に大声を出すなよ」

「いたっ……さ、三回も叩かなくていいじゃない。はいはい今のは私が不注意でございました! 反省してますー!」

「だから大声を出すなっつってんだろうがっ!!」


 ……あっ。


『見つけたわよぉぉ、地面と合い挽き肉にしてやるわぁぁ!』

「カズマさんのー! カズマさんのせいで見つかったぁー!」

「うっせぇ誰のおかげで隠れられたと思ってやがる! だぁーくそ、巨大すぎて為す術が無いぞどうすんだ!」

「ああ、お兄様が普段どんな冒険しているかが透けて見えます……」






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 ……やれやれ。

ゆんゆんさんの首元を掴んでいた『ドレイン・タッチ』を離し、私は一つため息を吐く。

体の意識が覚醒してからこの場に駆けつけたが、ギリギリ間に合ったようだ。

これ以上傍観していては、悪い方向に決着が付きかねない。


「世話の焼ける人たちです、ほんと」

「お、お手数かけます……」

「……? ああすみません。決しておば……ゆんゆんさんに言ったわけではなく」

「おば……!?」


 青白い顔を更に悲壮に変えて驚くゆんゆんさん。

別に老けて見えるわけじゃないんですけどね。つい口が滑って、要らぬショックを与えてしまった。反省。

私がフォローするべきか悩んでいると、さっきまで歯をカチカチ鳴らしていた剣士の人が、やっと血色を取り戻した顔でこちらを見ました。


「……治療には礼を言おう。その娘に魔力を分け与えてくれたことも。しかし、君は一体誰なんだ? 一体なぜ、『ドレインタッチ』を使える……?」


 視線には僅かな猜疑心。というより、私の顔の上半分を隠す誰かさんの仮面が気に入らないご様子で。


「教えても別に構いませんが……女湯のれんを入れ替えるような人に名前を知られるのは怖いですね」

「なぁ!? な、なんでそれを!? いや違うぞ、それはとあるやんごとなき人に頼まれて……!」

「わざわざ他人の着替えを見えない所に隠して、後から入ってくる人が気付かないようにしたくせに」

「え……? ミツルギさんそんなことしてたんですか……?」

「ち、違っ……! いや違わないが、それにはやむを得ない事情があって……!」


 この人に直接恨みがあるわけじゃないですが、結果として純度の濃い変態に追われることになったことは忘れてませんよ。

彼にとってはなんのこっちゃって感じでしょうが。私、結構根が深い性質なので。


「悪感情ごちそうさまです、と。 生憎私は人間ですので、そんな目をされても喜べませんが」

「……喜ばすために睨んでるんじゃないぞ」

「ご安心ください、私は味方ですよ。


 空の中心に登りつつある太陽が、私の足元に濃い影を作り出した。

必要なら詳しく説明もするが、今は時間が無い。魔剣の人(そういえば名前を覚えてなかった)が立ち上がるのに合わせて、私も仰々しくマントをはためかせた。


「我が名はめありす! 刻に逆らう反逆者にして、悪魔との契約を結びしもの! そして、いずれサトウカズマの娘となるもの!」

「む、娘!?」

「……いずれは、ですけどね。まあ理解する必要は無い。動けるようになったなら退いていろ。足元、崩れるぞ」


 仮面の下で真紅の相貌を輝かせ、私は憎悪を滾らせた。

さすがは母の爆裂魔法というべきか、無敵の鎧塞だった菌糸巨人の装甲はところどころが剥がれ落ち、埋め尽くされた菌糸がもろりとはみ出ている。

その結果、私が知るより大幅にトルクも落ちているようだ。おそらくは、体組織がはみ出ているせいだろう。


 ……チャンスが来た。、千載一遇の機会が。

あいつには沢山の物を奪われて、取り返してやると決めたのだ。

誕生日のプレゼント。勲章のように磨かれた鎧。きれいな水と、世界。

欠片たりとも、奴に汚させてやるつもりはない。




「鳴動せよ! 『クリエイト・アァースゴーレム』ッ!!」




 裂帛の気合を込めた呪文が、大地を鳴動させた。

爆裂魔法並の魔力を込めて作り上げられた土人形アースゴーレムは、その辺の木を根ごとひっぺがして巨大な人型を取る。

その足元に居たゆんゆんさんや魔剣の人が、転びそうになりながら慌てて下がる。

流石に後方の気配に気がついたのだろうか。

父さんたちを追いかけ回していた巨人が、ゆっくりと私の方へと振り向いた。


『なにかしらぁ? このずんぐりしたのは』


 私が作り上げた巨大アースゴーレムは、それでも《菌糸巨人ヤツ》よりはサイズで劣る。

それも、本来この魔法で使うべき魔力量を大幅に超えて注ぎ込んだ無茶の産物だ。

鼻で笑われるのも無理はないだろう。

できあがったゴーレムの動きはどうにも鈍くさく、とても戦闘できるようには見えない。


『ひょっとして、私の《菌糸巨人》と張り合う気なのかしら。こんな冬のカエルみたいな土塊で』


 腕の重みで未だ立ち上がりもしないゴーレムを前に、相手の巨体が悠々と迫る。

肩に乗る私に向かい、後方の二人から危ないだの降りろだのといった声がかけられる。

……問題はない。この魔法は、最初からこうするために覚えたのだから。


「『バーサタイル・グラディエーター』」


 残る魔力を振り絞り、小山のような土塊の指の端まで行き渡るように支援魔法をかける。

これによって、私の戦士技能がこのアースゴーレムに授与される。

ずっとずっと、デカい相手に対抗するためだけに考え続けた、冒険者にしか取り得ない手段――!


「パンチだ! ゴーレム!」

『何っ……!?』


 跳ね起きるように身体を上げたゴーレムの右ストレートが、無防備な巨人の胸元に叩き込まれる。

叩かれた部分が青白く発光し、なにがしかの神器があそこで作用しているのが見て取れる。

それでも構わず叩き続け、叩き続け、体積差を押しのけて相手を仰向けに転がさせる。


『ちょっとやめなさいよ! そこには女の子が……!』

「……人質のつもりか? ですが取り込んだ転生者を依代にして、自身に『菌類を自由に強化・操作する』神器の力を与えるのがお前の能力だ。ならば、その心臓部――!」


 馬乗りになってガキン、ガキンと拳を叩きつけるごとに、装甲板がひしゃげ、ひび割れ、菌糸が吹き出していく。

あの舞い上がる胞子も、生身で吸い込めばただ事では済まない悪辣な仕込みだ。

……だがそれも、土塊のゴーレム相手なら意味は無い!


「ぶっ壊してやるッ!!」

「やめろ馬鹿娘!」


 ごちん、と

ゴーレムの操作に集中する私に、ごつんとげんこつが振り落とされました。


「……何をするんですお父さん。こんな時に家庭内暴力ですか? いい加減出るとこに出るのも考えますよ」

「うるせー、それが鉤爪ロープ引っ掛けて登ってきた父親に対する言葉か。めちゃくちゃ怖かったっつーの」

「またサラッと無茶を……それより、何の用ですか。私このまま、胸のとこを踏み抜いて終わりにしたかったんですけれど」

「お前はサラッとフィニッシュムーブがエグい! だから止めに来たんだっつの!」


 モロに食らって後ろを振り向くと、肩で息を吐きながら怒り顔を見せるお父さんが。

余計なお世話という奴ですね。このタイミングなら、確実に終わっていたのに。


「止めないでください、これは私の闘いなんです。やはり父さんに任せるには地力が足りません」

「お前な! 今の今まですっぽかしてたくせに……」

『アタシ抜きでおしゃべりとは、余裕じゃないのよぉ!!』


 ぐっと膨れ上がった《菌糸巨人》の腕が私達のゴーレムを振りほどく。

決して油断していたわけでは有りませんが、重量による拘束が跳ね除けられてたたらを踏みました。


「くっ……ああもう、父さん早く降りて下さい! 邪魔です!」

「やなこった。俺はもう足を引っ張ろうが何だろうが俺の意見を突き通すことに決めたからな!」


 その上どうやら変な覚悟を決めているらしく、父さん退く気ナシ。


『サトウカズマ! それに、そっちのガキは紅魔族か! 二人合わせて、復讐してやるよ……!』


 無敵と思っていた《菌糸巨人》が殴り倒されたことで警戒したのか。

文字通り目の色を変え、マタンゴクイーンが殺意の篭った眼差しでねめつける。

さっきから何なんでしょうか? こいつの復讐心は。それにどうやら、父さんのことを以前から知っている様子。


「まぁ、さほどの興味もありませんが。なによりも、復讐が自分だけの権利と思っているのが気に入らない……!」

「だからって人体狙いはやめろよ! なあ!」


 拳を拳で打払い、大きく揺れるゴーレムの上で父が悲鳴を上げる。

もともと一人分しか安定するスペースがなかったので、だいぶ私を抱きしめている形になります。


「ちょっと、今背後の男が胸を揉もうとする未来が見えたのですが。こんな時に何考えてるんですか、振り落して良いですか?」

「ちげーって! 『ドレインタッチ』で魔力補給してやろうとしてたんだよ!」

「蓄えてきたアクアの魔力を? それはありがたいですが、父さんの器では焼け石にバケツリレーですよ」

「……なんだ、見えてたのか」


 なにぶん、悪魔印の千里眼ですので。

あれほど遠くまでは見通せませんが、この場で起きていることくらいなら大体はわかります。

そして、父さんがわざわざ危険を冒して登ってきた理由も。

無意味とまでは言いませんが、圧倒的に消費する魔力のほうが多い。


「なら信用しろ。俺はな、自慢じゃないが考えだけはいつも相手の度肝を抜いてきた」

「普通の思考回路があれば取らない手段を取ってきたの間違いでは?」

「そう、俺はあの見通す悪魔バニルを困らせることにかけてはアクセルの街でも三指に入る。つまり未来を変えるのもお手の物ということだ」


 むしろ三人もいるあたり人外魔境ですよね、それ。


「俺に、いい考えがある」


 そんな、そこはかとなく失敗が約束されたようなセリフと共に、父はキメ顔でそう言いました。

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