1-3. 屋上での出来事

「うん。百合早の……南野百合早のことなんだけどね。百合早の友達になって欲しいの」


 彼女はそう告げた。

 元々予想は付いていなかったものの、まさかここで南野さんの名前が出てくるとは思わなかった。


「えっと、取りあえず理由を聞かせて貰わないと」

「あ、ごめんなさい。私、とにかくお願いすることしか頭になかったから……。そうよね、いきなり百合里と友達になってなんて言われたら困っちゃうもんね、そうね、まずはなんて言ったらいいのかな……彼女は私以外に友達がいないの」


 そういえば南野さんが教室で誰かと喋っているところを見たことがないな。


「私と百合里は中学時代からの付き合いなんだけどね、中学校の頃はもっと明るくて友達も多いとはいわないまでも、それなりにはいたの。それが、そのある事件……というには大げさか。百合早の秘密にしていることが周りにバレてしまって、それで百合早は周りからからかわれるようになったの」


 門崎さんは、昔を懐かしむような、それでいて苦々しいことを思い出すような、そんな表情をしながら話を続ける。


 「私もそのからかう人の一人だったかもしれない。だって私にはそれが隠すようなことだなんて私には思えなかった。でも、それは間違いだったの」

「……その秘密というのは?」


 正直、答えてくれないだろうと思いつつも、気になったので訊いてみる。


「もちろん、私からは言えないわ。でも私は、彼女にはその秘密を打ち明けることのできる人が必要なんじゃないかって思うの」


 私の勝手の思い込みかもしれないけれどね。と門崎さんは付け足す。


「とにかく、その秘密がばれたせいで百合早は周りからからかわれていくうちに、いつしか周りを避けるようになってしまったの。……よっぽど堪えてしまったのね。とにかく、それから百合早は口数も少なくなって、自然と周りも百合早から離れてしまったの」


 なるほどね。南野さんの事情は分かった。けれども、まだ門崎さんの友達になって欲しいというその理由はまだ分からない。


「私去年、百合早とは別のクラスだったのね。休日とかに遊びに連れ出したりはしたけれど、学校ではなかなか接する機会はなかったの。……部活もあったしね。それで私、百合早と同じクラスになって初めて気付いたの。中学校のあの引っ込み思案になった頃から何も変わってないって……」

「だから、彼女の友達を増やそうと俺にお願いを?」


 そう彼女に訊いてみる。


「そう。だって、私はショックだったの。いつもつまらない顔してただ一人で一日中学校に居るだけ。知ってる? 百合早って休み時間になるとすぐに教室を出るの。そして休み時間が終わるギリギリまで戻ってこないの。……中学生の頃、百合早に何でそうしているのか、訊いたことがあるの。そしたら『そうした方が誰とも話せなくなるでしょう』って。……まさか、今もそんなことをしているなんて思っていなかった!」


 彼女は少しを声を荒げてそう言った。その事に気付いてなかったのが悔しかったのだろうか。


「ごめんなさい、興奮してしまって……。私は高校生になってまで彼女に独りでいて欲しくない。私もできればずっと彼女の側に居てあげたい。でも、それだけじゃ駄目なの……私は、彼女が明るかった頃に戻って欲しい。そう思っているの。だから、お願い! 並木君、彼女と友達になってあげて!」


 彼女は懇願した。疑う余地もなく彼女は本気で俺にお願いしているのだろう。しかし、俺にはまだ分からないことがあった。


「えっと、門崎さん。確かに南野さんの事情は分かったし、出来ることなら南野さんと友達になってあげたいとも思っている」

「本当!?」

「うん。でも、なんで俺なんだ? 正直異性である俺なんかより、同じ女性の友達に頼んだ方がいいんじゃないか?」


 俺がそう言うと、彼女は「やっぱりそう思うよね」と言った。そして言葉を続ける。


「そうね。決め手となったのは、並木君が小百合と一緒に登校しているところを見たとき。少なくとも貴方は学校に来るまで彼女を邪険に扱わなかった。でも、少し前からお願いするなら貴方が適任だと思ったの」

「……なるほど、それで適任だと思ったのは?」

「並木君って読書好きでしょう?」


 質問に質問で返されてしまった。まぁ、読書が好きなのは事実だ。どのくらいかと言われると三度の飯と同じくらいには。


「まぁ、そうだけど」

「でしょう! 朝来て並木君見るといっつも読書してるし。授業の合間の休憩時間も、昼休み中もほとんどずっと本を読んでるし!」


 そう、門崎さんはからかうように言う。そんなことはないとは言えないのがもどかしい。というか俺はそんなに門崎さんに見られていたのか。少し恥ずかしい。


「だから並木君に決めたの。だって百合早も大の読書好きだから」

「へぇ! それは意外! でもないか……?」


 確かに言われてみれば、文学少女っぽいかもしれない。


「そう、だから私は並木君となら話が合うんじゃないかって思ったの。私の友達みんなあまり本を読まない子ばかりだし。それに上手くいけば並木君になら秘密を……」

「え?」


 最後の方が聴き取れなかったのでつい、言葉が出てしまった。


「ううん、何でもない。……それで、どう? 彼女の友達になってくれるかな?」


 俺はちょっとだけ考え、答えた。


「ああ、いいよ。もちろん南野さんがいいって言うならだけどね」

「本当!? ありがとう!」


 そういい、門崎さんは俺の両手をぎゅっと握って来た。よっぽど嬉しいのだろう。彼女は安心したかのように笑みがこぼれていた。しかしずっとこうしていられると、正直照れる……。


「あの、門崎さん。そろそろ手を」

「え、あ、ごめん! つい嬉しくて! でも、本当にありがとう、並木君」

「いや、お礼を言われることの程じゃないよ。でも、一つだけ問題が」

「ん?」

「どうやって南野さんと友達になればいいんだろう?」


 正直、南野さんとの接点は今日通学したことと、門崎さん、そして趣味が共通していること位しかない。


「そう、それが問題なんだよねー。あの子、私が直接お願いしたところで聞くような子じゃないし、できればこのことを知られずに百合早と友達になって欲しいの」

「うーん」


 正直、ほとんど接点のない女性と友達になるというのは難しい。しかも、門崎さんとは対照的で、引っ込み思案ときた。


「いけない、そろそろ部活に行かないと。あ、そうだ。並木君、携帯電話持ってる?」

「えっ、まぁ、あるけど」

「連絡先交換しよっ! 何か協力できることがあれば遠慮なく連絡してくれていいから!」

「あ、うん」


 そして俺と門崎さんは携帯を取り出し、互いの連絡先を赤外線で交換した。何気に家族を除く女性の初の登録者じゃなかろうか。


「ありがとう! じゃあ、私いくね!」


 門崎さんが立ち去り、屋上に俺一人が取り残された。それにしても大変なことになったものだ。しかし南野さんは読書が好きなのか。門崎さんのお願いは別として純粋に南野さんに興味が出てきた。


「さて、明日からどうしようか……」


 そう呟いて、俺は屋上を後にした。

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