切り開いた未来

 ——翌日——

老朽化が如実に見てとれる校舎——通称「旧館」とよばれる部室棟。その一室、「文芸部」というプレートが掛かった広くて閑散とした部屋が、有希の放課後の居場所だった。

 そこにあるものは長テーブルにパイプイス、スチール製の本棚、申し訳程度の本。そして、静寂。

 たったひとりの文芸部員である有希は今日も、特等席である窓際でパイプイスに腰かけていた。ひざの上には、昨日、図書館で借りた本。しかし、表紙は閉じたまま、開け放して心地よい風が入る窓からオレンジ色の空を眺めていた。

『コンコン』

 木のドアをそっと叩く音がして、有希の顔に緊張の色が浮かぶ。

「どうぞ」

 返事をする声は、微かに震えていた。ドアがゆっくり開き、吹き抜けた風が有希の髪をさらう。入ってきたのは、紺のブレザーに茜色のネクタイ——この学校の制服を着た、昨日の少年だった。

「うちの生徒だったんだな。教室に行ったらここにいるって教えてくれた」

 有希は、顔にかかった髪を払うこともせずうつむいている。

「いったい、いつの間に入れたんだ?」

 少年は、子供の悪戯に呆れて降参したような顔の横で、何かをヒラヒラさせた。

 少年がそれを見つけたのは昨日、図書館から帰宅した直後だった。スポーツバッグから練習試合で汗まみれになったユニフォームを取りだして、洗濯機に放り込んでいた時。ふと、バッグの外ポケットに違和感を感じた。探ってみると、そこにあったのは「生徒手帳」。

 少年は首をかしげた。生徒手帳は、ブレザーの胸ポケットに入れっぱなしのはずだった。取り出してみると、それは少年の物ではなく——

 有希は、ひざの上の本に視線を落としたまま動かない。少年は静かに待った。やがて有希は、息をもらす様に、ポツリポツリと言った。

「……ごめんなさい……もう一度だけ……わたしの知ってる……わたしを知ってる……あなたに会いたかった……」

 伏せたまつ毛と細い肩が小刻みに震えている。今にも泣き出しそうな有希の様子を見て、少年はふっと口元をゆるめた。

「驚くべき事に、俺とお前の教室は目と鼻の先だ。これから嫌でも顔を会わすことになるだろう。よろしくな、長門」

 有希が、ゆっくり顔を上げる。

 そして、涙をためた瞳にしっかり少年を映して——微笑んだ。


 END

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予定調和という檻の中で囚われの少女が願った奇跡 ゆきしぐれ @yukishigure

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