2-1. 早朝の図書室で
いつの間にか学校に着いてしまっていた。結局、南野さんに会うことは出来なかった。
考えてもみれば昨日は、南野さんが眼鏡を落としていたから出会えたのであって、そんなことがなければ彼女は俺よりも先にいるはずなのだ。それを見越さずいつも通りの時間に家を出たのは、浅はかとしかいいようがない。
しかし、俺と南野さんは同じクラスなのだ。学校に着けば南野さんに会うのは息をするのと同じぐらい簡単だ。そんなことを考えながら教室の扉を開く。
クラスメイトはいつも通り数人しかおらず、昨日の課題を必死で終わらせていたり、ただ机の上に突っ伏して寝ていたりしていた。
そしてその生徒達の中に、南野さんの姿は見当たらなかった。
南野さんの席を確かめようと思ったが、そもそも南野さんの席がどこだったか分からない。俺の昨日までの南野さんに対する関心はその程度だった。どの空席の机にも、鞄が掛けられていないところを見ると、南野さんはまだ少なくとも、教室には着いていないようだった。
一体彼女はどこにいるのか。そう思いながらいつも通り自席に座り、教科書の類いを机の中に押し入れて文庫本を机に置いた。そして気付く。
机に置いたその文庫本は、今日返却日だからと昨日のうちに全部読んでしまったことに。
他にすることも思いつかないので、図書室に行くことにする。本入れ専用の手提げバッグに本を入れ教室を出る。
図書室は本校の三階にある。教室が二階なので階段を一階分登り図書室への方へ向かう。図書室の扉は開いていた。
カウンターで退屈そうにしていた図書委員は、俺がカウンター前に来たところに気付くと気だるそうに本を受け取り、本の裏表紙にあるバーコードを読み取り機で読み取った後、返却ボックスへと押し込んだ。
図書室を見渡す。教室と同じように、人はほとんどいなく、ほとんどの生徒達が本を読み、希に勉強していた。
「ん……」
あれは、一番奥にいるあの女生徒は……。よく見えないので確証はないが、南野さんではないだろうか?
彼女の方に近づいていく。そして、彼女が南野さんだとはっきり分かった。
正直話題など持ち合わせていなかったが、話さないことには始まらない。俺は南野さんと会話をしようと思いさらに南野さんの方へと近づく。
その途中、彼女は本を読む手を止め周りを見渡し始めた。そして、目が合ってしまう。
「あ……」
「や、やぁ」
俺は彼女の座っている席の向かい側まで来ていた。
「南野さん、怪我はもう大丈夫?」
「え、あ、はい……。おかげさまで……」
「そう、よかった」
「いえ。あ、絆創膏ありがとうございました……」
「どういたしまして」
……それだけで、会話が途切れてしまった。いけない、なんとか話題を探さないと。
「えっと、南野さんはいつもここで本を読んでいるの?」
「えぇ、まぁ……」
「そうなんだ。確かにほとんど誰もいないし、読書するにはいい環境だよね」
「……そうですね」
またそこで、会話が途切れる。彼女は最低限の相槌しか打っくれない。ならばと、彼女の読んでいる本について聞いてみることにしようとした。しかし、それは南野さんによって遮られる。
「あの」
「えっ、何?」
「私に何か用があるのでしょうか?」
「え、あ、その」
つい、つっかえてしまう。
「特に用がないのでしたら、私に話しかけてくれないでくれませんか? ……本を読むことに集中したいので」
無表情な表情で、南野さんはそう言った。
それは、明らかな拒絶の言葉。俺は返す言葉が見つからなかった。
「ごめん、なんか邪魔したみたいで……」
「いえ……」
どことなく漂う気まずさに堪えられなくなり俺は南野さんの元を離れた。次に読む本を探す気にもなれずそのまま俺は図書室をでた。
教室に戻り自席へと戻る。春木の席の上に鞄はあったが当の本人はいなかった。きっと外で気晴らしでもしているのだろう。
自席に座り、ため息を一つ吐く。
いくらなんでも、諦めるの早すぎだろう、俺……。あれだけ友達になってやると決意しておいて何の話題も用意していなかったのは間抜けとしかいいようがない。
しかし、仮に用意していたところで南野さんは拒絶しただろうけれど。
まさかあそこまではっきり、拒絶されるとは思わなかった。唯一あった収穫と言えば、彼女は毎朝図書室で本を読んでいるということだけだった。
こんな調子で本当に、彼女と友達になれるのだろうか。
一度門崎さんに相談した方がいいのかな。正直何も切っ掛けもなく南野さんと話すのは厳しい。
俺は早速携帯電話を取りだし、門崎さんにメールをした。南野さんのことで相談したいと。
返事はすぐに返ってきた。『分かったわ。じゃあ昼休みに屋上に』と。
「そう、やっぱりそうなってしまったのね」
屋上で、俺が朝の図書館での南野さんのやりとりを門崎さんに話した後、彼女はそう言った。
「たしかに何かきっかけがないと、難しいかもしれない……分かったわ。もしかしたら悟られるかもしれないけれど、私がなんとかしてきっかけを作ってあげる」
「ごめん、俺が不甲斐ないばっかりに」
「ううん、並木君が謝ることじゃないわ。元々私が無理を言ってお願いしているんだもの」
門崎さんがそう言ってくれて、少し気が楽になる。
「でもそんなに拒絶するなんて、やっぱりあの時のことをまだ引きずっているのね……」
門崎さんは暗い表情をしながら、ぼそりと呟いた。
「あの時って……秘密が周りにばれたときのこと?」
「えぇ……よっぽどけなされたのを根に持っているんでしょうね」
「けなされた?」
「あっ、いえ、何でもないの。……じゃあ、私もいろいろ切っ掛けになるようなことを考えておくね。いい案が思いついたらこっちから連絡するから」
「うん、ありがとう」
そこで会話は終わり、門崎さんは屋上を去って行った。
一人になった後、俺は少し風に当たりながら考え事をした。
それは南野さんの"秘密"について。"秘密"について門崎さんは、「周りに隠すようなことではないと思っている」「その秘密がばれてからかわれた」そしてさっき門崎さんが呟いた「けなされた」という言葉。最後に、南野さんの特徴を加味すると。
……もしかして、南野さんの"秘密"って。一つだけ思いついたが、それを裏付けるものは今のところなにもない。
これ以上考えてもしょうがないと思い、俺は屋上を後にした。
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