最終話「呪っていいかな!」
チェンジコートが完了し、砂地が丁寧に慣らされた。
会場の損害はかなりのもの。天窓の一部は稲妻で撃ち抜かれ、壁面の一部には剣の刺さった跡がある。
「さて、いよいよ後半戦! ですが施設の損害は大丈夫なのですか?」
「ぜーんぜん構わんよ。ビーチバレーのためならいくらでも金かけるし!」
「……教育に偏りがある気がしますが」
観客の白熱ぶりもかなりのものだ。練習を見た時は不安げなささやきが交わされていたが、そんな事は吹き飛ばすくらいのスペクタクルと攻防にみんな真剣に見入っていた。
チェンジコートの間にトイレをすませ、移動販売で軽食と飲み物を買う。
今やおそしと後半戦を待ちわびている。
呪いペアとエースペアがコートに戻る。
後半用の新しいボールがクリスに渡された。
身構えるミタマ達。
呪いペア、エースペアともに気持ちはシンプルだった。
勝ちたい。それだけだ。
「さあ、後半戦開始です! 呪いペアの逆転はあるのか! それともこのままエースペアが逃げ切るのか! 後半戦も目が離せません!」
「ポロリもあるよ!」
「それはないですから」
高らかにホイッスルが鳴らされる。
サーブ権は再びクリス。
「このまま一気にいきます!」
見事なサーブが放たれ、ボールは呪いペアコート中央へ。
「わたしがいきます!」
近い位置にいたかばねが自らレシーブ。トスは上げる必要がない。氷結眼により氷の柱に乗せてちょうどいい高さに調整する。
細い氷柱に乗ったボール目掛けてミタマが駆け込む。
「いっくよー!」
元気よく打ち出した球を、分身した梓の一人がレシーブ。梓が分身している以上、どこに打っても誰かの守備範囲に入ってしまう。
レシーブされたボールをスタンバイしていた神が掴む。
「まだいるよ、あのおっさん……!」
だが神のてのひらからボールがするりと抜け出した。
「あねさん、あっしはやったりますで! あっしまだ得点してないですやん!」
ちょこまかと逃げ回るボールが神の手からこぼれ、コートに向けてダイブ。
「あっしもあねさんに認められたいですやん!」
「また来た! きもっ!」
分身梓の一人が素早くまわりこんでレシーブトス。
「はいっ!」
上がった球をクリスがバックアタック気味にスパイクで返す。
ネットぎりぎりを通過する鋭い打球。だがボールは必死で腕を伸ばし、かろうじてネットを掴む。
「む、向こうのコートに落ちてやりますよってに……」
ネットにしがみついてエースペア側に落ちようとする――が、そこに覆いかぶさる影。
神がボールを指先で弾く。
そのまままっすぐ地面に――落ちるかと思われたが落ちない。
かばねの伸ばした髪が網状になってネットとボールを結びつけ、コートに落ちるのを塞いでいる。
「はいっ、ミタマちゃん!」
「うん!」
かばねがボールの下にまわりこみ、トスを上げる。ミタマが絶妙なタイミングでぴたりと合わせる。
氷結眼で固定するだろうと思っていた梓は出遅れた。だがクリスティーナはいち早く察知しすでに飛んでいる。
絶妙なミタマのスパイクにさらに絶妙なタイミングで重ねるブロック。
クリスの手に弾かれ、ボールはすとんと砂に落ちてしまう。
「ぐぬ! やっぱり手ごわいなぁ!」
悔しそうにしながらもミタマは笑顔がこぼれるのを止められなかった。
「でも、やっぱり楽しい! 念願の試合だもの。ずっとクリスちゃんと試合したかったもん!」
「私も楽しいです! 負けませんよ!」
ニコッと微笑み返すクリス。
観客席からはエースペアを応援する一団が楽器を使って盛り上げる。
どんどん どどどん! どんどん どどどん!
「おおもうけでーす!」
ちなみに「大もうけです」というのはサンタルチア学園の運動部に伝わる伝統的な掛け声だ。
他にも「フィーバータイム!」や「あんたが大将!」などがあり、状況に応じて使い分けられる。今のは接戦に競り勝った時の掛け声だ。
「エースペアの得点! 四―一! さあ、得点差が開いてまいりました! あと二点でエースペアの勝利! 呪いペアもねばりましたがやはりまだ荷が重かったか!?」
サーブはミタマ。
ボールを受け取り、ミタマはふぅと一息つく。
「さて……かばねちゃん。今、わりとピンチだけど。もちろんここから逆転するよね?」
かばねはミタマを振り返り、真剣な顔でうなずく。
「もちろん! 勝てるって……信じてるよ!」
長い髪をかきあげ、自らの髪を操作してポニーテール状に束ねる。その顔は、おっとりとしながらも気合が満ちている。
「よし。おい、ボール」
「なんでやんすか、あねさん!」
「お前も勝ちたいか」
ボールは短い手を動かし、ぐっと親指を立てた。
「もちろんですやん……!」
「よし……!」
ミタマはボールを構え、ぐっとコートを睨みすえる。
「今なら発動条件が満ちているはず……いくよ!」
「
小柄な体を精一杯そらし、金づちを叩く要領でボールを打ち出す。
ふわっと山なりに飛ぶサーブ。
身構えていた梓とクリスも予想以上に普通のサーブに毒気を抜かれたような表情。
普通に落ちてきた球を、梓がレシーブしようと――
「えっ――――?」
確かに正面できっちりとレシーブしたつもりだった。
だがボールは手をすり抜けたように地面に落ちている。
「え?」
梓は何が起きたかよくわからないといった表情で固まっている。
「なんと――――! 何が起きた? 解説席からもよくわかりませんでした! レシーブで受け止めたように見えたのですが――? しかし、ボールはしっかりとコート内に落ちています! 呪いペアの得点! 四―二! ひさしぶりに呪いペアの得点が動いた!」
会場が大きくどよめく。
釈然としないままサーブの移動。
梓のサーブだ。
「向こうはなにやら魔法を使ってきた様子……しかしまだリードしています。もう一度使ってくるようなら、様子を見て正体を判明させましょう」
「そうですわね……!」
梓は気を取り直し、サーブを打つ。
ミタマのレシーブ。かばねがトスを上げ、例によって氷の柱で固定する。
「またいくよ!
撃ち出されたボールの前に分身した梓達のブロックが飛ぶ。
だがボールは分身達の手を素通り。
さらに神が手を差し伸べるが、その手も素通り。
ボールの軌道に割り込んだクリスがレシーブを試みるが、クリスの体ごと素通りしてボールはコートに着地する。
「おおお――――っと! 呪いペア連取! 得点は四―三! なんだこの球は! 生身でも魔法でも止まらない! 無敵か! 止めようはあるのか!」
「やっかいですね……おそらく物体を霊的存在へと一時的に置き換える魔法かと思われます。しかも、ただの霊体であれば神の手で止められるはずですが、それすら素通りしてしまうようですね」
「どうしましょう……!?」
「とりあえず、ミタマさんに打たせなければ問題ありません。打たれる前に得点を取ってしまいましょう。幸い、次はこちらのレシーブです」
「そ、そうですわね……!」
ボールはかばねの手に。
「かばねねえさん、もう大丈夫でやんすね?」
「うん……大丈夫だよ……!」
かばねはボールを構えて精神を集中。
鼓動を落ち着かせ、冷静にサーブを打つ。
ミタマと同じように山なりのゆるやかなサーブだが、確かに相手コートへと飛んでいる。
クリスがレシーブ。梓が大きくトス。スパイクは神だ。
「かばねちゃん、防御準備いいよね!?」
「うん……OKだよ……!」
神が凄まじい勢いでスパイクを打ち出す。超高空から鋭角に打ち出されるスパイクはほとんど目にも止まらないほどの速度と威力を誇る。――だが。
かばねが全力で髪を伸ばし、コート一面を覆う。
そしてミタマが呪いの生命誕生で生み出した小さい砂人形達がコートのあちこちでかばねの髪を持ち上げて支える。着弾点を予測し氷結眼で凍らせて固定。
神のスパイクはとてもレシーブなどできるような代物ではないが、髪のネットはがっちりとそれを受け止め、弾き返した。氷が割れ砂人形が崩れる。
空中に跳ね上がったボール。そしてそこにはミタマが走りこんでいる。
「
三度放たれたボールは、エースペアの防御を全て素通りして着地。
呪いペア、そしてボールの願いを乗せた球は何者も止められない。
「同点――――! 同点だ! 四―四! ついに呪いペアがエースペアに並んだ! これはまさか……このまま押し切ってしまうのか!」
観客が悲鳴にも似た歓声を上げる。楽隊の演奏が止まる。
「さすが……一筋縄ではいきませんね。ふふふ……」
「クリス様?」
「すみません、不謹慎かもしれませんが、うれしいのです。やはりミタマさんもかばねさんも素晴らしい人達。この試合ができてよかったです」
「まさか、クリス様……」
「誤解しないでくださいね。このまま負けるつもりなんてありません。こちらも奥の手を出しましょう。出し惜しみして勝てる相手ではなさそうです」
「クリス様が三つ目の魔法を……? クリス様が一試合で三つ全て魔法を出し切るのは初めてですね……」
「私の魔法は……どれも下手したら一方的に勝ててしまうようなものです。それではあまりに味気ない。しかし、このチームが相手なら全てを出し切ってもいい勝負ができそうです!」
クリスの目はいつになく活き活きしている。
クリスが楽しそうにしているのは梓もうれしい。
「わかりました……わたくしも全力でサポートしますわ!」
サーブはクリス。三度目のサーブだ。
「いきます!」
いままで以上に気合の乗ったサーブがミタマを襲う。
「まだまだぁーっ!」
ミタマがレシーブしたボールをかばねがトス。
呪いの成就祈願を使ってからは、必殺の黄金パターンだ。
「
相手コート目掛けて一直線に飛ぶボール。
だがしかし。
ボールには見向きもせず、コートにひざまずいて祈るクリス。もちろん勝負を捨てたわけではない。荘厳な光がクリスを照らし出す。
「
クリスの祈りに応え、コートに地響きが轟く。ボールが着地する直前、コートの周囲が大きくうねって――ずれた。
「アウト!」
ボールが着地した時、コートはすでにそこにない。
大地ごと横にずれ、コートのラインの外にボールは着いてしまったのだ。
砂浜には大きなねじれが発生し、一部に亀裂が生まれている。
「おお――――っと! ラインアウト! 五―四! エースペア、コートごと場所を移動してしまった! なんという力技! 無敵かと思われたミタマ選手の打球を防ぎました!」
「地面ごと動かしてきたか!」
「ど、どうしよう、ミタマちゃん。毎回使われたら確実にラインアウトだよ!」
「こっちも作戦を練っていこう」
ミタマがかばねに耳打ちしてごにょごにょ。
かばねがふんふんと頷く。
微妙にコートが斜めにずれたまま試合は再開。
サーブはミタマだ。
「いっ、くよぉー!
元気よくサーブ。サーブのたびに打球はより正確に、より強くなっている。
もちろんレシーブ不可の、呪いの成就祈願付き。
相手も打ち返せない事はわかっているので天変地異に頼るしかない。
「
再び大地ごとねじれるコート。
ずるずると移動し、ボールの落下地点からコートが遠ざかる。
だがコート側面にするすると伸びるものがあった。かばねの髪だ。
黒髪は氷結眼で凍り付いてガードレール状の壁を形成する。
「
霊体状態になっていたボールが通常状態に戻る。
「あねさん、あっし、今度こそ行きますから! まじっすから!」
ボールは凍りついた髪を足場にして再ジャンプ。軌道を変えて、離れていくコートに迫る。
手を伸ばし、必死に追いすがる。
「あと少し……! 届けぇぇ!」
コートの移動する速度に追いつき――
ばんっ!
伸ばした手が、かろうじてラインの内側に触れている。
「得点! 呪いペア! 五―五! デュース! 離すエースペア! おいすがる呪いペア! どちらもさがらない! 勝負の行方はまだまだわからないッ!」
「うぇあー! やったですやん! あねさん! これであっしも友達にしてもらえるでやんすよね?」
「うん。今までのふがいなさを差し引いてもランク〇・五の友達にしてあげるね」
「〇・五!?」
一進一退の攻防に観客席が沸きたつ。
もうエースペアだけの応援に留まらず、お互いのチームの健闘に歓声が送られる。
ビーチバレー部の部員達……今まで呪術科を遠ざけていた部員達も、思いもよらぬ大健闘に拳を握り締め、いつのまにか応援の言葉を投げかけている。
「どっちもがんばれ!」
「最後までがんばって!」
ゲームはデュースにまでもつれこんだ。
この先は二点連取したチームの勝ちとなる。
「お互いに手のうちを出しつくし、あとは気力と集中力の勝負となるか!? いよいよラストスパートだ! サーブはエースペア!」
ボールは梓の元へ。
梓は呼吸が乱れ、汗の量も他の選手より多い。ただでさえ消耗の激しい分身で攻守に渡りサポートしてきたため、すでに疲労はピークに達している。
だが疲労などものともせず、目にはまだ力が満ちている。
「呪いコンビ……認めたくないけど認めるしかないですわね。しかしわたくし達は負けるわけにはいかない。エースペアの矜持にかけて!」
「梓さん……その通りです。エースに求められるのは勝利。こうなったら最終陣形を使いましょう」
「クリス様自ら封印されたあれを……!?」
「いきます!
クリスの祈りに応え、大地が揺れ動き始めた。
そして今度の移動は横ではなく縦。
ネットを境として、エースペア側の大地が高く隆起しはじめる。
「み、ミタマちゃん……なにあれ……!」
隆起した地面は砂をざらざらとこぼしつつ高く上昇を続け、天井付近まで来て止まった。
コートの背後で神が天井を破壊しながら立ち上がる。
さらにコートの四方を梓のぬりかべの術が完全に囲む。
「おおっとぉ! エースペアのコートが……あんなに高く! 施設も破壊し放題だ! これはまさに断崖絶壁! これじゃサーブもスパイクも届かない! 一方的に攻撃される落差!」
「ふぉふぉふぉ! ええよええよ。修理費用なんてなんぼでも出してやるぞい」
「その一割でもボーナスにまわしてもらえませんかね」
頭上のコートから、クリスの声が響いてくる。
「これぞ天上要塞モード! 我々の最終陣形です!」
「クリスちゃんが本気すぎる!」
「力も知恵も出し切って勝ちに行きますよ!」
かばねがミタマのもとへ駆け寄る。
「どうしようか……」
「大丈夫。こうしよう。ごにょごにょ……」
ミタマがかばねに耳打ちで作戦を伝える。
「さあ、いきますわよ!」
梓のサーブは一度上空に向けて放たれた。急角度の放物線を描いて真下に落ちていく。
と同時に大量のスライムが降ってくる。
「うわわわ!」
コート全体を覆うほどのスライム――高高度から降ってきたボールをミタマがかろうじてレシーブするが、かばねがスライムの群に完全に覆われてしまう。
「むぐぐっ!」
半透明のゼリーの中でもごもごと動いていたが、やがて中心部から絶叫がほとばしる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
身代わりの日本人形が苦悶の叫びとともに災厄を引き受けて消滅し、同時に周囲のスライムも全て消える。
自由になったかばねがボールをトス。しかし当然相手コートに届くような高度ではない。
「ミタマちゃん……!」
「うん!」
アイコンタクトでお互いの作戦を察し行動に移る。
ボールを伸ばした髪でつかみ、さらに髪の上にミタマが登る。
「うううううう!」
かばねは精一杯の力を込め、髪を伸ばす。ジャックと豆の木のツルのごとく、果てしなく伸びていく髪。
断崖絶壁の頂上まで伸び、ぬりかべの上まで伸び……
やがては相手コートを見下ろせる位置にまで到達。
「でんどんでんどんでんどん」
口でBGMを言いながら、腕を組んだミタマがエースペアを見下ろす。
「呪いの成就祈願はもう通用しませんよ! 天上要塞モードは上下左右前後、三次元的な立体回避が可能! もうこちらのコートには一切ボールを落とす事はできません!」
「果たしてそうかな!」
自信満々に見下ろすミタマが、目の前に髪の毛でぶらさがったボールをスパイクで叩き落とした。それを見て再びエースペアコートがぐらぐらと動き、スパイクの軌道から逸れようとする。その動きを読み、壁を作った髪を足場にして先ほどと同じようにボールが軌道を変える。
「その手はもう通用しませんよ!」
コート目掛けて飛んできたボールを神がキャッチ。
全力でふりかぶり、遥か下方のコートへ向け投擲しようとする。
かばねの髪はミタマを支えるためにすでにのばしきっている。
呪いの生命を誕生させようにも、ミタマの周囲には何もない。
ボールがいくらもがいても神はしっかり握り締めている。
もはや防ぐ手立てはないはず――――エースペアの二人はそう確信していた。
だが。
ボールの足場になるべく伸びていた髪の一部が、ミタマのもとに戻ってくる。
髪が何かをミタマに渡す。ミタマの手には釘と金づち、そしてわら人形。
神がボールを振り下ろす――――
「
ミタマが金づちを振り下ろすのと、神がボールを投げ放つのはほぼ同時だった。
全力で投擲されたボールは大気圏に突入する隕石のように炎の衣をまとい尾を引いて急降下。
一条の閃光と化して砂浜に突き刺さる。砂がまきあがり衝撃で大地が鳴動する。
「うわわっ!」
かばねはバランスを崩してしりもちをついた。髪とともにミタマも落下。
地面に激突寸前に、力を取り戻した髪の毛に支えられてゆっくりと着地する。
ボールの行方は――――
「――――アウトッ! なんと! 神の放ったボールは呪いペアのコート外に落ちてしまった! コントロールミスか? 一体なにが起きたのか……? VTRで確認してみましょう」
巨大モニターにリプレイ映像が映しだされる。
神がボールをふりかぶった時の映像だ。
「おや? 毛が神の足下に……」
ボールの足場になっていた髪が一筋、神の足下にするすると近づき、すね毛を一本ひっこぬいた。すね毛を保持したまま、ミタマの元に戻る。
すね毛を受け取ったミタマは、それをわら人形に込めて、金づちを振り下ろす。
釘がわら人形にめりこむ――
わら人形へのダメージは、呪い対象へと移動する。
呪い対象が物体だろうが霊体だろうが問答無用で消滅させる破壊力が神のすねを襲う。
とたんに神がぐらついた。バランスを崩し、投げ放ったボールが目標を逸れる。
「おお――――っと! ミタマ選手の魔法攻撃が神のすねを直撃していた! 相手のコートへの着弾は難しいとみて、相手のラインアウトを誘発するのが狙いだったようです! まんまとエースペアは誘いに乗ってしまった! これで得点は五―六! 呪いペア、ついに逆転! マッチポイントです! あと一点で呪いペアが勝利! そしてここでチェンジコートです!」
神がうずくまり、唸り声を発しながら消滅していく。
「ぐおおおお……」
ついに切り札たる神まで消滅し、クリスが思わず天を仰ぐ。
隆起していたコートが揺れ、再び元の高さへと戻っていく。
「部員達がコートを整備します! さあ……大詰めです! お互いに疲労はピークに達しているはず! ここまで来たらもう精神力の勝負です!」
ぴったりと元の状態にはまった砂地を、部員達が整えていくのを待つ。
「み、ミタマちゃん……もしかして……わたし達……勝てるのかな……?」
「勝てる! 最後まで集中していくよ!」
「うん!」
エースペアのコートでもクリスが呼吸を整え、精神を集中している。
「梓さん、相手は強いです! いままで戦ったどのチームよりも! 私は……なんとしてもこのチームに勝ちたい……!」
「クリス様……クリス様がそのように闘志を前面に出されるのは初めて見ます……なんとしても……その願い、叶えさせてあげたい……!」
コートを整備し終えた部員達が戻っていく。
点数は五―六。マッチポイント。
サーブはかばねだ。
ボールを受け取ったかばねがコートの向こう側をみすえる。
「かばねねえさん……あんた、もう限界なんじゃ……?」
「大丈夫……最後まで、見届けたいから……!」
ボールを構えたかばねがふらつく。魔力の使いすぎですでに精神力、体力ともに限界を迎えている。神のスパイクを髪で防ぎ、身代わりを連発し、天井の高さまで髪を伸ばし……
普段のかばねならとっくにぶっ倒れているはずだ。
今のかばねを支えているのは、ミタマとともに勝ちたいという気持ち。
そこまで勝ちに執着する性格ではなかった。
しかし、ミタマの言葉――今より少しだけ強い一瞬後の自分を追いかけて。
とうとうここまで来た。
ボールを掲げ、サーブを打つ――――
そしてそのまま倒れこむ。
「かばねちゃん……!」
しかし試合は中断されない。
相手コートに到達したボールを梓がレシーブ。
こちらもすでに限界だった。
ただでさえ消耗の激しい分身を連発し、常に動き続けてクリスをフォローしてきたのだ。レシーブを上げたとたんにぐらつき、しりもちをついて後ろに倒れる。
「梓さん……!」
高く上がったボール。
ネット上ぎりぎりに上がったボールへクリスが飛ぶ。
そしてミタマも飛んでいた。
クリスのスパイク。
ミタマのブロックに弾かれる。
弾かれたボールがエースペアコートへと――――
落ちる直前。
梓が最後の最後の力を振り絞り、分身を作り出して片手でレシーブ。
ボールは再び高く舞い上がる。
クリスは梓が作ってくれたチャンスを生かすべく、再び飛んだ。
体を大きくそらし、全力を乗せて叩きつける。
ミタマは――間に合わない。
ミタマの手の先をすりぬけ、呪いペアのコートへと落ちていくボール。
だがこちらもかばねが最後の最後の力をふりしぼり髪でレシーブ。
三度ミタマが飛び――――
完璧なタイミングでブロックに飛ぶクリス。
「
複数人の願いを束ねないと発動条件が満たない呪いの成就祈願だが、かばねの勝ちたいという気持ちはミタマの中で燻って――いや、むしろ青白く静かに燃え盛っている。
完璧なブロックをボールは素通り。
エースペアのコートへ――
「
だがコートは周囲の地面ごとねじれ動いていく。
お互いに力を出し尽くしていた。
もうミタマは飛ぶ力など残っていなかったし、クリスも同様だ。
ボールをアウトにしようとコートが動いていくのを見守るしかない。
――ボールの落下も。
――コートの動きも。
どちらもスローモーションに見えた。
観客がみんな帰った後の観客席。
すでに日は傾き、空は鮮やかな夕焼けに染まっている。
天井は破れ、砂浜は歪み、壁には大きな傷跡。
中央のコートは、決着がついたそのままの状態で残っている。
部員もみんな帰ってしまったので、ここには四つの人影しかない。
「はー、楽しかったねー! やっぱり無理言って試合してもらってよかったよ!」
「私の罪も……これで償えたでしょうか?」
「ああ、そういえばそんな趣旨で試合をお願いしたんだっけ」
ミタマのあっけらかんとした言葉に、他の三人から軽く笑い声がもれる。
「わたくしの妨害を乗り越え、クリス様を説得し……よくここまで来たものですわね。かばねさんにも……謝っておきますわ。わたくしが間違っていました」
「う? い、いいですよ、そんな改まって……! わたしは全然気にしてないですし……」
「そうそう。また試合してくれればそれでいいよ!」
「そうですね。ぜひ再戦したいです」
四人は水着の上にシャツやパーカーを羽織っている。
ところどころに絆創膏やテーピング。
怪我や疲労もあるけど、心地よい疲れだった。
「これで呪術科も怖がられなくなるといいね……」
「呪いは怖くないよ! 心の中にためた悪いものを吐き出す儀式なんだよ。影でこそこそ呪うから怖いんであって、みんな笑顔で呪いあえる世の中ってのはある意味理想郷なのかもしれないと思ったり思わなかったり」
「どっち……?」
クリスがあははっと朗らかに笑う。
「あ、そうだ……かばねさん、また今度、マンガ貸してくださいね!」
「うん、いいよ……今度は夢中になりすぎないようにゆっくり読んでね……」
「はい! それで……お手紙の返事なんですけど」
「え、返事……?」
「お友だちからでお願いします……!」
「あ、ああう。あれはそのう……! お友だち……から? どこまで?」
「ちょっと! クリス様に変な事を教えないでよ?」
「かばねちゃんはハーレムを築くのが夢なんだよ」
「そんな夢みてないよ……!」
ひと気のなくなったビーチバレー施設に少女達のとりとめのない会話が響いていく。
決着がついた状態のまま残されたコート。
歪んだラインをよく見れば、砂についたボールの跡も見てとれる。
そして、ボールから伸びた小さな手がコート内につけた跡も。
夕焼けに照らされた砂浜は、熱闘の余韻を残して赤く染まっている。
○ ○ ○
サンタルチア学園の校門に立つ二つの人影。
一人は赤毛をおさげにした活発そうな少女。
もう一人は黒髪ショートの物静かな少女だ。
「でっかい学校だなー! ここは相当ビーチバレーに力を入れてるっていうじゃんか。腕が鳴るね!」
「ビーチバレー施設はあっち」
「おっ、そうか。早速挨拶してやろうじゃねーか!」
黒髪の少女の指差す方に進むと、壁の一面がガラス張りの近代的な設備が建っていた。
天窓の一部は改装中なのかシートでふさがれている。
赤毛の少女は、とおりすがりの部員らしき少女を捕まえて訊ねてみた。
「なあ、ビーチバレー部の道場破りに来たんだけどさ。あそこの部で一番強いのってどんな奴よ? 教えてくれない?」
訊ねられた少女は連れの少女と顔を見合わせた。
変な髪形の少女だった。後頭部でアップにした部分がわら人形みたいな形をしている。
わら人形ヘアの少女は赤毛の少女に向き直り、にやりと不敵に笑う。
「ふ……! ビーチバレー部新エースとはあたしの事よ! 非公認だけど。なに? 道場破り? いいねえ、そういうの大歓迎だよ! かばねちゃん、キメ台詞かましてやってよ!」
よびかけられた黒髪の少女が焦りながら応じる。
「え? えっと、えっとね……!」
「の、呪っていいかな!」
――完――
呪っていいカナ! 山田なんとか @yamada_nantoka
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