第三話 破壊者

 これで異世界転生には成功したはずだ。

「ふっふっふ。これで完璧」


 少女、ハルワタートセーナはほくそ笑む。

 正直どうでもよかったのだ。

 織木一途とやらが、”あの世界”の救世主になろうが破壊者になろうがどうでもいい。

 というのが正直な感想である。

 大体、織木があの異世界を変えられるとも思わない。思えない。

 例え良い風にも悪い風にも、どうあがいたって世界自体は変えられないだろう。

 それ程の実力と能力があるとも、一見して思えぬのだ。

 チート的な能力をあげた訳でもない。特別な”何か”を与えた訳でなければ、能力値自体は前世の時と何も変わらず。

 なので当然、彼は全てにおいて平均だ。

 もしくは平均すら多少下回るレベルであって、とてもじゃないが優れた力があると言えない。

 まあセーナに未来は読めないので、これから先どうなるかは不明。

 ただ現時点だと、本当に「あんなの」が選ばれた人間なのかと勘ぐってしまうのに無理がなかった。

「まあいいや。とりあえず私は自分に課せられた役目を果たすだけだし」


 目を薄めてはまた笑った。

 とりあえず彼のことはどうでもいい。

 今まで出会った中でも、規格外にぼんくらだったもので少し考察してしまった。

 彼も所詮奴らと変わらぬ一人なのだ。

 記憶から存在を抹消し、自身の目的を思い出す。

 自身の出世と、神の座の昇格。いの一番にその二言が思い浮かんだ。

 そのためにはまず地球人を異世界へ転生させなければ――

「さてと、また次の転生者を地球人から連れてこなきゃ……」

 

 とは言っても、先刻織木にやったことを繰り返していくだけ。

 ある意味流れ作業みたいなもので、慣れてしまえば本当に作業的。

 特定の地球人の元へ行き、その地球人をここ”ゼロの世界”へ連れてくる。

 そして大雑把な説明をした後、異世界へ転生させる。

 そのワンパターン調な作業をあと二十五億回繰り返せばいいのだ。

 長くとてつもないような数字に思えるだろう。だが神からすれば大した数字ではない。

 神による一日は、地球人の一日に変換すると約二千日。

 相当な一日を過ごしている神からすれば、億を処理するに難はない。

「えーっと、次の転生者は…………」


 目を閉じて、神経を集中させる。

 手を合わせ、脳裏の根深くまで全ての気を這わせる。

 やがて浮かんでくるのは、一人の人間の名前と顔。加え所在地とその人物の過去、経歴に人生。

 その人物にまつわる情報が、続々と脳裏を駆け巡った。

 髪の本数からホクロの数まで、好きな人から嫌いな人まで、憧れの人から将来の夢まで。

 神からすれば造作もない業だ。次の転生者の情報は手に入れた。

 あとはその人物の元へ行くだけなのだが、

「ハルワタートよ。調子はどうですか」


 声がして、意識が一瞬遮断させられる。透き通るよう滑らかで、一抹の淀みもない美声。

 女神のような、と言ってしまえば直喩になるか。

 麗しくも可憐で、穢れを知らないその声をセーナは知っている。

 セーナと同じ女神であり天神、ウォフ・マナフだ。

 階位階級、地位の差こそ大きく違えど根本は同じ神。

 そして論ずるまでなく、階級は相手の方が圧倒的に上。というかそもそも、相対的に見てしまうとセーナの階級が低く見えてしまうのだ。

「おぉマナフ!! 久しぶりだねえ! 元気にしてた?」

「えぇ。私は相変わらずです。ところで先程転生された者は……」

「いやいやそっかあ! 元気なら良かったよ! ちなみに私も相変わらず完璧に元気だよ!!」


 何か言いかけたマナフであるが、セーナは聞く耳を持たなかった。

 突如として前方に居つくマナフを見つければ、セーナはすぐさま駆け寄る。

 そしてやはり思った。率直に美人だと、マナフを見るたびそう思わざるを得ない。

 正直ずるいレベルである。

 ただルックスのレベルで言えば、セーナもマナフもある意味同等。

 では何がずるいのかと言うと、マナフが巨乳を通り越した爆乳であること。

 推定Fはあるだろうか。セーナ自身貧乳である反動、多数の意味で巨乳に思い入れがある。

 そんな大きな付加価値を持った上に端正な顔立ち。

 スタイルも長身であり程よい肉付き。モデル体型でありながら、そそるぐらいついた豊満さは殺意的なエロさ。

 顔は綺麗めといったところか。雪のよう白く優美な肌。秀麗な四肢はそろりと生えていて、人間のそれとは大きく違う。

 もはや目の奥に潜む色からして違った。

 シャープに鋭く光る眼。瞳孔は鮮明に煌めく銀灰で、髪もまた冷え切ったよう光輝な純銀。

 豊満で綺麗めなルックスのマナフと、華奢で小柄――可憐の一言が何よりも先行するセーナ。

 ある意味で考えれば二人は対極だが、純粋なルックスの差で言えば同極。

 可憐か綺麗かだけの差であって、ルックスにおけるレベルの差はない。

 双方とも女神の名に恥じぬ輝きを秘めていた。

「セーナ、少し話があるのだけれど」

「ん? なに?」


 マナフの声が冷たく聞こえた。いつもおちゃらけあっている二人だが、今日はどこか違う。

 おちゃらけようとしたセーナに牽制を打たんばかりと、マナフが言ったのだ。

 凍えんばかりの声音は、恐怖ですらある耳触り。

「セーナ。貴女はつい先刻大きな過ちを犯したかもしれません」

「??」


また一つ、明らかに空気が変わった。

 さらなる怪訝へと変貌を遂げるマナフの目。そこから予期するのは凶変の気。

 マナフの口元がある種の悲憤を纏って歪めば、そこから告げられる。

疑問形ではあるが、絶対的な同意を含んだ声音で。

「セーナ。貴女がさっき転生させた人間の名は織木一途ですよね?」

「あぁ、うん。そだよー。んー、でもそんなこと聞いてどうするの?

「はあ……」


大きな溜息がつかれた。マナフの肩ががくんと落ち、それが無言の震駭を訴えている。

しばらくセーナは理解に苦しんだ。マナフの顔から漂う悲憤の色。

片手で頭を抱え、まるで世界の終わりだと言わんばかりの哀愁。

どうしたの? と、そう一言投げるのにも躊躇う程空気が重い。

 結局、セーナは自分から問いかけることもできず、相手の開口を待った。

嫌な緊張と冷汗が身体を泳ぐ。変な痺れが脳裏に蔓延する。

 おちゃらけようとか、胸を揉んでやろうとか考えていた先刻の自分は消えていた。

アットホームさすらない。何か嫌な予感がする。

「貴女が転生させた織木一途という人物はね……」


 言葉は聞きたくなかった。何故だろう。この感覚、良い意味での予感などあるはずなく、空気感からして明らかな胸騒ぎを連想させる。

 出てくる名前の織木一途。先刻のアイツがどうしたと言うのか。

 完全なぼんくらで凡人っぽかった奴の名が、何故こんな重い空気の中にある。

 不思議でならなかった。だから予想もできなかった。

「織木一途という人物は、、」


 一旦言葉が区切らる。その後の間がやけに長く感じた。

 自分の中での時間感覚が止まったのかと錯乱さえした。

 冷や汗が出る。ごくりと無意識に固唾を呑む。

 やがての数秒後に発せられた。想像の範疇すら絶する一言が、

「織木一途という人物は、いずれ異世界を滅ぼす人間よ」


 文字通り頭の中が真っ白になった。

 一瞬は何も理解できず、そして言葉を失った。

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