2-2. 食堂での出来事

 結局南野さんと何の進展のないまま放課を迎えた。いつもなら、一時間ほど教室で本を読んでから帰るのだが、読む本を持ち合わせていなかったため、ホームルームが終わった後すぐに家に帰った。


 家に帰り、夕食・風呂を済ませた後、自室で宿題を片付けている最中だ。窓から外を見るとすっかり暗くなっている。

 そろそろ休憩しようかなというところで、机の上に置いていた携帯電話が震えた。手に取り、画面を見る。そこには門崎さんの名前が表示されていた。


「もしもし」

「あ、もしもし並木君。今大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だよ」

「よかった! あのね、並木君ってお昼ご飯ってどうしてる?」

「お昼? いつも弁当だよ?」

「やっぱりね。何回か並木君が教室でお弁当食べてるの見たことがあることがあるから、確認しようと思って。並木君が作ってるの? それともお母さんが?」

「いや、妹が作ってるんだ」

「そうなんだ! いい妹さんね」

「まぁ、そうだね」


 本当にできた妹だと思う。


「それより、どうしてそんなことを?」

「うん、百合早の事なんだけどね。明日並木君と百合早そして私の三人で、お昼ご飯を食べようって」


 昼飯の話題が出てきた時点で予想はしていたが、その予想通りだった。確かに門崎さんを介してなら、何とか南野さんと会話をすることは可能かもしれない。


「でも、南野さんは了解してくれるかな?」


 俺が来ると分かった時点で、南野さんは去っていきそうだ。


「まぁ、そこはなんとかなるでしょう、多分。私と百合早はいつも食堂で食べていたから。最近はちょっと別々で食べてるようになってしまったけど……」

「なんかあったのか?」

「ううん。最近部活が忙しくてね。昼休みも練習があるんだ。あっ、明日は顧問に許可を取って休むから大丈夫だよ」

 昼休みも部活とは。俺なら昼休みに部活なんて絶対に無理だな。

「とにかく、明日私から誘うからその時はよろしくね」

「あぁ、わかったよ」

「ありがとう! それじゃあね」


 その言葉の後、電話は切れた。

 一緒に弁当か。女子と一緒に弁当を食べるのはいつぶりのことことだろうか。

 そういえば中学生の頃、春木と春木の彼女と一緒に食事を摂ったことがあったな。あまりにのノロケ具合にうらやましさを通り越して、呆れたことを思い出した。

 そんな昔のどうでもいいことを思い出していたら、やらないといけないことに気付いた。

 妹に、明日弁当を作らなくていいって言わないと。


 すでに妹はお風呂に入ってしまったのか、パジャマに着替えていて、リビングにあるソファの上で本を読んでいた。父と母はまだ帰っていないらしい。


「美奈、明日弁当作る必要ないからな」

「え? どうして?」

「明日、友達と一緒に食堂で食べる約束したからな」

「ふぅん、仕方ないけど分かったよ」


 妹は何故かちょっと残念そうだった。


「そういえば、昨日言ってた、……えっと、誰だっけ」

「南野さん?」

「そうそう、南野さん! 南野さんとはどうなったの?」

「結局朝会えなかったよ、あ、通学中にはな。で、朝本返そうと図書室に行ったら南野さんに会えたんだけど結局話せなかった」

「あらら、それは残念だったね。基本一人でいたいタイプなのかな? だとしたらお兄ちゃんと一緒だねっ!」

「うるさいな」


 否定はしないけれど。誰かと連むより一人で気楽にしている方が、自分の性に合っているだけだ。とはいえ友達が欲しくないなんて、そんな達観した考え方は持ち合わせてもいない。


「とにかく明日弁当作らなくてもいいんだよね? 分かったよ。……でも明後日は作ってもいいんだよね?」

「あぁ。でもお前も本当は毎日作らなくてもいいんだぞ? 毎朝早く起きるのも辛いだろう?」

「もう週間になっちゃってるから、今更止める気にもならないよ」

「そうか。すまんな」

「あやまることないよ。私は好きでやってるんだしさ。とにかく分かったよ、お兄ちゃん」


 そう言い、妹は本に目を戻す。

 俺は明日に備えて、早々に寝ることにした。



 翌日、昼休み。門崎さんが俺の前にやってきた。隣には、南野さんが一緒にいた。


「それじゃあ、行きましょう」


 俺の隣にいた春木が驚いている。


「あぁ」


 南野さんの方をみる。すると南野さんと目が合った。しかし、すぐに彼女は俺から目を反らす。

 ……もしかして嫌われているのだろうか。



 教室を出て、三人食堂へと向かう。


「あぁ~、お腹空いた~。ねぇ、百合早は何を食べる?」

「……私は茜と一緒のでいい」

「またー? いつも私と一緒じゃない。自分の好きなものも頼みなよ。並木君は何を食べるの?」

「んー……食堂なんて滅多に行かないからなぁ。どんなメニューがあるのかもよくわからない」


 そういえば、最後に食堂に行ったのはいつだっけ。去年の冬に、妹が風邪で寝込んでた時だから4か月前くらいか。


「そういえば、並木君のお弁当妹さんが作っているんだって。妹に愛されてるんだね、並木君!」

「いや、そんなことはないと思うけど」

「またまた謙遜しちゃって! ねぇ、百合早もそう思うよね?」

「えぇ……」


 関心がなさそうに南野さんは言う。彼女はずっと俯いたままだ。

 教室を出てから南野さんはずっと俯いていて、自らから話そうとはしない。

 その後も、門崎さんや俺が幾つか話題を出したものも、南野さんの


「えぇ……そうですね」

「そうなのですか……」


 といった、興味なさげな相槌によりことごとく、会話は終了していった。

 そんな奇妙なやり取りをしている間に、いつのまにか食堂へと着く。


「並木君。こっち、こっちー」


 すでに会計まで済ませてしまった門崎さんが、席を確保してくれていたらしい。

 円形のテーブルの前で、門崎さんが手を振っていた。南野さんも一緒だ。

駆け足で門崎さんたちのところへ向かう。


「いただきます」

「いただきまーす」

「……」


 三人席に座り、食事を始める。

 南野さんと門崎さんは、日替わりA定食。ごはんに、味噌汁に、サラダ、そしてから揚げとハンバーグのセット。

 対する俺は、親子丼だ。丼ものは人気があるらしく、長打の列が出来ていて結構時間がかかってしまった。

 卵で閉じられたカツを口に運ぶ。学校の食堂で作られたにしては美味だ。しかし、妹の作る親子丼のほうが絶対にうまいと断言できる。

 門崎さんと南野さんのほうを見る。南野さんは淡々と食事を進めている。門崎さんは、食事には手を付けず何か考え込んでいる。このまま沈黙が続くのはまずい。なんとか話題をひねり出す。


「南野さんって本が好きなんだよね?」

「えぇ、まぁ……人並み程度には」

「人並み? 謙遜しちゃだめだよ。あなた大概の本は一日で読み切っちゃうじゃない」

「へぇ! 俺も実は読書が趣味でさ、毎日本を読むんだけどそれでも二日に一冊が限度だよ。平均すると四日で一冊くらい」

「そうなのですか……」


 相変わらず、興味なさげに反応する南野さん。


「凄いなぁ、二人とも。私もなんとか本を読もうとはしているんだけど月に一冊か二冊が限度だよー。ところで並木君はどんな本を読んでいるの?」

「うーん、最近は"日常の謎"をテーマにしたミステリーをよく読むかな。流行ってるしね。他のジャンルだと、ファンタジーものとかSFものとか」

 本当はライトノベルもそれなりに嗜むのだけれど、さすがに公言は出来ない。

「へぇ、そうなんだ! たしかにその"日常の謎"って言葉は、最近何度かテレビで聞いたことがあるよ! 一回くらい読んでみようかな。百合早はどんなジャンルが好きだったっけ?」


 門崎さんは南野さんに話題を振る。しかし彼女から答えは返ってくることはなく、目線も床の方を向いていた。


「……百合早?」


 心配そうに、門崎さんは南野さんに言い寄ろうとする。すると、南野さんは急に立ち上がる。そして初めて俺達の方に顔を向ける。彼女の眼鏡のレンズ越しに、涙が浮かんでいるのが見えた。


「もう、私のことなんかどうでもよくなったのね、当然だよね。迷惑だったよね」

「え、百合早。何を言っているの……?」


 門崎さんは南野さんの豹変ぶりに戸惑っていた。


「だって茜、最近部活で忙しいって私と一緒に帰ってくれなくなった。久しぶりに昼食に誘ってくれたと思ったら並木君なんかと一緒だし」

「ちょっと……私はあなたのことを――」


 門崎さんが言い切る前に、南野さんが言葉を遮る。


「私を並木君に押しつけて、私から離れるつもりなんでしょう!? 今日私を昼食に誘ったのも、私との付き合いをやめることを、言うためなんでしょう!?」

「おい、南野さん……」

「……もう、こんなところにいたくはありません。それでは失礼します」


 そう言い残し、南野さんは立ち去ってしまった。

 残された俺達は、唖然としながら南野さんの立ち去る姿を見ることしか出来なかった。

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