9:20
学校中を戸叶と二人、ひと通り回りきって戻ってきた六組の教室前。
真っ黒な、しかし私と違うデザインのカメラを首から下げた紺色眼鏡の少女が、階段を上ってくるのが目に映った。
「あ、汐里、戸叶。おはよう」
私たちに気づいて穏やかに手を振る彼女に、手を振り返す。
「
「おっす、
もう一人の写真部同期である元会計、雅ちゃんは肩下でそろえた黒髪を揺らして私の横に並んだ。これで写真部三年が全員揃ったことになる。
「二人とも早いね、写真撮ってたの?」
ほんわかとした笑みを浮かべた彼女は、闇と光を交互に見てから楽しそうに口を開いた。その首に下がる彼女のカメラ・
「うん。雅ちゃんは撮らないの?」
「撮るよ。その前に、通学路で撮ってたら結構時間経っちゃって」
即座に答えた彼女は、ほら、と玄の電源を入れた。
彼女の手でスライドショーのように画面に映し出される写真を見て、私は息をのんだ。同時に斜め上からひゅうっと軽やかな口笛が響く。
「さすがだな、市木」
「そんなことないってば、いつも言ってるじゃん」
おっとりした口調で雅ちゃんは返してきたけど、この三年間、一緒に過ごしてきてたくさんの写真を見てきた私たちには分かる。
雅ちゃんの写真は構図、ピント合わせ、露出、そういった一つ一つの要素が上手い。それが相まってさすがとしか言えない写真を撮る。中学の時から写真と向き合ってきた彼女の技術は、私よりも数段上を行っていた。今の部内で彼女に匹敵するのは、高校から始めたにも関わらず半端ない才能を秘めていてかつその才能を無駄にしなかった写真馬鹿――つまり戸叶だけだ。
「……って、すごい枚数撮ったね」
次々と見せられる写真に思わず言葉がこぼれた。一つの被写体に対して四枚も五枚も撮っている。その被写体の数も尋常じゃない。しかも通学路から少し離れた場所の写真も多くある。
嫌な予感がして、私はおずおずと尋ねた。
「あ、あのさ、雅ちゃん。何時着の電車で来た?」
へ、と私の顔を見た雅ちゃんの首が少しだけ傾いた。
「んー、何時だっけ……あ、るっちゃんをホームで見かけた気がする」
るっちゃん、というのは私たちの後輩で現写真部長の女の子だ。
雅ちゃんの言葉に私は戸叶と顔を見合わせた。
「あの子、いつも七時半着のに乗ってるはずだよ」
「俺、チャリ停めてる時にるっちゃんが昇降口入っていくの見たぜ。七時半着で歩いてきてちょうどくらいの時間だった」
「「……ってことは」」
同じ結論にたどり着いたであろう私たちは、ゆっくりと雅ちゃん、そして玄を見た。
駅から十五分も歩けば余裕でたどり着くこの学校に、この子は……。
呆れ顔で再び戸叶の顔を見た瞬間、彼の頭上に何か細長いものが現れた。
数か月前までは月に一、二度は目にしていた角度。
あ、と私が声を上げたと同時に戸叶の脳天に細長いものの正体――五十センチ定規の端っこがペチッという軽い音とともに振り下ろされた。
「こーら、写真部トリオ」
「先生! おはようございます」
私の担任であり顧問でもある数学教師が、いつの間にか苦笑いを浮かべて戸叶の背後に立っていた。
ちなみに、定規でたたくのは暴力や虐待などではなく、先生なりの遊び心だというのはほぼ全員の生徒が理解している。その証拠に、絶対に定規の幅が広い面で軽くしかたたいたことはない。しかもその相手は戸叶のような先生と特に仲が良い男子だけだ。
むしろ、若くてかっこいい上に性格も気さくで話しやすい、さらに授業もわかりやすい先生は、この高校でトップを争う人気者だった。
「何すんですか先生!」
「何すんですか、じゃないよ。俺がここにいるってことはさ、分かるだろ?」
「……俺たちと離れるのが寂しくてしゃべりに来た?」
「馬鹿かお前は、時間を考えろ時間を」
そう、こんな感じにぎりぎりタメ口でないラインで話しても怒られず、かつ一番話しやすいのがこの先生なのだ。
……って、時間?
先生の言葉に、私たち三人は各々の腕時計を見た。
廊下にいたたくさんの同級生たちの姿もなくなっている。
「あと一分半でホームルーム開始。分かったか? ってことで教室行くぞ、
そう言うと先生はさっさと歩き出した。
「えっ、先生早いっ! ま、またあとでね!」
二人の返事を待たずに、私は慌てて先生の背中を追いかける。
廊下の開いた窓から流れてきた温かな風がそっと、私の髪をなでた。
ハルカゼ 杠葉結夜 @y-Yuzliha24
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