1-4. 自宅で妹と語らう
屋上での出来事を終えた後、特により道をすることなく帰宅する。玄関への扉を開くとおいしそうな匂いが鼻孔をくすぐる。この匂い、ビーフシチューか!
「ただいまー!」
というと、リビングの方から「おかえりー」と妹の声が返ってきた。
靴を脱ぎ、洗面所で手を荒い、リビングへの扉を開ける。ビーフシチューのいい香りがより強くなった。
キッチンには、ピンク色のエプロンを身につけた妹、美奈がキッチンで食事の準備をしていた。
鞄から弁当箱を取り出し、美奈に渡す。
「はい、美奈。今日も上手かったぞ。またよろしくな」
「えへへ。ありがとうっ! 明日も作ってあげるから期待しててね」
美奈は屈託ない満面の笑顔を向けながら、そう言った。思わず抱きしめそうになるくらい可愛い。そう俺にとって、美奈は自慢の妹だ。
「お母さんはまだ帰ってきてないのか?」
「うん、今日も遅くなるって。お父さんも残業だって。大人って大変だよねぇ」
「そうだな。それより、ご飯あとどのくらいでできる?」
「う~ん。あと30分もすれば出来ると思うよ」
「そっか。何花手伝えることは?」
「特にないかな。あ、代わりに、食後のお皿洗いお願いしてもいいかな。後お風呂掃除も」
「了解。それくらいお安い御用さ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃんっ」
妹は律儀にお礼を言う。やっぱり良く出来た妹だなと内心思う。中学三年生だというのに、家の家事全般をそつなくこなしている。母も、最近ではもう美奈に頼りっぱなしだ。
さて、風呂掃除早速やるか。そう決意し、風呂場へと向かった。
風呂掃除も終わり、ご飯が出来るまでの時間を持て余した俺は二階の自室へと戻る。鞄を机の横に掛け制服を脱ぎ、部屋着へと着替える。そしてベッドに仰向けになって寝転んだ。
今日はいろいろなことがあった。朝に南野さんと出会い一緒に通学し、そして放課後には門崎さんから南野さんと友達になってとお願いされて。今まで全くといってもいいほど異性と接することがなかったのに、今日はいったいどういう風の吹き回しなのか。
しかし、本当に大変なのはこれからなのだ。俺は南野さんと友達になると、門崎さんに約束した。そのためには当然南野さんと接しないといけない。これはなかなか難しい問題だ。
まず、俺が南野さんの事は本当にほとんど何も知らない。知っているのは、門崎さんとは仲がいいということ、読書が好きな事、引っ込み思案な事、中学生の頃は明るかったけれど秘密が周りにばれてからからかわれていたと言うこと。どれも、門崎さんから伝え聞いたことだけだ。
まず考えなければならないのは、どうやって南野さんと接するのか、まずそこからだ。
機会があるとすれば、昼休みか、放課後。そういえば南野さんは部活とかに所属しているのだろうか。多分してないだろうけど。だって彼女は人と接するのが嫌なのだから。
「うーん……これは思ったより難しいかもしれない」
思わず、弱音が口から出てしまう。
考えが纏まらないまま、いたずらに頭を悩ませていると
「お兄ちゃんーっ! ごはんできたよー!」
と妹が呼ぶ声が聞こえた。
再び、リビングへ行くと妹はテーブルの席に着いていた。俺も皆の向かい側に座る。
テーブルの上には、炊きたての白いご飯、味噌汁、漬け物、ビーフシチュー、サラダが並べられてあった。
お互い、自分の手と手を合わせ
「いただきます」
「いただきまーす」
と、おきまりの言葉を口にし食事を開始する。
まずはビーフシチューから、スプーンですくい取り口へと運ぶ。
「ん、上手い!」
「本当? よかったぁ! 久しぶりに作ったから、上手に出来ているか不安だったの」
妹は俺の言葉に喜んでくれていた。
しばらく二人は、食事をすることに集中する。我が家では食事をするときテレビなどはつけない性分なので、会話がないと静かになる。
「なぁ、美奈」
俺は美奈に話しかけた。
「うん? なに? お茶欲しい?」
「いや、一つ聞きたいことがあるんだけれど」
「うん。なになに?」
妹は興味深そうに、俺の言葉の続きを待っている。
「女の子と仲良くなるにはどうすればいいか、分かるか?」
その瞬間、妹の持っていたスプーンがテーブルの上に落ちた。
「えっ、えぇええええ!?」
妹が目を見開いて、俺のほうを見た。
「……いや、驚くことか?」
「驚くよ! だってお兄ちゃん、いままで女の子の話なんて一度もしなかったじゃない。私なんて、お兄ちゃん女なんか『興味ないね』って言うかと思ってたもん!」
失礼な妹だ。しかし、間違ってもいない。女性に興味がないと言ったら嘘になるが、今日のような事でもなかったら俺は、今頃明日から読む本について悩んでいただろう。
「いやまぁ、実は今日いろいろあってな」
美奈なら別に話しても構わないだろう。俺は美奈に今日起きたことを話した。
「なるほどねぇ……。それはまた難しい問題だね」
美奈は考え込むような表情をしながらそう言った。
「なんにせよ、まずは会話を交わすことから始めないとね。あ、でも周りに誰かいるときは避けたほうがいいと思うよ。その南野さんっていう人は聞く感じだと男の人普段はなさないだろうし。周りにも注目されるからやめたほうがいいね」
「なるほど」
となると、少なくとも教室では止めたほうがいいか。
「そうだなぁ、声をかけるとしたら朝がいいんじゃない?」
「朝?」
「そう、だってお兄ちゃん、今朝通学路で南野さんと会ったんでしょう? お兄ちゃん朝早いからまだ登校している人少ないはずだし、結構いいチャンスだと思うよ?」
「なるほど、確かに……」
俺は読書をするために、毎朝早く家を出て学校に行く。家より人の少ない教室のほうが集中して本を読むことが出来るからだ。
……ん? そういえばこれまでの二週間で、俺が朝教室に入った時、彼女を見たことが無い気がする。
たまたま目に入らなかったのか、それとも……?
「お兄ちゃん?」
「あぁ、すまん。考え事をしていた。そうだな、まず朝、南野さんに話しかけてみることから始めてみようかな」
「それがいちばん無難だね。でも難しいお願いだよね。赤の他人と友達になって、だなんて」
妹はちょっと真面目な口調で言う。
「だって、友達って誰かに頼まれてなるものじゃないでしょう、普通」
「……そうかもな」
美奈の言うことはもっともだ。俺自身、本当はお願いされた時点では断ることを考えていた。しかし南野さんが読書好きだということを聞いたとき、南野さん自身に興味が沸いたのだ。
趣味が同じなら、一度くらい語り合ってみたいと思うのは可笑しくないと思う。
だから俺は門崎さんの頼みを聞くことにしたのだ。
「ま、なんとかなるさ」
「本当に? うーん、お兄ちゃんがそういうのならそうかもしれないけれど、無茶しないでね」
「あぁ、任せておけ」
こうなった以上、なんとしても南野さんと友達になってやろう。心の中で宣言する。
そして食事を再開した。
翌朝。
いつも通りに起き、洗顔、食事、着替えを一通り済ませた後、美奈から弁当を受け取り、玄関の扉を開ける。
「行ってきますー」
「いってらっしゃい。頑張ってねー」
「おぅ」
そして、いつも通りに通学路を歩く。
今日は南野さんと会えるのかな、そう思いながら。
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