第3話 金曜夜はアロマキャンドルを焚いて
休日前の金曜夜は、アロマキャンドルを焚いて一緒にお風呂に入るのが最近の習慣になっている。
二人ともなるべく早く仕事を終わらせ合流し、仲良くご飯を食べ、エッチして、そして入浴。本当はエッチする前に入浴したいところなのだが、大抵の場合なし崩し的に食後に致してしまう。
美紀の体がどこもかしこも柔らかすぎるせいだ。
すぐ目の前で濡れたうなじをさらけ出している恋人に、心の中で責任転嫁した。
「……葵?まさか寝てない?」
「ね、寝てないよ。寝てない寝てない」
「お風呂で寝ちゃうと死んじゃう確率が高まるってネットで読んだよ。気を付けなよ?」
「はーい」
背後から抱きつく形でぴったりとくっつき入浴しているため、美紀は完全には自分の方を向くことができない。きちんと向き合って今の会話にならなくてよかった。多分今はさっきのエッチのことを思い出して鼻の下が伸びていただろうから、そんな表情を見られたら美紀のお説教がますます長くなっていたと予想される。
アロマキャンドルを焚いて入浴しようと言い出したのは美紀の方だった。またhuluで見た洋ドラに影響されたのかと、私は当初あまり乗り気ではなかったのだが、やってみると意外に悪くなかった。
お風呂場の照明を消して、キャンドルのゆらめく炎を見つめる。
薄暗がりの中、少しぬるめのお湯に二人で浸かっているとなんとも心地よい。
「ねえ、ネットって言えばさ……」
「うん」
「アロマキャンドルってなんか体に悪いみたいな記事もあったけど……」
「ああ、そういう話もあるけど、でも私が買ってきたやつはちゃんとしたやつだから大丈夫だよ」
「ならいいんだけど」
キャンドルの成分も心配だが、一酸化炭素中毒とかになって死んでしまってもいけない。
まだこの子とは、二人一緒なら死んでもいいと思えるレベルに持っていけていない。
持っていけていないが、そういうことを考えるほど、もう自分は子供ではない。
恋の熱情に人生を左右させたいと願う時期はもう終わりだ。
「一緒に住むようになったらもう少し大きなお風呂の部屋を借りられるのになー」
「……」
最近の美紀はこの手の台詞を口にするようになってきていたが、彼女の望む答えを返せずにいた。
「……あのね、」
「うん」
「前言ってた子のこと……別に忘れなくて、いいんだよ」
「……いいの?」
「うん……そういうの、忘れようとしても忘れられないものだろうし、私だって、忘れられない人の一人や二人、いるよ」
「えっいるの」
「いるよー」
こちらからは顔が見えないので表情から真偽を測ることはできない。人数にはフェイクを混ぜているかもしれないけれど。
「忘れなくてもいい……今は私を、葵の一番にしてくれようとしてるって、分かるから」
「……」
自分の誠意が伝わっていることが分かって嬉しくなる。
視界の端に映るキャンドルの炎がかすかにぼやけたような気がした。
お風呂から上がり、化粧水を顔につけている美紀に意を決して呼びかけた。
「美紀」
「はーい?」
「一緒に住もっか」
「…………………ほんとにいいの?」
「いいよ……さっきの話、嬉しかっ」
最後まで言い終わらないうちに美紀が抱きついてきた。また表情が見えないが抱きしめる腕の力の強さから、彼女の気持ちが伝わってくる。伝えようとしてきている。
「よかったぁ〜〜って、あー早く乳液つけなきゃ。乾いちゃう」
化粧水つけた3分後に乳液でフタ!が口癖の美紀である。こんな時でもブレない。
美紀が手を伸ばした乳液の瓶の横に、見覚えのある薄いピンク色の小瓶が置いてあることに気がついた。
「あれ、それ、どうしたの」
「きのう買ってきたんだよ〜。桜の香りだって。可愛くない?」
可愛いと思ったからこそ、忘れられないあの子にプレゼントしたのだ。
「……うん、可愛い」
今後もしばらくは忘れられそうにないなと思いつつ、暫定一位の恋人に口付けた。
あの子と結ばれたい 石林グミ @stein
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