プリズミミック①

 病院でスライムを倒した後、すぐにエレインの指導の元でスライムを片付けた。スライムの体、全体が浸るぐらいの水につけていたら大体30分ほどで復活しなくなるということで、やってみた。バケツに水を溜めて、その中にお湯によってローション状になったスライムを入れる。そして、エレインの言う通り、30分ほど待ってバケツの中を確認すると完全に水に溶けたスライムの姿があった。バケツの中には絵具を水に溶かしたような色水だけ。PVA洗濯のりとほう砂をこの中に入れたら立派なスライムを作れそうだ。


 しかし、スライムを復活させることは百害あって一利なし。また動き出したら困るし、分別方法がよく分からない。小学生の頃、スライムの自由研究を提出した後に俺はどこにしまったのだろうか?

 少年時代の哀愁と共に排水溝へと水状になったスライムへと流していくと、エレインが呟いた。


「このような方法でスライムを倒すのは初めてです。一般兵の教本で魔力切れとなった時の魔物の倒し方を学んでいたことが、こんな所で役に立つとは思いもしませんでした」

「水に入れて置けばいいということ?」

「ええ、通常の大きさのスライムでしたら、餌を与えて動かなくなっている隙に樽の中に入れて水を注いで蓋をするだけで対処できます。しかし、ビッグ・レッドスライムになると入れて置く容器を用意することもできないので、倒すには水の系統の魔法で一気に押し切ります。水の系統の魔法を使って倒したら復活することもないので」


 流石、ファンタジー。訳が分からない理論で怪物を倒せるらしい。ちなみに、俺がしたお湯をかけるという方法。スライムで遊んでいて洋服などに着き、落ちにくいスライムを簡単に落とせる方法でもある。まあ、高校生にもなった俺がそんな目に合うことは、まずないだろうが。

 ついでに言うと、おもちゃのスライムを倒す……倒すという言い方は少し不自然だが、倒す方法と同じようにファンタジックなスライムをも倒せるとは考えもしなかった。


 ……ファンタジー、訳が分からない。


 いや、そもそも、ほとんどの生物は熱湯をぶっかけて無事でいられるものはいない。ならば、いくらファンタジックな生き物でも唯では済まないというのも当たり前か。

 隣で排水溝にスライムが材料になった色水を流していたエレインが突如、顔を上げた。


「それにしても、イチロー。あなたはお湯を掛ければスライムが弱まるという性質をどこで知ったのですか? ドスペランザ王国でも、そのような方法は耳にしたことがなかったのですが」

「昔……研究をしていた」


 小学校の自由研究も一応、研究のカテゴリ内に入るよな、多分。


「そうなのですか! 道理で常に余裕があったのですね」


 余裕はなかったが、それを表にあまり出さなかったからかエレインからの評価は高くなったようだ。内心で表情筋に感謝する。


「魔法が使えない状況下で工夫してエネミーを倒す。これは見習わなくてはなりませんね」


 ちなみに、鼻息も荒く、気合いを入れているエレインの恰好は病院服である。薄い生地なので、ゆさりと動く彼女の胸の形がよく分かる。煩悩を刺激する危険な果実から無理矢理、視線を外して『そうか』とエレインに頷いた。

 頭をおっぱいから切り替えるためにスライムの処理を続けながら、俺はこれまでの経緯を思い出す。




 スライムを退治した後すぐ、警官が一人、病院の中へと入ってきた。なんでも、病院にいた医者や看護師、患者はスライムを見て恐怖を覚えたらしく裏口から逃げていたという。その後で警察に連絡したとのことだ。

 医者が巨大化していたスライムを一階の一番奥の部屋で見つけ、扉に鍵を掛けることで閉じ込めた後、全員で裏口から脱出。それと同時に俺たちが正面入り口から病院の中へと入ることで、ちょうど入れ違いになったということらしい。


 そういう説明を警官に続いて病院の中に入ってきた医者のおじさんから聞いた。医者のおじさんと俺たちがスライムを倒した経緯をエレインが説明することで警官は納得してくれたらしく、俺の手に掛けていた手錠をやっと外してくれた。

 傍から見れば俺がエレインに襲い掛かろうとしているように見えたのだろう。しかも、病院の床全面にローションを撒き散らしているというとてつもない高位の変態行為だ。

 俺を捕まえようとする、その気持ちは分からないでもないが俺の説明を少しは聞いてくれてもと思ったのは、ここだけの話だ。というより、常識的に考えて、病院内、しかも、食堂で情事に及ぼうとする人なんていないと思う。きっと、警官もあまりのことに気が動転していたのだろうと結論付ける。


「イチロー、他に魔物を研究していたりはしないのですか? もし、よろしければご教授頂きたいのですが」

「いや、スライムしか研究をしたことはない」


 正確には、アサガオの自由研究もしたことはあるけど魔物っていう感じじゃないしな、アサガオは。


「なるほど、イチローはスライム一筋の研究者ということですね」

「いや、俺は学生だ」


 スライム一筋の研究者って何? ヌルヌルを手に持ってニヤニヤしているような人?

 そんな怪しいマッドサイエンティストにはなりたくない。将来の夢から“スライム研究家”は除外した。それほど、嫌だ。


「なんと! 学生にも関わらず、あれほど見事なスライムの対応ができるとは。ニホンの学生は凄いものですね」


 何やらエレインの中で日本の評価が上がりまくっているが、普通の日本人は目の前にスライムが出てきても俺のようにお湯をぶっかけるなんて行動は取りません。動物に熱湯をかけるような人がいれば、間違いなくニュースで取り上げられて警察に捕まるのが法治国家というものだ。スライムは動物なのかという疑問も生じるが。


「大神くん」


 そんな日本を守る警察の人が俺に声を掛けてきた。先ほど、俺に手錠を掛けた警察官であるが、それは不幸な行き違いということでスライムと共に水に流すことにする。


「はい」

「今だに信じることができないのだが、スライムが病院内にいたということは本当なのかい?」

「ええ。俺も信じられないですが、実際にいました」


 これで五度目の質問だ。

 気持ちは分からないでもないし、俺が警察官の人の立場なら、この人と同じように何度も説明を聞くだろう。何度もされたやり取り。その次の警察官の行動も何度も見た。首を捻り、信じられないという声色で呟く。それが、この警察官が次にする行動だ。


「スライム……ねぇ」


 警察官は俺とエレイン、そして、病院の職員の人が総掛かりで片付けている赤い色水になったスライムの残骸を見て眉根を寄せる。これがヌルヌル動いていただなんて信じられないのだろう。俺も信じられない。

 だが、俺とエレインだけでなく病院にいた人たち全員が、スライムが襲って来ていたと口を揃えて言っているので信じざるを得ないと言う所なのだろう。

 首を捻る警察官に『ご愁傷さまです』と心の中で呟きながら俺は立ち上がる。


 食堂は、今、ここにいる全ての人たちが駆り出されたお陰で綺麗になっていた。もう赤い所は見当たらないし、この後、消毒もキチンと行うという話だった。これで一件落着だろう。


 ──仕方ないよな。


 再検査は病院のゴタゴタで受けることはできそうにないし、お袋にはスライムが出たせいで再検査を受けることができなかったと説明しよう。

 病院嫌いな俺はそう決心するのであった。


 +++


 病院から出た俺とエレインは道路を歩く。

 クリスマス当日に女の子と二人で道を歩いているなんて、これは恋人ではないだろうか? いや、恋人だろう?


 悶々とした感情。

 だが、ここで感情を出しては男が廃る。だからこそ、俺はいつもと同じようにクールに歩く。女の子と歩く緊張で手と足が同時に出ているが、それは些細な問題だ。周りには人っ子一人歩いていない。

 手……手を繋ぐか? いや、しかし、告白もまだしていないし、出会って一日しか経っていない。だが、俺はエレインの胸へと顔を埋めたこともある男だ。恋人と名乗ってもおかしくはない。おかしくはないハズだ。

 しかしながら、俺の頭の冷静な部分が告げている。そんな都合のいい解釈はダメだろう、と。俺とエレインは恋人同士でもなんでもない。ただ、出会いが複雑怪奇なだけの他人だ。まだ会って、たった一日。友達とも言えない関係。一緒にスライムを倒したからと言って調子に乗るな。


 その意見に従い、俺は手を握る。友達は手を繋ぐことはないから。


「イチロー」


 だが、エレインは俺へと手を伸ばした。エレインの右手が俺の左手の袖を掴む。くっ……もう少し下ならば手を握れたというのに。だが、これはこれでいいものだ。女の子がおずおずと袖を掴む。悪くない、いや、素晴らしい。


「イチロー?」


 冷静にならなくては。女の子に袖を掴まれる程度で緊張するなんて中学生じゃあるまいし。感情は荒ぶっていても、それが表に出ない仕様の表情筋に心の中で猛烈に感謝する。

 エレインに袖を掴まれている。これが、普通の男子高校生、例えば諸星の奴ならば、顔がデレンデレンになるのは間違いない。そして、年上の彼女の友里さんに冷たい目で蔑まれるまでが1セットだ。

 だが、俺は普通の男子高校生ではない。人一倍、表情筋が固まっている男子高校生だ。


「どうした?」


 だからこそ、俺は声色を一つも変えることなくエレインに尋ね返すことができた。


「この階段にあるのはなんでしょうか? 昨日、教えて貰った“電柱”とは形が違っていますが」


 エレインが指し示すのは赤く塗られた鳥居だった。


 昨日や今日の朝は周りを見る余裕がなかったのだろう。

 エレインの言うことを信じるならば、ドスペランザ王国から日本にいつの間にか移動していた。見知らぬ外国で気が付いたら入院していただなんてパニックに陥っても仕方ない状況だ。エレインは気を落ち着かせていたが、やはり、周りに目を向ける余裕などある訳がなかったか。


「鳥居と言って神社に繋がる門みたいなものだ」


 エレインに説明しながら俺は、ふと、思い出した。

 クリスマス・イヴの日、モテ期が来たら500円玉を賽銭箱に入れると神に祈ったんだ。モテ期は来てないけど、美少女に合わせてくれた神様には何かお礼をしなくちゃならない。そうだな、500円玉からスケールダウンして100円玉を賽銭箱の中に入れて置こう。いつもは御縁があるようにと5円玉しか入れない俺であるが、それで御縁があったことは一度としてないため効果がないと考えている。そもそも、昔からの言い伝えとか聞くが、昔の通貨の単位は“両”だったじゃないか。“円”になったのは近代だから、それほど昔じゃないだろう。

 ということで、賽銭箱に500円を入れるのと同時にエレインに神社のことを教えることができる絶好の機会だ。


「行ってみるか?」

「よろしいのですか? 是非、お願いします」

「俺の真似をして。ここで一礼」


 エレインは『おお』と声を上げて、俺に続いて頭を下げた。

 やはり、外国の人だと鳥居とか神社とかは見ていて楽しいのだろうか?

 小学校の頃、修学旅行で京都へ行ったものの仏像や寺などの魅力が分からなかった。高校生になった今の俺は京都に行って、それらの魅力を理解することができるのか?

 多分、今も理解できないと思う。静かな物を見るよりも俺は動くものを見る方が好きだ。隣で一歩一歩階段を登るエレインを見ながら、俺は自分の考えを肯定するように頷いた。

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居候は自称勇者の金髪碧眼巨乳美少女 クロム・ウェルハーツ @crom

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