2-5. 友達

 屋上の出来事の後、俺たちは別々に教室に戻った。

 俺は自席につき、読みかけの小説を読み始めた。どうしても南野さんが気になり、ちょっと読んでは、気付かれないように南野さんの方を見る。

 南野さんは自分の席で図書室で借りた本を読んでいた。時折、廊下の方を気にするように見ていた。

 時間がたつにつれクラスメイト達が教室に入っていき、教室は次第ににぎやかになる。

 朝のホームルームまで後10分というところで、門崎さんが朝練から終わったのか、教室に入ってきた。

 そこで南野さんが動きを見せた。彼女は立ち上がり、門崎さんを呼び止める。

 教室にはすでに、ほとんどのクラスメイト達が登校してきていて騒がしいほどだった。だから、門崎さんと南野さんが何かを話している、ということだけしか分からなかった。


 朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り、クラスメイト達は自分の席へと戻ってくる。そして、チャイムが鳴り終わるとほとんど同時に、担任の先生が入ってきた。


「それでは、朝のホームルームを始めます。日直、号令!」


 そうして、またいつもの日常が始まりを告げた。


 いつの間にか午前の授業が終わり、昼休みが始まる。

 今日はいつもどうりの、妹の手作りの弁当だ。今日は月曜日なので、春木の姿はすでにない。おそらく学食だろう。弁当箱を開き、早速食事に取り掛かる。ほとんど無意識的に南野さんの席を見ると、ちょうど門崎さんと一緒に教室を出ていくところだった。

 きっと、南野さんは門崎さんに真意を問いただす決意をしたのだろう。門崎さんが何を思って、南野さんを引き合わさせたのか。根拠はないが、何故かそう思えた。なら、それは俺の関わる所ではない。自分にできるのは、ただ南野さんの返事を待つだけ。それ以外にできることは、何もない。

 俺は食事を再開した。


 そして午後の授業は瞬く間に過ぎ去り、気付けば放課後だった。

 生徒達は、部活に行ったり、そのまま帰宅したりと様々だった。そんな中俺は、変える準備だけを整えて自席で本を読んでいた。別に今日が特別そうしているわけでなく、どうしてもその本を読みたいと思った時には、居残りして本を読むことはたまにあった。

 でも、今日はそうじゃない。ただ、待ちたかったのだ。南野さんの返答を。別に今日返事をしてくれと頼んだわけではない。それでもただ、待ちたかった。

 クラスメイト達は一人ずつ教室から出て行って、だんだんと静かになっていく。その様子を感じながら俺はひたすら本を読んで待っていた。



 もう一時間以上は経過しただろうか。外はすっかりとオレンジ色に染められていた。外から運動部の掛け声や、吹奏楽部の練習している音が聞こえてくる。そして、教室からは、ページをめくる音が、二つ。一つは自分がめくる音。そしてもう一つは、南野さんがページをめくる音だった。

 教室には今は二人っきり。俺と南野さんは、二人きりで読書をしていた。

 やがて、ページをめくる音が一つやむ。そして、がたっと椅子から立ち上がる音が聞こえた。そしてこちらに近づいてくる足音。本を読むのをやめ、顔を上げると、南野さんはそこにいた。


「今、いいでしょうか……」


彼女は、遠慮がちにそうたずねてきたので、俺は


「うん、いいよ」

そう答えた。



 俺は南野さんに、春木の席に座るように促し、彼女は椅子をこちらの方に移動させ、机を境に俺と向かい合うように座った。


 会話を切り出したのは、南野さんの方だった。


「私、昼休みに茜と話しました。人気のない、校舎の裏で。そして、校舎の裏に着いたとき茜にまず、謝られました」

「謝った……?」

「はい。……その、私を一人にしてゴメンねって……」


 ――聞くと、門崎さんは今本当に、部活で忙しいのだそうだ。何でも夏の大会で選手として抜擢されたらしい。うちの高校の陸上部は、毎年好成績を上げている。なので、当然周りからの期待も大きい。その期待に応えるために、門崎さんは朝練も、放課後の部活も、さらにはそれだけでは足らず、昼休みでさえも部活に打ち込んでいるそうだ。だから、次第に南野さんと一緒にいる機会も少なくなっていた。


「私は、茜がどんなに大変なのかを全く理解しようともしないで、ただ駄々をこねていた。『どうして、一緒にいてくれないの?』『本当は私のことなんか嫌いで、だから部活に逃げているんでしょう?』なんて、勝手に思い込んでた。……私は、完全に茜に依存してしまっていた」


馬鹿だよね、と南野さんは自嘲気味に笑いながら言った。


「そんな馬鹿なことを思っている間に、茜は私を一人にしないようにと、並木君を紹介しようとしてくれていた。でも、私はそんな茜とあなたを拒絶してしまった。そのことに気付いたとき、私は自分自身のことがなさけなくってしょうがなかった……」


「……そうだったんだ、それで……?」

「私は、茜に謝りました。駄々をこねていたこと、茜たちを拒絶したこと、依存していたこと。そしたら茜は笑って許してくれました」

「それは、よかったね」

「はい……そして、謝ることが出来たのは、あなたのおかげなんです」

 彼女は、真っ直ぐに俺を見つめる。

「俺の……?」

「はい。……その、並木君は私に言ってくれましたよね。『ただ純粋に君と友達になりたい』って。私にとってその言葉は本当に嬉しかったんです」


 南野さんは、俺を見ながら微笑んだ。


「……今まで私は、周りから疎まれていました。『本ばっかり読んで、暗い』とか『いつもだまっていて、何を考えているのか分からない』なんて言われたこともあります。だから私は茜以外の周囲の人が怖かった……それで茜ばかりを頼りにしてた。でも、あなたは違った。『読書のことで語り合えたのなら、どんなに楽しいだろう』なんて言ってくれた……私も、本について話せる友達が、ずっと欲しかった」

「南野さん……」


「でも、直ぐには返事が出来なかった。これまで、ずっとそばにいてくれた茜とあんな終わり方は嫌だった。だから私はあの後すぐに、茜とちゃんと話そうと思ったんです。そして茜に謝りたかった。そして、それがちゃんと済んで、それからあなたの問いに答えようと思ったんです。だから」


「だから今、あなたの問いに答えたいと思います」

そう言って、南野さんは意を決したように、俺を強く、見つめた。


「私からも、お願いです。――私と友達になってください!」


その願いに対する答えは最初っから決まっていた。


「ありがとう、俺も南野さんと友達になりたい」


俺は彼女にそう応えた。



 教室での出来事の後、俺達二人は肩を並んで歩いた。


「……しかし、俺たちとんでもなく恥ずかしいことしていたよな」

「そ、そうですね……」


 彼女は顔の頬を真っ赤に染めていた。俺も同じようになっているのだろうか。

 俺たちはほとんど何もしゃべらず、玄関の方へと歩く。でも、その静寂な空間は居心地の悪いものではなかった。

 玄関で靴に履き替え、外へと出る。

 校門までたどり着いたところに、陸上着を着た門崎さんとばったり会った。


「あ、小百合じゃない! 並木君も」


 門崎さんがこちらに駆け寄ってくる。


「あ、茜。練習中?」

「うん、そうだよ。それより……あなたたち二人でいるってことは……」

「あぁ、南野さんと友達になったよ」


そう、俺が言うと、門崎さんはほっと一息ついて、そして微笑んだ。


「そう! よかった~。大丈夫だとは思っていたけれど、やっぱり気になってさ。ホントによかった」

「茜……、その、ごめんなさい。そして、ありがとう」

「百合早……。ううん、こっちこそ、もっとちゃんと言っていれば茜を悩ませることなんてなかったんだし。そして並木君」


 門崎さんは、視線をこちらに向け直す。


「今後とも、百合早ともどもよろしくね」

「あぁ、こちらこそ、よろしく」

「うん、じゃあ、私まだ部活があるから、また明日!」


そういって、門崎さんははグランドの方へ駆けていった。

その姿を見送りながら、南野さんは


「うん。部活頑張って!」


手を振りながら、笑顔でそう言った。


 門崎さんがすっかり遠くに行ってしまった後、俺は南野さんに声を掛けた。


「それじゃあ、帰ろうか」


 それに南野さんは明るい声で、


「はい!」


と応えてくれた。


――こうして、俺と南野さんは友達になった。

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