第5話
重苦しい空気が狭い部屋の中に漂う。誰一人言葉を発する者はいなかった。静かに、空の上のように呼吸をすることが難しく圧力がかかった小部屋。その中で半分の人数になってしまった少女たちは暗い顔でお互いに顔を見合わせる。
ポンッという音がして小部屋の扉が開いた。
そこから見える風景は闇夜に浮かぶ白い月と、その下で月光に照らされる灰色のコンクリートで均された、命が一つもない空中庭園。彼女たちは、そこへと足を踏み入れる。
月の下のショッピングモールの屋上駐車場には彼女たち三人の姿しかなかった。
フラフラと、まるで幽鬼のように屋上駐車場へと進んだ彼女たちは誰からとも言わずに、冷たいコンクリートの上へと座り込む。
「私のせいだ」
ボソリと呟く麻央へと加奈と亜里沙は驚きの目を向ける。
普段、気丈な麻央からは考えられないほどの弱弱しい声。加奈と亜里沙を余所に麻央の独白は続く。
「私が外に出られるかもしれないって考えなければ優奈はマネキンたちに捕まらなかった。殺されなかった。私がシャッターが下りているって気づけていれば、優奈はマネキンたちに捕まらなかった。殺されなかった! 私のせいだ。私の……私の私の私の!」
頭を掻きむしる麻央に二人は何も言うことができなかった。
その理由は、自分で自分を責める麻央の気持ちが痛いほど分かったからだ。自分が先導したにも関わらず、それが無駄であり、更に犠牲を出してしまったとあっては責任を感じるのは当たり前だろう。そして、その犠牲が友の命であれば、その心に圧し掛かる重圧はいかほどであろうか?
嗚咽を漏らしながら涙を流す麻央を見ながら、加奈と亜里沙は何も言えなくなっていた。
その余りにも悲しく、強いと思っていた友人の心が傷つく様子を見ることに耐えられなくなった加奈は麻央から視線を移し、後ろへと向ける。
加奈の目に映ったのは今し方、彼女たちが出てきたエレベーターだ。
――違和感。
どうしようもないほどの違和感に恐怖を覚えた加奈は思考を加速させる。
目の前の光景は自分たちがエレベーターから出てきた時とは違っている。では、何が違うのか?
すっと加奈がエレベーター本体の方から傍に備え付けられているスイッチに目を向ける。そこに違和感は見ることはできない。
加奈は続いて、エレベーターの窓へと目を向ける。暗い空間の向こうに自分がいた。それは光の反射だと知っている加奈はここも問題はないと結論を出す。今夜は満月であり、エレベーターの扉の向こう側の暗い空間と比べて自分たちのいる場所の方が光の量が多いため、加奈の姿をエレベーターの窓ガラスが反射しているのは自然なことであった。
加奈は視線を上へと向ける。そこには光が灯っていた。そして、その光はゆっくりと動き、照らす数字を変える。
背筋に氷が当てられた。
それほどの恐怖を覚えた加奈は違和感の原因に気がついた。エレベーターの個室が動いている。
私たちがエレベーターを動かしていないにも関わらず、動いているということから出る答えは……。
加奈の脳裏に白い人型たちが映し出された。
「麻央! 亜里沙! こっちに! 早く!」
「加奈?」
「早く!」
加奈は亜里沙と麻央の手を取ってエレベーターの後ろへと回り込む。屋上駐車場には車は一台もなく、見通しがいい空間となっている。隠れることができる場所は今、加奈たちが隠れているエレベーターの後ろしかなかったのだ。
加奈が亜里沙と麻央と共に隠れた瞬間、ポンと軽い音がしてエレベーターが階下より到着したということを示した。ゆっくりとエレベーターの扉が開く。
そこから出てくるのは、加奈の予想通り白いマネキンたち。
息を殺し、何事もありませんようにと願う加奈。もし、願いが通じなかった時は、と考え加奈は手に持つバットをギュッと握りしめる。
ところが、エレベーターから出てきたマネキンたちは迷わず、加奈たちが隠れている場所とは反対の方向へと駆けていく。足跡が一斉に遠ざかっていくことを不審に思い、隠れているエレベーターの乗り降り口の壁から加奈はそっと顔を出す。
マネキンたちが駆けていく方向は階段だ。三階から屋上へと繋がる階段に繋がる小部屋へと扉を開けて入っていくマネキンたち。
――なんで?
その姿は加奈に疑問を抱かせた。眉根を寄せる加奈に不安を覚えた亜里沙は加奈に尋ねる。
「加奈、マネキンたちは?」
「階段の方に行ったみたい。私たちを探す様子もなかったよ」
「良かったぁ」
「屋上を探さないってことは何か理由があるのかも」
「理由?」
恐怖で引き攣った表情を浮かべた亜里沙は恐る恐る加奈に尋ねた。
「理由は……分かんないけど、何かなきゃ、マネキンたちの行動はおかしい」
「屋上は……隠れる所がほとんどないから、後回しにしている……とか?」
麻央の呟いた考察で亜里沙の引き攣った顔は更に動きを失う。
「それってどういうこと?」
「アイツらは私たちを捕まえるために組織だった行動をしてる。私たちが階段に向かうって予想していたとかそういうこと?」
呆けている場合じゃない。そう自分を奮い立たせた真央は加奈に向かって尋ねる。
加奈は真央の言葉にゆっくりと頷いて、自分の考えを口にする。
「証拠はないけど、私はそう思う。大体、ただ私たちを捕まえるだけしか知能がなかったら、エレベーターを使うなんてことは思い付かないだろうし」
「それはつまり、このショッピングモールの中にマネキンたちを操っている存在がいるってこと?」
「さっきも言ったけど、証拠はないの。けど、そう考えるべきだと思う。マネキンたちには意思がないように感じたし」
「そう……だね」
加奈の言に真央だけではなく、亜里沙も頷いた。マネキンたちはまるで機械のように自分たちにお襲いかかってきたのだ。ならば、マネキンたちには意思はなく、マネキンたちを操る黒幕がどこかにいると考えられる。
切っ掛けは加奈の第六感であったが、彼女の言葉には説得力があった。
「屋上にいても解決はしない。それに、いつマネキンたちがここを探しに来るか分からない」
「怖いけど、ショッピングモールの中を動き回っていた方がいいかもしれないね」
「なら、行こうか」
「うん!」
決意を新たに三人は立ち上がる。
行く場所は地獄。ショッピングモールの中だ。マネキンたちが降りていった階段に向けてそっと音を立てないように彼女たちは歩き出す。
「階段の下には何があったっけ?」
「確か……電化製品を売っている店だったと思う」
「衣料品店じゃなくて良かった。マネキンの数は少ないだろうし」
「真央の言う通りだね。それじゃ、降りようか」
上から階段の下を覗き込むと、そこには暗闇が広がっていた。思わず、彼女たちは生唾を飲む。
恐怖は感じている。いや、感じるのは恐怖だけとしか言えない状況だ。まだ、高校を創業したばかりの少女たちにとって、足を踏み出すのは非常に怖い選択である。
しかし、彼女らは勇気を持って踏み出した。一人は生きて脱出するという希望を、一人は他の二人となら乗り切れるという信頼を、そして、もう一人は死んでいった友のためにも生き残るという覚悟を持って階段を降りるのであった。
マネキン・コーデ クロム・ウェルハーツ @crom
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。マネキン・コーデの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます