1st track 「awaking songs」
part1-1 「音響世界」
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Track - 01 「Awaking songs」
Genre (Another Style) : Noisy Core
BPM : 190
Play Time : 10:25 / 40:50
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―― Now Playing... ――
『音が見える』
そんな感じの言葉を、『世界』の始まりを見た人間の一人が呟いたと言う。
生まれ変わった世界の、始点に立ち会った人間達。
彼等は、空間に満ち溢れ始めた『
最初からこの『不安定な世界』で生まれ育ったボクには、全く想像できない感覚だった。
だけど、今この瞬間――
ボクはその言葉の意味を痛感していた。
逃げる。
脳を通し、視覚にまで影響を与える、あの『音』――『ノイズ』から。
息をきらせ、額から浮かぶ汗。
地面を蹴る足が痛む。
その度に、カツ、カツ、と、勢いよく音が発せられる。
地を構成するコンクリートと、靴が接触する事で生まれ、頭に伝わってくる。
ボク達が発する日常的な音。それを飲み込むかの様に、後ろからおぞましい規模の非日常が迫ってくる。
多分、かつて彼らが『見た』物とは、似ても似つかない物だろう。
だけど確かに、音は見えていた。
あの『ノイズ』を、音と表現しても良いのならば、だけれど。
虚実以上の悪夢が、追いかけてくる。
非常に危険な状況と言えば間違いは無い。
後ろから迫りつつある、強大な『ノイズ』から、必死で逃げ回っているのだから。
ボクと、ボクの前を先行する背中。
彼女と二人、とある『問題』に対処する為、人気の無い区画の裏路地を駆ける。
日も殆ど落ちかけ、夕闇が迫りつつある世界。
幻想と
物体を包み込む、『現実』と言う名の模造品の音が、周囲を構成している。
言葉で表すのならば、『静寂』とも言える音。
デジタルデータで再現されたそれが、ボク達に向かい、発せられていた。
微かな湿気が含まれた空気。
路地裏特有の、
だが、そんな事を気にしている余裕は無い。
(『音』が、どんどん近付いて来ている……!)
それだけが今のボクの全てだった。
『雑音』が、周囲の物体を歪ませつつ侵食し、時には
あんな物に巻き込まれでもしたら――考えるだけでも恐ろしい。
故に、ここで立ち止まる訳にはいかない。
「セーニョ、大丈夫!? ちゃんと付いて来れてる!?」
ボクの前を走る女性が、こちらへ顔を向ける。
その顔には若干の焦りが見えたが、ボクとは違い、恐怖の色は感じられない。
『先生』とボクが呼び、慕っている女性。
彼女が、こちらの名を呼んで存在の
彼女の心配の色を帯びた声の音が、ボクの頭に直接伝達される。
「あれに飲み込まれたくなかったら、絶対に私の
頭脇。その左右対称に、人間の物とは違う耳が備わっている。
まるで犬の様な、体毛に
彼女とボクは、それなりに付き合いが長い。
それこそ、不信感を抱かずに信頼の意を込められる位には。
ボクは、己よりも一回り程身長が高い、彼女の顔を見上げる。
美しさの中にも
其処に、ボクの幼い顔が映り込んでいた。
彼女の言葉へ返事をする代わりに、ボクは一度だけ頭を
こうする事でしか、ボクは彼女に応えられない。
肩よりも下程までの長さを持つ、彼女の金髪。
暗い裏路地の中でも、太陽の様に輝くそれが、駆ける度にふわりと揺れている。
ボク達は互いの無事を確認しつつも、走る脚を止める事はしない。
(酷いノイズだ。気を抜いていると、すぐにでも身体がおかしくなりそう)
狭い裏路地の大半を支配しつつある雑音。
狂気の意思にも似たそれが、際限なく世界へと拡がっていく。
物凄い勢いで何もかもを巻き込みつつ、世界を歪な物へと作り変えていく。
その様は、正に暴飲暴食。
身体が震えている。
恐怖を感じていたのもあるけれど、あの音の影響なのか、確かに身体は振動を感じていた。
「衰え知らずとはこの事か……ッ!」
先生が、一瞬だけ後方へ視線を向ける。
全く勢いを弱めない『音』に対し、彼女は独りごちた。
視覚認識が可能な、異常な雑音。
(音が『見える』なんて、本当に悪い冗談だよ……!)
音と言う概念。
本来、視覚とは全く無縁の存在である。
それでもボク達の眼には、ハッキリとその『歪んだ音』の姿が見て取れた。
「こんな規模で、市街地に進入なんかされたら……!」
(間違いなく、大規模な災害に発展する……!)
グネグネ、ウネウネと、空間が直接
雑音がまるで、生物の様に
周囲の空間や物質に備わる、デジタルデータで再現された音、『デジタル音』
それ等が、あの『音』に飲まれた矢先。
平常だった音も影響を受け、歪みを拡大させる為のデバイスと化していく。
ところで、音とはどの様な原理の下に発生する現象かをご存知だろうか。
空気の振動から生じる現象。振動から生まれる波長を伝え、知覚する物。
確かにかつては『そうだった』。
少なくとも百年程前の時代には、それが常識だったと聞いた事はある。
――
誰が最初に呼び始めたのか。いつの頃からか、この世界はそんな風に呼ばれる様になっていた。
世界の何もかもが『偽りの音』で満ちている。
生物、物質、現象――ありとあらゆる存在の『音』。それ等の殆どが一と〇の数字から成る、『デジタルデータ』と化した世界。
本物を忘れた世界。
データ化された音を伝達し、聴覚など通さずとも、発せられた音を『最適化』された脳で、瞬時に理解できてしまう。
五感の一つが死んだ世界。
それが、音響世界。
そんな巫山戯た空間の中にあっても、世界に存在するボク達自身は、間違いなく現実の証明だ。
音だけが『仮想の存在』に置き換えられたと言えば、解りやすいだろうか。
音だけが偽物で、それ以外は全てが現実。
しかしこれ等の変異は、他ならぬ人類がそう望んだが故に、辿り着いた結果だと言う。
そうせざるを得ない理由が、あった。
何故なら『本物の音』は、はるか昔に『消失』してしまったのだから。
かつて起こったと言われる、未曾有の災害『大消音』。
災害以降の百余年。空気振動からは何も生まれず、表面上は沈黙だけが支配しているのが、この世の真実。
それが、音響世界に生きる者にとっての常識。
今や『音』と言う概念はそう言った物に置き換えられ、そうでもしないと感じられない代物になっているのだから。
沈黙に耐えられなかった生物。
彼等が苦難の末に辿り着いた結論は、脳を改造し、デジタルデータの送受信を可能とする身体を創造する事であった。
振動、波長と言った言葉とは無縁の概念。震えない、響かないけれど通じる。頭の中で音を理解、想像する事はできるけれど、波長として発する事はできない。それが、ボク達にとっての『音』と言う物。
決して音が『響く』事は無いと言うのに、音響世界の名は本当に皮肉が過ぎていると思う。
なんて、さも知った風に言っているけれど。
ボク自身も、既に世界が『そうなって』から生を受けた存在なワケで。
実際、昔は音が空気の振動によって生じていたなんて言われても、今一ピンと来ないと言うのが本音だ。
世界は『
世界中の大気に含まれている物で、生物間の『デジタル音』の送受信と、密接な関係がある物だ。
音素は『デジタル音を伝達する』と言う特性を持たされ精製された人工粒子。
音響世界に存在する『音』の全ては、この音素を通じる事で物体、生物間を伝わり、知覚する事が可能となっている。
今や世界中の隅々にまで行き渡るこの音素にまで狂った『雑音』の影響が及び、その性質に異常を来している。
歪んだ『音』を視覚で認識出来ると言う、矛盾を生み出す要因となっていた。
あの『音』は、デジタルの音に関連する物を狂わせる。
そして、変質させると言う、恐ろしい特性を持っているのだ。
「やむを得ない、か……!」
先生は走る脚を止めぬまま、歪んだ『音』が迫る方向へと顔を振り向かせる。
「走りつつ、『
Sound ♯ Amadeus 漆茶碗 @tyawan30
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