第四話 神として終わるとき

 神とは、ある程度の意思疎通ができる生き物だ。

 同じ神の種であれば「今どこで何をしているか」程度の把握なら容易くできる。

しかしそれができる反面、それ以外の干渉は何もできない。

 いくら互いが神同士であっても、感情を読み取ったり、「相手がこれから何をしようとしているのか」の先読み、予知能力もない。

 そういった先読み、そして予知能力を持つのは最高神に限られる。

なので通常の神の種であれば、行える干渉は最低限の把握。相手の居場所と、「相手が今何をしているのか」のみだ。

故にその把握能力があるため、セーナの眼前に今マナフがいる。

「うそ……。あんなぼんくらで間抜けそうな奴が……」

「人は見かけによらず、という言葉があるのは知ってるでしょ」

「ふええええどうしよう。……てか、織木一途は転生させるべき"レギュラー"な存在なんじゃ……」

「いえ、織木一途は選ばれた人間でも、転生させるべきレギュラーな存在でもない。ただの貴女の勘違いよ。はぁ……もうこれで四回目よ。この転生ミス」

「そ、そんなああ……」


セーナの目元に、見るからな悲哀の随伴した涙が浮かぶ。

ただその涙が頬を伝うことはなかった。あくまで目尻ギリギリに付着してとどまり、潤んだ瞳孔は悲哀に沈む。

反面、マナフの表情は悲哀を超えた呆れで彩られいた。

 「とうとうやってしまったか……」と聞こえてきそうな程、直線的な無言。

しかし今のセーナにそこまでの察し能力はない。洞察力も空気も読むことも。

 ましてや相手が何を言おうとしているのかも。

 普段の冷静な状態なら、空気感の把握は造作もない。

 だが今はそれどころじゃなかった。すべてにおける感覚や五感は焦りで打ち砕かれていた。

(うわあどうしようどうしようどうしよう……ついにやっちゃったよ四回目のミス………これでもう終わりだあスプンタマンユ様にどやされるうう……、いや、どやされるどころじゃない。前々から再三に渡って忠告はされてたんだ。にもかかわらずまたミスっちゃったんだもん殺されるうう……)


本気で頭を抱えた。美髪がくしゃくしゃになるぐらいかきむしった。「ぅぁぁぁ……」と、消え入りそうな虚無の呻きもあげた。頭の中にある思考の線が複雑に絡んだ。

 どうしたらいいのか一瞬分からなくなる。脳裏に過るのは嫌な予感ばかりだ。

 ポジティブなビジョンは暗雲の中に沈んでいる。

 狼狽をも超えたセーナの動揺は、まるで世界が終わる様を表しているようだ。

「まあまず落ち着きなさいハルワタート。貴女のドジッ子属性は周知の事実。きっとスプンタマンユ様も情状酌量してくれるわ。惻隠の情に賭け、慈しみの風を吹かす全人類の守護神を信じましょう」

「情状酌量の余地なくない!? 私のドジでミスっただけだよ!? それなのに純粋な恩寵なんてもう無理だよ!! むしろ今までミスっといてお咎めなしのがおかしかったんだあ!!」


 マナフは一応にも慰めの言葉をくれた。無論気休めにもならない。

 むしろ下手な激励ならいらないくらいだ。いっそ小馬鹿にしてくれたほう清々しい。

 が、マナフはそんな小馬鹿にする感情すら抱いたことはないだろう。

 全ての行動の一々が慈善に満ち溢れていて、まるで悪を知らない。

 神としてあるべき姿の代表格がマナフと言っても過言ではない。

 少なくともセーナとマナフにある神としての力量差は、文字通り桁違い。

 実情、その差は神の階位階級にまで露骨に表れている。

 セーナみたいなポンコツドジッ子神様より、数千数万優秀と言わんばかりの差だ。

 過ちも穢れも、そして微小な失敗も知らない。正に完璧という言葉以外で、表現できない絶対的存在。

 本来神はそうあるべきなのだ。しかしセーナの存在、もとい下級神たちの存在が本来あるべき”神”の定義基準を乱している。

 何故なら神という存在でも失敗はあるから、過ちは犯すから。

 下級や階位の低い神、たまには中級、稀に上級まで。

 上位十名を除く神たちは、基本的に微小ながらの失敗を犯す。

 ただし本当に「微小の過ち」であればだ。

 今まで一切の過ちすらないマナフと対比、セーナの場合今までこそ微小に収まる過ちだった。

 セーナは完璧を司る神だと言うのに、この有様とは皮肉もいいところ。

 しかも今回、とうとう”完璧”から最も程遠いミスを犯してしまった。

 マナフから話を聞く限りでは、という前提があるが。とんでもない人間を転生させてしまったらしい。

 マナフの言っていることは嘘だと、信じたい気持ちもある。

 だがそう思えないのは神の構造上当然のことなのだ。

 何故なら神は嘘をつけない。神の生命力は自分の持つ正義、そして自身を信じる心が主な源。

 それが失われた時、もしくは”自分の持つ正義”を偽る――即ち嘘をついた時。

 神は神として生きられない、神が神として死ぬ瞬間である。

 その例を除くと唯一、神の最高神であるスプンタマンユが神に対しての剥奪権を持っている。

 神を操ることも神を服従させることも、神に命令することもただ一体――――最上位神であり最高神を除いてできないのだから。

「とりあえず神界に行きましょう。ここじゃ埒があかない。例え寛容性のある裁可でも、厳正で厳罰的な下しでも、受け入れるしかないわ」

「…………」


 言葉は返さなかった。ただ静かに頷いた。

 ここから先どういう結果が待とうと、自業自得の一文があれば済んでしまうのだから。



    □     □     □     □




 ――もうすぐ人類は滅亡する。全人類、七十億人は一人残らず死に絶える。

 その運命を神は知っていた。

 知っているうえに、その運命は絶対に変えられない。

 宿命と言ったほう理解は早まるだろうか。人類が滅亡するのは絶対の宿命。

 それに理屈はない、論理で表すことも必要ない。

 神ですら変化させることのできない一本道は生まれた。

 誰がその道を創ったのか、そしてそこにどんな思惑があって、どういう意図があったのか。

 答えは知らない。

 ただスプンタマンユが「人類は滅亡する」と、一言告げただけなのだ。

 我々はただ頷くことしかできない。

 例えそこに一言もの申すだけで反逆とみなされかねない。

だから今までセーナの行ってきた行動は、一応神に忠実だったはずだ。

 ただ失敗が多いだけ、ミスが多いドジが多いだけ。その点に目を瞑れば、気持ちや感情は当然忠誠を尽くしている。

 失敗続きの多い行動から、確かな忠誠心を読み取れるかは疑問だが。失敗もあれば当然成功もあった。

 特に今回セーナに課せられた役目は、セーナの名誉挽回を賭けた一大の時機。

 にもかかわらず大きなミスを犯してしまった。実に単純な役目だったはずなのに。


――地球人口全七十億人のうち、たった三十億人を異世界に転生させるだけ。

 課せられた役目というのはそれだけなのだ。

なぜ転生させるかと言うと、その前提には「人類が滅亡する」という大きなファクターが絡んでくる。

早い話人類が滅亡するまでに「三十億人の人間を異世界に転生させろ」という訳で、残った四十億人の人間はどうなるのとも思う。

 しかし、その疑問の絶対的な解すらセーナは知らない。そもそもいつ地球が滅ぶのかも知らされていない。

この件に関する真偽も、このプロジェクトに対して具象的な根本も分からない。

本当に詳細な実情も知らぬまま、セーナは任務を課せられた。

結果、合計四回の失敗を犯して今がある。こんな失敗だらけが重なって、今ができた。

 もう審判の時は一刻ながらに迫っている。

「ふわあああ絶対終わりだもう駄目だああ。私もう神として終わったああ………」


 全ての分かれ道がここで決まる。

 神としていられる瞬間が、確実に終わりへ近づいている。

 純粋な直感がそう告げていた。

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手違いで異世界、間違いで転生 @kamijou

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