6 神子


 見渡す限りは瓦礫の山。右も左もそのまた先も、どこもかしこも死人と怪我人。


 かつてガガンと呼ばれ、無敵を誇った城塞都市の成れの果て。世の覇権を懸けて戦った猛者たちは疲れ果て肩を落とし、生活の全てを失った民たちは絶望に泣き崩れる。


 そんな街の残骸で、一人の神子が怪我人の治療と死者の蘇生に勤しんでいた。

 昼夜を問わず、ほとんど飲まず食わずで、限界まで働いては気を失うように眠る。それはまるで、“そうしなければ耐えられない”と叫び続けているかのようだった。


 やがて周囲のジングウから惨劇を耳にしたユートムの使徒たちが集まると、神子は彼らに後を任せ、後生大事に一振りの刀を抱え、逃げるようにガガン墜落現場を後にする。

 そんな彼女に向かって、一人の幼子が元気よく駆け寄っていった。


「神子様! お父さんとお母さんと友達と、あとそれから他にもたくさん、みんなを生き返らせてくれてありがとうございました! あの、これ、お礼です! シロムクの花!」


 満面の笑みと共に差し出される、雪のように清らかな白い花。神子はそれを受け取ろうとはせず、しばらく無言のまま、ただ静かに花を見詰めていた。




 ――君もいつかきっと知るだろう。



 ――命とは嘆きなのだと。



 ――生きるということは、死する時まで続く絶望との戦いなのだと。




「……花は、何故咲くのでしょうか」


 不意に、神子がそんなことを口走る。

 きょとんとする幼子の前で、神子は何かに突き動かされるかの如く、言葉を続けた。


「いつか必ず枯れてしまうのに。それが定めと分かっているのに。散るが命の道理なら、別離が想いの果ての必然なら、どうして花は咲くのでしょう」


 手を伸ばす。湧き上がる黒くて苦い衝動に身が震える。咲き誇る小さな花に触れた指先に、異様な力が込められていく。


「どうして……生きることとは、こんな……こんなにも……」


 それでも。


 失い続けたその果てに――それでも彼は、最期に間違いなく言ったのだ。

 朝日を見て「美しい」と。自分に向かって「ありがとう」と。


 どうして、あんなことを? どんな気持ちで、なんのために――


「…………」


 それを知りたくなった。知らなければならないような気が、した。

 小さな花から手を離し、幼子の髪を優しく撫でる。


「探してみます。その答えを。私自身のための“復活の呪文”を」


 手足は重く、思考は鈍く、瞳は沈み、心は澱み、それでも神子は歩き出す。

 いつかもう一度――あの時の彼のように、世界を美しいと思えるようになるために。


「……ぐげげげ」


 そのやり取りに密かに耳を傾けていた人影が、寝転んでいた瓦礫の上からヒョイと飛び降りて、楽しげに彼女を追い掛けていった。



                  終

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復活の呪文が違います ゆーとん @YAMAKUZIRA

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