2-4. 告白
土日は何事もなかったかのように過ぎ、月曜日。早朝。いつもより少し早い時間に家を出て、今教室にたどり着いた。教室には人気がほとんどない。
南野さんの席にはその姿も、鞄もない。そのことを確かめると、自分の席の横に鞄を掛け、足早に図書室へと向かった。もちろん南野さんに会いにだ。
三階への階段を駆け上り、図書室の前まで来てその扉を開ける。そして図書室を見渡し、南野さんがいないか探してみる。図書室には、貸出口のところにぼんやりしている委員の人、そして数人の勉強や本を読んでいる人。その中に南野さんは――いた。前にここで出会った時と同じ、一番奥の隅の席に南野さんは、いた。
一歩一歩、彼女の方へと足を動かす。彼女との距離が縮まる度に、少しずつ鼓動が早くなってくる。別に告白するという訳でもないのに、何故、俺は緊張しているのだろう。
彼女は、あの時と同じ、眼鏡をかけて本を読んでいた。全く染められていない、けれどもサラサラしていそうな黒いセミロングの髪。そして彼女の肌は、白百合のような色白さを感じさせる。それは、自分が思い浮かべていた文学少女の印象そのものだった。
ただ一つ、その印象から遠ざけるものが一つだけあった。それは、彼女の物憂いげな表情。彼女は本が好きなはずなのに、その本を読む表情が、とてもその本にのめり込んでいるようには到底思えなかった。やはり、彼女も昨日のことが尾を引いているのだろうか。
彼女の目の前にたどり着いても、まだ彼女は俺のことに気付いていない。あるいは、気付かないふりをしているのか。どっちでもいい。
「南野さん」
俺は彼女に、そう呼びかけた。
彼女は手に取っていた本をテーブルの上に置き、俺の方を仰ぎ見る。
「……なんでしょうか」
その問いに俺は、答えた。
「ちょっと話があるんだ。ここで話すと他の人に迷惑が掛かると思うから、別のところで話したいんだけど。……いいかな」
南野さんは、何も言わずただ頷いた。正直断られるのではないかと思ったので、正直少し拍子抜けした。
俺たちは図書室を出る。図書室に出る前に、南野さんは読みかけの本を借りた。そして南野さんは、俺の少し後ろを着いてくる。
「それで……どこにいくのですか」
「そうだなぁ、屋上?」
思えば最近よく屋上に行くなぁ、と思った。高校一年生のころは一度も行ったことがないのに。
階段を上り屋上への扉を開いた。その瞬間、少し冷たい風が全身に当たった。
「やっぱり、まだ朝早いから少し肌寒いね。大丈夫」
「……大丈夫です」
確かに少し肌寒かったが、空は快晴で雲もほとんどない。日の光が寒さを少し和らげてくれた。
俺たちはなんとなく、運動場の方角のフェンス前まで歩いた。下を見ると、グラウンドの周りを陸上部たちが走っているのが見えた。あのなかに門崎さんもいるのだろうか。ここからは分からなかった。
「ごめんね、こんなところまで連れてきてしまって」
「いえ……。それより、話って何ですか」
南野さんは、顔を上げず俯いたままそう尋ねた。
気取ってもしょうがない。自分が今南野さんに対して思っていることを正直ぶちまけてしまおう。
「……昨日の昼食の時、南野さんは門崎さんに向かってこういっていたよね。『私を並木君に押し付けて、私から離れるつもりなんでしょう!』って」
「はい……」
南野さんは、ぎゅっと両手の拳を握った。
「確かに、もしかしたら門崎さんが君をうっとおしがって、俺を門崎さんに押し付けたかもしれない。それは俺は門崎さんじゃないし、俺も彼女の本当の本心を聞いたわけじゃない」
――俺が以前、屋上で門崎さんから聞いたことはあえて言わない。門崎さんは本当に彼女のことを心配していた。決して疎んでなんかいないはずだ。
でもそれは、俺が南野さんのことをどう思っているのかとは全く関係がない。それは南野さんが直接、門崎さんに問うべきことだ。
「でも、今はそんなことはどうでもいい」
「え……」
「俺はただ純粋に、君と、南野さんの友達になりたいんだ!!」
あぁ、ついに言ってしまった。内心震えを抑えるので必死だった。別に愛を告白をしたわけではない。友達になりたいという気持ちを素直に言っただけなのだ。なのに、俺はこんなにも緊張しているのだろう。
「……よ」
「え?」
「嘘よ! そんなのあり得ない! 私と友達になりたいなんてそんなのウソよ!」
急に、南野さんは叫んだ。その声は普段の南野さんとは思えないほどの大声だった。
「私は根暗で、誰とも話そうとせず、本ばっかり読んで常に現実逃避をしているだけ! そんな私と友達になりたいなんて思うはずがないんです!」
彼女はいつしか目から涙を流していた。
「私は周りからいつも馬鹿にされてましたっ! 本を読んでばっかりで誰とも喋ろうとしないって! あいつはひとりでいるのが好きなんだろうって! ……私は、本当は友達が欲しかった。でも、怖かった。またあの時みたいに馬鹿にされると思うと、足がすくんで声が出なかった。もう否定されたくないって。……だから、私は友達を作るのを諦めました。……茜だけいれば、私の趣味を嘲笑わらわないでくれる彼女さえいれば、それで十分だって。……そんな馬鹿なことを思っている私を友達にしたいなんて、思う訳がないんです……!!」
それから彼女は、泣いた。よほど南野さんにとって周りは彼女に冷たい世界だったのだろう。そしてそのことは、彼女を閉ざしてしまっていた。ただ一人、門崎さんを除いては。
「俺もそう思う気持ち、分からないでもないかな」
「……え」
「俺もさ、中学生の頃、クラスメイトと外で遊ばずに、本ばっかり読んでいたんだ。それで馬鹿にされたりしたこともある。周りにほとんど本を読むやつがいなくてさ。正直辛かった。だから分かる」
「……」
「そして今でも、思うんだ。好きな本のことで語り合える友達ができればいいなぁって。そんなときに俺は門崎さんにお願いされたんだ。南野さんと友達になってくれって」
「……そう、やっぱりそう頼んでいたんですね、茜は……」
南野さんは、暗く、ため息をついた。
「うん。最初はちょっと嫌だった。ほとんど見ず知らずの人と友達になるなんて。でも、君が読書が好きなんだと聞いてそんな嫌な思いは吹き飛んだんだ」
「……」
「……うん、ちょっと恥ずかしいけどこの際だ。言ってしまおう。俺が君と初めて話した時、君が眼鏡を落として探していたとき」
「……えぇ、覚えています」
「あの時、君の表情を見たとき正直言って、見惚れていた。だって君はあまりにもタイプだったから」
「!? きゅ、急に、なにをいっているんです!?」
彼女は急に顔を赤くして、戸惑いながら叫んだ。その様子がとても可愛らしかった。
「しょうがないじゃないか、だって本当にそう思ったんだから。だから君が読書が好きだって知ったとき、君と読書のことで語り合えたのなら、どんなに楽しいんだろうと、本当にそう思ったんだ」
「……」
「確かに、俺は門崎さんに友達になってほしいって頼まれたのは事実だ。でも、それはただのきっかけで、友達になりたいと思っている気持ちは嘘じゃない。同情でもなんでもない、ただ純粋に君と友達になりたいんだ」
南野さんは、戸惑っていた。信じていいかわからないのか、俺のことを気味が悪いと思っているのか。それはわからない。だから、俺はもう一度彼女にお願いした。
「だから南野百合早さん、俺と友達になってくれ!」
あぁ、俺はなんて恥ずかしいことをしているのだろう。こんな屋上で、自分の思いを赤裸々に告白して。後で思い返すと恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。
でも、言うべきことは全部言った。あとは、南野さんの返答を待つだけだった。
しばらくの間、二人の間を静寂が流れた。
そして南野さんは躊躇うように口を開いた。
「……少し時間をくれないでしょうか、ちゃんと考えたいので……」
空は相変わらず、雲一つない快晴だった。
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