2-3. 決意

 俺たちの一騒動を鑑賞した生徒たちは、その結末を迎え満足したのか、何事もなかったかのように食事や友達との喋りを再開した。しかし、俺と門崎さんの時は止まったままだ。

 無言の時間のみが、二人の間で流れている。門崎さんは顔を俯かせているので表情が伺えなかった。

 5分が経過した頃だっただろうか、静寂を破ったのは門崎さんの方だった。


「ごめんね、並木君。いやな思いさせちゃって……」


 彼女は俯いたままそう言った。


「いや……」

「私先に戻るね。……また後で連絡する」

「うん……」


 そして、門崎さんは俯いたまま、ほとんど手を付けていない昼食が乗せられているトレーを手に取りそのまま、返却口の方へ去って言った。

 テーブルに残ったのは自分一人だけ。俺はただただ途方に暮れるしかなかった。


(とりあえず、飯食わないとな……)


 俺は食事を再開した。親子丼は冷めてしまい、あまりおいしくなくなっていた。


 

 食事を終え、教室に戻る。門崎さんはいつも一緒にいるメンバー達と一緒に、何か話をしていた。

南野さんは席にはいない。図書室にでもいるのだろうか。

 俺は自席に戻り、鞄の中から読みかけの本を取り出して読み始める。本は自分の好きなミステリーのものだった。でも、少し読み進めてもその内容は全く頭に入ってこなかった。


 くそっ、やっぱり昼休みのことが心に残っている。


 結局、俺はあの場所でなにもできなかった。何もできなかっただけならまだいい。俺がいるだけで南野さんは俺が門崎さんを奪ったと勘違いをし、あんなことを言ったのだ。

 それほど、門崎さんという存在は南野さんにとって大事な存在だったのだろう。もちろん俺は、二人の馴れ初めなんて全く知らないが、南野さんのあの狼狽具合から、南野さんの門崎さんに対する依存度は相当なものに違いないと、俺は推測する。

 南野さんにとって俺はただの邪魔者だ。敵といってしまってもいい。もちろん、これはただの俺の考えであり必ず当たっているとは限らない。でも、食堂での出来事から俺はそうとしか思えない。

 そんな敵対関係にある、南野さんと友達になれるのか。恐らく可能性は限りなく低い。

でも……でも、彼女と友達になることを俺は諦めたくなかった。それは、門崎さんの頼みを叶えてあげたいという思いだけでなく、本当に彼女と仲良くなりたいからだ。

 ……では、南野さんと仲良くなるなるにはどうすればいいのか。それはまだわからない。分からないが、少なくとも門崎さんに頼るような方法では、絶対に仲良くなれないということだ。それは昼休みの出来事で思い知った。だから、彼女と仲良くなるためには自ら彼女に歩み寄るしかないのだ。


 昼休み終了のチャイムが鳴り始めるとほぼ同時に、南野さんは教室に入ってきた。そして、そのまま自分の席につく。南野さんの席は、廊下側から数えて一番最初の列で最前列だった。窓際の最後尾である俺の席からは一番離れている。まるで、その距離が俺と南野さんとの距離であるかのように。

 自席から南野さんの方を見ても、彼女の表情を読み取ることすら出来なかった。


 

 結局今日あの後、南野さんや門崎さんと対話をすることはなかった。

 放課後、もしかしたらと思って図書室にも行ってみたが、南野さんの姿はなかった。

 勉強する気になれず、部屋のベッドの上で小説を読んでいると、机の上に置いてあった携帯電話が震えながらコール音をならす。その音は門崎さんからかかって来た時の音だった。

 ベッドがら身を起こし、電話を手に取る。


「もしもし、今大丈夫?」

「うん、大丈夫だけど」

「そう、よかった。……あの、今日は本当にごめんなさい」

「いや。門崎さんのせいじゃないよ」

「ううん、私のせい。私の考えが浅はかだったばっかりに嫌な思いをさせちゃって……」


 いつもの、門崎さんの明るい声とは程遠い、沈んだものだった。よっぽど、今日の昼食のことが心に残っているのだろうか。


「結局俺がすぐ門崎さんに頼ってしまったのがいけなかったんだ。……大丈夫、次はちゃんと南野さんと友達になってみせるから」

「……まだ、並木君は百合早と友達になろうとしてくれるの? あんなことを言われたのに……。私に申し訳がないと思ってと思ってそうしようとしているのなら……」

「違うよ」


俺は、門崎さんの言葉を言いきる前に否定する。


「違う。確かにきっかけは門崎さんからお願いされたからかもしれない。でも、今は自分から南野さんと友達になりたいと思うんだ」

「それは……どうして」

「そうだな……。上手くは言えないんだけど……なんだか放っておけなくて。それに俺は、読書が好きな友達が欲しかったんだ」


 もともと、友達が多いほうじゃない俺だった。そして、その友達はみなあまり本を読んでいなかった。なので自分が気に入った本について語り合うこともできなかったし、勧めることもできなかった。だからだろうか、いつしか、心のどこかで本について語り合う友達が出来ればいいなと思うようになった。


「そうなんだ……」

「うん、だからあまり門崎さんには気に病んで欲しくないな。南野さんと友達になるというのは、門崎さんの願いだけでなく、自分の意志でもあるんだからさ。……大丈夫、きっと南野さんと友達になるから」

「並木君……」

「それに、門崎さんだって南野さんに誤解されたまま、疎遠になってほしくないんだ。仮に、俺が南野さんと友達になれなくても誤解はちゃんと解いてあげたい」

「並木君……ありがとう……」

「お礼を言うなら、南野さんと友達になってからにしてほしいな」


はは、っと冗談交じりで笑って見せる。


「そういうことだから、また明日」

「うん……また、明日。その、私が言える義理じゃないかもしれないけれど、頑張って」

「分かってる。門崎さんもいつまでも気にしないで。それじゃあ」


電話を切る。

門崎さんに、南野さんと友達になると再び宣言をした。

もう、後戻りはできない。

――南野さんと、必ず友達になってみせる。

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